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第十一話

陛下、それは私が聞いたらダメな話では……

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 皇帝は愛想の良い笑みを浮かべると、こう続けた。

「具体的に言うと、いきなり秘書官の仕事をしろと言われても難しいと思うんだ。だって皇室専属占い師どもから目を反らす為に無理やり作った役職だし。秘書官の仕事は宰相始め側近たちが兼ねてしまったいるからな。要は、俺もお前も探りながら仕事内容を決めて行く訳さ」

 そこで一旦言葉を切って身を乗り出す。フォルティーネには、彼がとても楽しんでいるように見えた。

「これは提案なんだが、お前も家の仕事もある事だし急に城で俺の秘書官としてずっといる訳にもいかないだろう。だから、先ずは数時間から始めて週二、三回っていうのはどうだ?」

 (それは、『お試し期間』というか『試用期間』みたいな感じ?! これなら、お互いにとって相性を確認出来るし、良さそう!)

 フォルティーネは、今朝方『秘書官』の仕事の今後について、タロットカードで簡単に占った事が脳裏を過った。ウェイト版タロット78枚、メインカードが示したのは『運命の輪』・正位置だった。この場合……

 ※フォルティーネ風解釈※
 『運命の輪、人間が逆らおうとしても抗えない宿命が働く。故に流れに身を任せるべし』
もう一枚、それに対するアドバイスカードを。カードが示したのは『戦車』の正位置。『勢いに乗ってそのまま進め、何事もチャレンジあるのみ!』

 (もし、この話は即断即決は良くないなら。『隠者』の正位置とか。或いは『正義』の逆位置とかで出る筈だし。とは言っても、皇帝直々の話を拒否する訳にも行かない訳で。ここは『さぁ、行ってみよう!』て事よね)

 「それは私の方としても願ったり叶ったりのご提案にございます。謹んで御受けしたく存じます」

と頭を下げる。本音を言えば、懸念事項が無い訳ではなかった。何せ、天下の皇帝陛下の傍で、形だけ(?)とは言え『秘書官』としてつく事になるのだ。当然の事ながら、ずっと彼を支え続けて来た側近、皇室専属占い師たちは快く思わないだろう。

 (それに、私みたいな凡人令嬢が皇帝の秘書官になったら……他の御令嬢たちが黙ってないでしょうね。「どうしてあんな平凡な人が?」「縁結びの当て馬令嬢がどうして?」と。で、「それなら私だって、いいえ、私の方が!」となるでしょうね。あぁ、今から胃が痛くなりそう)

 ただでさえ、城内は嫉妬と欲望、怨嗟、そして陰謀が渦巻き、サバイバル能力が必要とされる殿なのだ。

 「思い切りの良い返事で安心した。報酬面は、当分の間時給制にしよう。最低限、相場二倍は保障する。危険手当なんかもつけような。詳細は、会計、人事担当が契約書の作成を頼んでいるから、もう少ししたら契約書類が届くだろう。その時、もう一度一緒に待遇面の相談をしょう」

 (え? き、危険手当って……やっぱり毒とかいきなり毒の矢が飛んで来たりするのかしら?!)
「有難き幸せに存じまする」

 『危険手当』の単語にゾッとしつつも、平静を装い朗らかな笑みを浮かべつつ応じる。

 「まぁまぁ、そう心配するな」

刹那、皇帝は悲し気に目を細めた。何故か、どことなく寂しそうに見えた。そんな彼の表情に、少しだけ胸が騒めく。

 「影がしっかり護衛するし。護衛もつける。侍女も含め、どれも厳選した奴らだ。信頼できる精鋭陣だ。何より、大陸一強いこのがついているんだから大丈夫さ」

 いつもも彼だ。人を喰ったかのような、尊大とも言える自身に溢れた言動。そんな彼に、フォルティーネはホッとした。それでも、秘書官として仕事をする面での不安は変わらないが「承知致しました。お気遣い、痛み入ります」と丁寧に応じた。

 「お前は、俺を信じてついてくれば問題ないのさ。万が一何か言われたら、俺の名前を出して黙らせれば簡単だしな」

皇帝は自身たっぷりにこたえる。

 (いやいや、いちゃもんつけて来るようなヤツはそう簡単には納得しませんて。警備とか待遇の面よりも殿に渦巻く怨嗟と欲望、邪気や生霊が怖いんですけど……。魔物よりも怖いのは、生きている人間の過ぎたる欲望です)

 内心ではそう叫びながらも、どういう訳か本当に大丈夫かもしれない、と楽観的に思えて来るから不思議だ。皇帝の持つ支配者のカリスマ性効果だろうか?

 「お! そうだ!! 俺とお前の信頼の証に、しか知らない話をしてやろう」

と、皇帝はまるで悪戯っ子みたいに目を輝かせた。

 「え? でもそれって……」
「そうだな、何から話そうか。先代の愚皇帝、戦争の元となったヤツだが。まぁ、あんな奴でも俺の実父ではあるんだが。表向きは異世界から現れた神子とやらに現を抜かした、とあるが。実際にはそうなるように仕組まれていた」
「え……」
「実行犯は、兼ねてより糞親父の失脚を目論んできた親父の弟、俺に取っての叔父上だ。叔父上が、禁じられている悪魔崇拝の呪術師軍団と手を組んで、異世界から神力を持つ美少女を召喚し、魅了魅惑の呪術を授けて親父を魅了したのさ。ま、俺がしたが」

 自分如きが聞いてはいけない話では? と言い出す間を与えずに、彼は機関銃の如く話出す。王弟が首謀? 悪魔崇拝は都市伝説ではなかったの? あまりの事柄に、思考が追い付かなかった。

 「えっと、あの……」

冗談なのか本気なのか、彼の真意が分からず反応に戸惑う。淑女教育の賜物が強制的に休業してしまったようだ。

 「全部本当の事さ」

その男らしく引き締まった形の良い唇が弧を描いた。悪戯が成功して得意気に笑う子供のように。

 「仕事が始まったら、万が一の時の為にも教えよう。そうだ、お前の婚約者の番の件だが、魔塔主を紹介してやる事も出来るぞ? 魔法のプロ集団の力を借りれば、手がかりが掴める可能性が出てくるしな」

 フォルティーネは唐突に理解した。限られたごく一部の者しか知り得ない話のいくつかを聞かせる事で、彼なりに誠意を見せた事、そして同時に、秘密を知る事で『秘書官』という職務から逃れられないを与えられてしまったという事を。

 ……職務を離れる事、それは即ち「死」を意味する。勿論、誰かに口外すれば「死罪」。秘密裏に消されてしまう。

 (あぁ、これは本当に逃れられない……)

 タロットカードの『運命の輪』が、フォルティーネの脳裏を掠めた。向かい側に座り、面白そうに瞳を輝かせている皇帝に、悪魔の黒い角と長い尻尾が見えたような錯覚を覚えた。
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