八回目のワンスモア

大和撫子

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第五話

義妹の婚約者、第三王子

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 エルフリーデは気分が浮き立つという感覚を味わっていた。幼い頃より、侯爵家の長女として相応しい教育は各家庭教師より受けてはきた。ループする事八回目ともなれば、嫌でも優秀な成績になる事は自然な流れだ。自分の趣味趣向が何であるのか考えたり感じたりする余裕もないまま、翻弄され。逆らうなどという感情を持つ事も知らないまま流されて来た。

 「生きたい!」というシンプルな欲は、ある意味この世に生を受けた者であれば人であれ動植物であれ自然に持つ欲求であろう。エルフリーデは八回目にして漸く芽生えた訳だが、それに付随して己の趣味趣向が少しずつはっきりとして来た事、また『喜怒哀楽』の感情と言うものを体感出来るようになってきた。

 「『五感』を取り戻すには、失われた感情……特に『怒』を含めた憎悪、殺意など一般的な倫理観から見てとされるものを放出する必要がある」

 とリュディガー殿下は言った。魔塔に通い、彼から魔術を習う事になって初日の事だった。「今まで喪失していた感情を取り戻すには、プロの力を借りた方が良い」とアドバイスを受けた。カウンセラーもすぐに紹介してくれて、しかも魔塔内でレッスンをして良いという。至れり尽くせりで恐縮してばかりだ。エルフリーデには何も返せるものがないのが心苦しい。そんな心の内を見透かしたように、

「 そういう時は『ごめんなさい、私如きの為に』ではなくて『有難うございます、嬉しいです』と素直に言えば良いのだ」

 とリュディガー殿下は教えてくれた。カウンセリングを受けもってくださったのは、魔塔の『魔道具研究部』所属のチーフ、ステラ・エクセルだった。『男装の麗人』という表現がぴたりと当て嵌まるキリリとした美人だ。二十歳そこそこと若く見えるが、実際には四十代半ばで三人の男児の母なのだそうだ。彼女は、メンタルと魔術、魔道具の関係を研究しているらしい。

 「……やっぱり俺以外の奴がエルフリーデに教えるなら、男はダメだな。二人きりで部屋に居させるなんてとんでもない話だ、うん」

 リュディガーはそう呟いて自己完結していたようだが、エルフリーデには何の事がよく分からなかった。それはともかく、ステラと共に行う発声や歌、音楽を聞いて即興で踊ったり。上手に出来なくても失敗しても良い、自由に思うがまま表現する事が大切なのだ、という教えは目から鱗が落ちた。

 ……知らなかった! 私は歌を歌う事が好きだったのね……

他にも、肉料理よりも魚料理を好む事、チョコレートケーキよりもレアチーズケーキの方が好きな事、薔薇よりも百合の方が好みである事などなど、新たな……というよりも今で知ろうとする思考すら浮かばなかったを自分を発見して毎日気持ちが高揚していた。自然に口元が綻んでしまう。

 しかし、時期が来るまではこれまで通りに過ごさねばならない。フードを殊更目深に被り、俯いて邸内を始め城内を歩く。とは言っても、特に邸内では自分に関心のある者は居ないのでさほど気にする必要は無かった。

 そんな訳で、エルフリーデはリュディガーに魔術を習う為、魔塔に向かっていた。しかも今日は会わせたい人がいるそうなのだ。一体誰だろうか? 不安も少しはあるが、楽しみにしている気持ちの方が大きい。リュディガーが害を成す者を会わせる筈がないし、今後の自分たちにプラスになる人物に違いないのだ。

 部屋の前に立ち、ノックをしようと右手をあげた瞬間、「入っておいで」というリュディガーの声と共にドアが自動的に開いた。

 「失礼します、エルフリーデ・レイラが参りました」

と足を踏み入れた。ドアが静かに閉まる。そこで足を止め、「あ!」と声をあげそうになるのを辛うじて押しとどめた。笑顔で迎え入れてくれる魔塔主。そして来客人に向けてカーテシーをする。

 「マナンティアール王国のいにしえより湧き出でる第三番目の泉、ニコラス・シルヴィオ第三王子殿下にご挨拶申し上げます」

 と挨拶をした。

「堅苦しい挨拶とかいいよ。今後の事も含めて、仲良くしよう。頭を上げてよ」

 フルートのようなまろやかで澄んだ声に、エルフリーデは頭を上げた。

「こうして対面するのは初めてかもね? お互い、形式上の婚約者には苦笑いするしかないよねぇ?」

 やけに親し気に、いきなり本題に触れて来る第三王子にどう反応して良いのか困惑し、リュディガーに視線を向けた。

異母義弟おとうとは味方だから大丈夫だぞ」

 彼は安心させるように破顔した。その笑みに、たちまち不安が立ち消えていく。

 ……会わせたい人って、第三王子殿下だったんだ。義妹の婚約者……

 密かに、義妹の事を彼がどう思っているのか気になっていた。ずっと沈黙を守っていた第三王子。彼は王位継承に興味は無く、『聖騎士』を目指して修行に明け暮れていると聞く。こうして間近に会ってみると、一見細身に見えるが、無駄な肉を削ぎ落した鋼の筋肉の持ち主である事が紺色の軍服姿を通しても分かる。顔立ちは、第二王子とよく似ているが実兄のような甘やかさは無い。未だあどけなさは残るものの、精悍な顔つきだ。波打つ短髪は実兄よりも濃い金髪で、瞳の色は兄のそれよりも深い青色だ。

「此奴のお陰でな、面白い事を発見したんだ。これから色々と面白い事が起こるぜ」

と、リュディガーは不敵な笑みを浮かべた。
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