天使と悪魔の新解釈「見習い悪魔は笛を吹けるか？」

第二話

その時悪魔に出逢った

　胃が、内臓が口から、脳から飛び出すような感触。何より息が出来ない。そしてアッという間にコンクリートの駐車場が……。

　実際には半分くらい落下していた頃だろう。頭が真っ白になる瞬間……

「ちょっと待て！！！」

　と言う凛とした男の声と共に、

…ガシッ！…

　と何かに抱き止められる。

　恵茉は声を上げる間も無く、ただ呆然としていた。

「いらない命なら、俺に預けてくれないか？」

　男はそう言って、恵茉を抱え直した。所謂『お姫様抱っこ』である。恵茉はただ赤面した。その男があまりにも美形だったからだ。

『自分はついに地面に叩き付けられ、生と死の境にいるのだろうか。死神……様？』

　恵茉は感じた。

「俺は『死神』なんかじゃないさ」

　男は苦笑する。

『素敵な声。凛としてるのに色気があるの。それに、綺麗な男の人。乙女ゲームから抜け出してきたみたい……』

　恵茉はウットリと見惚れた。もはや、他には何も考えられない。では、男の容姿を説明しよう。

　艶ややかな漆黒の髪は肩の辺りでカットされ、サイド、毛先、前髪とシャギーを入れて軽くさせてある。面長の顔の輪郭。キリリとした形の良い漆黒の眉。高く品の良い鼻。男らしく引き締まった唇。漆黒の艶やかな長いまつ毛に縁どられた瞳は、やや大き目の切れ長で、その色はローズレッドだ。まるで夜露に濡れた紅（くれない）の薔薇を思わせる。　この上無く、端正な顔立ち。まさに「乙女ゲーム」からそのまま抜け出して来たかのような超がつく程の美形である。青白く抜けるような肌。長身スリムな体型。銀色のローブに身を包んでいる。先端が尖った耳。恵茉を抱えて空中を舞う男の背には、蝙蝠を思わせる闇色の大きな翼。

……どこをどうとっても、人間では無い事。少なくとも、天使や神の類では無い事は容易に予測がついた。

「俺の名は『ベリアル』だ。いらない命なら、俺に預けてくれ」

　男は再び繰り返した。

「ベリアル？　ベリアルって、悪魔の？」

　恵茉はウットリと男を見上げ、問いかけた。どうやら「臨死体験」の一環だと思い込んでいるようである。どうせなら思い切りプリンセス気分を味わおう、そう思っているようだ。

『……意外と肝が据わってる小娘なのか？』

　彼女の心理状態などとっくにお見通しの男は、内心そう感じつつ

「俺を知っているのか？」

　と恵茉に問いかけた。

「知ってるわ。ゲームによく出てくるし。えーとね、確か、邪悪なもの、無価値なものと呼ばれていて、超嘘つきで生贄を捧げないと嘘ばかりつくって言われてるわ。で、淫乱で放埓。炎の戦車に乗った超美形堕天使、て話よ」

　相変わらず恍惚とした表情で、見上げる。段々と大胆になって、男の首に右手までかけてくる。

『……何やら他の連中の話と色々とごちゃ混ぜになってるな』

　聞きながら内心苦笑しつつ、これ以上この場にいても話が進まない、下に降りて話をした方が良さそうだ、と判断した。

「まぁ、その通りな部分と違う部分があるが、俺は人間どもには『悪魔』とか『堕天使』とか呼ばれているな」

　と答えると、


…バサッバサッ…

　大きく翼を羽ばたかせ、ゆっくりと下降していった。

（死神じゃなくて悪魔なんだ、自殺したから、罰として地獄へ連れていかれるのかな。地獄？魔界？どっちだろう）

　恵茉はぼんやりとそう思った。彼女の心の声は、男にダイレクトに伝わる。

『地獄、魔界。和洋ごちゃ混ぜになってるな。このあたりから細かく説明しないとダメか』

　男は再び苦笑した。そして地上に降り立ったのだった。