「堅香子」~春の妖精~

大和撫子

文字の大きさ
25 / 38
第十八話

続・束の間の休息

しおりを挟む
 真凛はぽっかりと目を開けた。見慣れた自室の天井が目に入る。薄明りがともされる部屋。どうやら夜になっているようだ。ゆっくりと起きあがって、ベッドからおりてみる。体の怠さや喉の痛みは大分軽減されていた。そう言えば、帰宅してまずは我が家特製バナナジュースを飲まされた後、たっぷりの水と共に薬を飲んだ事を思い出す。そのまま閉められているカーテンをあけた。もうすっかり夜の闇に包み込まれていた。二階から見下ろす庭は、家から漏れる明りでほんの少しだけ椿の葉が照らされて柔らかな深緑色が浮かび上がる。ゆっくりとカーテンを閉めると、部屋の明りをつけた。机の上に眼鏡を見つけ、そのままかける。

(今何時頃だろう?)

 ベッドの脇にある棚の上の目覚まし時計を見る。午後七時になるところだ。

(お母さん、夕飯作ってるところかな。お姉ちゃんとお父さんはまだ帰ってまいだろうし、大地は帰ってきてお風呂かな……。今下におりていったら、迷惑かな……)

 迷いながら、音を立てないように注意してドアを開けてみる。

「……で、真凛姉ちゃんは大丈夫なん?」

 ちょうど自分の話題で、驚いてビクッとする。普段話題にあがる事はなく、たまに話題にあがる時は

『久川さんて本当に目立たないよね。空気みたい。いるの忘れちゃう』
『透明人間みたいじゃない?』
『やだ、幽霊みたい』
『幽霊はインパクトあるでしょ!』
『陰キャラでしょ』
『それだ!』

 と、こんな具合に似たり寄ったりの陰口らしい。

(……で、透明人間だから本人が傍にいても気付かれずに陰口言いたい放題、ていう……)

 苦笑いしながら、弟の言い出す事に意識を向けた。

「緊張の連続で体が疲れ様ちゃった、て感じだと思うから。取りあえず特製栄養ドリンク飲ませた後に薬飲ませて寝かせてる」
「あぁ、バナナと林檎とレモンと豆乳混ぜたやつだっけ?」
「うん、あとアボカドとメープルシロップね」
「あれ、風邪でダウンした時の我が家の定番だよな。じゃぁ、今グッスリ寝てる感じか」
「うん。目が覚めたら消化がよくて栄養たっぷりのもの食べさせて、また薬飲ませて寝かせるわ」
「うん、それがいいや。真凛姉ちゃん、自分で自分の体の事よく分かってないで頑張っちゃうもんな。高校受験の時も、熱があったのに本人気付かなくてそのまんま頑張って。倒れて肺炎で入院とかさ」
「そうねぇ。こっちも気をつけてやらないとなんけど。今回はうかつだったわ」
「慣れない部活入って気を遣い過ぎたとかもあるんじゃん? 俺みたいにもっと自己中になれれば、楽になれんのに。損な性格してるよな」
「奥床しい、ていうのよ。古き良き時代の大和撫子なのよ、あの子は。あんたはちょっと我儘過ぎなのよ」
「えー? そうかなー」

 母親と弟の笑い声が響いた。涙ぐむ真凛の姿。

(何だかんだ、しっかり気にかけて貰えてるんだ。私、落ち零れの底辺の陰キャラだけど、身内贔屓で奥床しい大和撫子だって……)

 右の手の甲で涙を拭い、静かにドアを閉めた。眼鏡を外して机の上に置く。そして再びベッドへと潜り込んだ。

(私、ちゃんと久川家の一員なんだ。大和撫子は、可憐に見えるけど驚くほど強くて繁殖力も半端ない強かさもあるんだ。やっぱり、堅香子かな、私は。見た目はあんなに可愛くないけど、いつか花開く日を夢見て。……咲けるかどうかも、咲けたとしてもどんな花になるのかも分からないけど)

 少しずつ、眠りの世界から誘いが来る。

(美形な部長にもお姫様抱っこされて。覚えてないけど……。それに、ヒロインに抜擢なんて! まぁ、これから先どうなるか分から無いけど、十分奇跡な毎日だったな。このところ、ちょっと欲張りになり過ぎてたかも。『足るを知る』。大事な事だよね……)

 そのまま眠りの国へと足を踏み入れていった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

処理中です...