天使と悪魔の新解釈「見習い悪魔は笛を吹けるか?」

大和撫子

文字の大きさ
78 / 79
第四十四話

恵茉は現実を生きる事にした!

しおりを挟む
 気付いたら、恵茉はマンションの13階にいた。

「さ、ここから君は、やり直すんだよ」

 とアステマは言う。

「三種の魔道具、記念においてくね。使っても、ここでは何の効力もないから。君が学んだ大切な事、ここに詰まっているからね」

 そう言ったアステマは、何故か湿った声だった。緑の目が、今にも泣きそうに潤んでいる。

「じゃ、元気でね! せっかくやり直せるんだ。辛い事があっても、楽しい事見つけて楽しんじゃえ!楽しんだもん勝ちだよ!」

 と言ってアステマは続けた。

「有難う!」

 徐々に消えて行くアステマに、笑顔で見送る恵茉。恵茉は柵につかまり、13階から下を除く。もう、死ぬ気はない。最後まで人生を全うしてやる! そう決意していた。

「退屈な人生なら、平和って事じゃない。それが気に食わないなら、面白く自分で工夫すれば良いんだわ!」

 と恵茉は呟くと、道具を持って自室へ向かった。


 けれども何か、大切なモノを思い出せないような、そんなもどかしい思いが心のどこかで燻っていた。


 それから三カ月ほど経った。両親は相変わらず会話が少なかったが、兄の死が天命だったと知って、恵茉自身に変な罪悪感が無くなった。そのせいか、両親に対する捉え方が変わってきた。

「べたべたしない、大人な関係の家族。一人の人間として独立し合っている」

 と。だから困って居る事、迷っている事は積極的に相談してみた。冷静で大人な意見をくれる。そんな家族関係を、結構気に入ってきていた。相談してみる切っ掛けは、美術部に真面目に参加するようになった事だ。やっていくと、本格的にイラストを勉強したい。それだけで食べていく事は難しいけれど、本職は他に持ちながら、何か出来たら良いな、と。それで、高校卒業後、美術大学に進学すべきか? 就職率の良い専門学校にすべきか迷ったのだ。どの道、かなりのお金がかかる。今の内にアルバイトをしてお金を貯めたい。その事を相談してみたのだ。

 両親の答えは意外なものだった。

「お金の事は、お前が心配する事ではない。どちらに行くにしても、卒業して就職するまではお金の心配はしなくて良い」

 と父親。

「やだ、この子ったら、何遠慮してるのよ。親子なんだから。その為に私も、働いているのよ」

 と母親。見習い悪魔を経験する前の恵茉なら、

「世間体気にしやがって! 本心じゃないくせに!」

 とひねくれた見方をしていただろう。つまり、自分から人生に楽しみを見出せない考え方をしてきたのだ。恵茉は思う。仮に、それがひねくれた見方では無く真意だったにしても、好意としてありがたく享受したら良いのだ、と。何も自分からわざわざ不愉快になる考え方をしなくても良い。お目出度い捉え方で結構じゃないか、と。

 その辺りは、太平の生き方が大いに参考になった。

 スモールリリスも健在だ。ファンタジー小説として楽しんで書いている。太平の小説も、読み続け、時々感想を言い合ったりして交流は続いている。美術部のパクリイラストレーターも、相変わらず元気に強かに生きている。もう、彼女の事は気にならない。恣意的な他人の目を気にして、称賛や人気だけを重視する。しっかりしているようでいて、実は自分と言うものが無い。そう思えて気の毒に感じた。されど、それは彼女が選択した人生。自分に批判する資格はない。よって、気にならない。それだけだった。そして恵茉は、食物に対して気を付けるようになっていた。見習い悪魔の時の仕事、レトルト食品の経験からだ。オフの日は、家族の分の夕食を作ったりするようになった。母親も父親も大喜びだ。恵茉はそこで初めて、両親は表情豊かだったんだ!と気づいた。

 食事をする度、排泄欲求を感じる度、

「生きている!」

 と実感した。学校の友達とは、無理に合わせる事は辞めた。そしたら孤独になった。別に苦にならなかった。昼休み、図書室で本を読んだりして好きに過ごせた。やがて、同じような友達が数人出来た。気を遣わない楽な間柄だ。時に学校のテストや、絵画やイラストのコンテスト等で、思い通りにいかずに自己嫌悪に陥ったり、イラつく事もある。けれども決して投げ出さず、じっと耐えた。そうする事が、今は分からないだけで、いつか必ず何らかの形で役に立つ。生きていれば、色々あって当たり前なのだ。

 その傍ら、秘かに占いも勉強していた。眠る前の僅かな時間を利用して。結構、占いが好きだった事に気付いた。見習い悪魔の時に使用していた質問ノートが、非常に役に立った。

 だけど、どこかあった筈のページが綺麗に消えている? そんな気がした。スーパーでレトルト食品を見る度に、何故か胸が詰まるような、悲しい気持ちになる。一緒に仕事をしていたのは、アステマとかアミ―の筈なのに。何故か作られた記憶? のように感じるのだ。

 その想いは、日ごとに大きくなっていった。その度に、ぼんやりと浮かぶ悪魔のイメージ。最初は霞がかかったかのようにぼんやりとしていたが、日を追うごとにそれはハッキリとしていった。懐かしいような、切ないような、そんな想い。

 それを、イラストに書いてみよう! あるオフの日の昼下がり、そう思い立った。画用紙とB5の鉛筆で、いきなりラフ画を描いて行く。イメージが浮かぶままに。

「黒髪短髪、シャギー。カッコよく毛先が跳ねていて。蝋燭みたいな綺麗な肌。耳は尖っていて。長身細身の筋肉質。背中には大きな蝙蝠みたいな黒い羽。銀色のローブでしょ。顔は面長で、眉もカッコ良く整っていて。引き締まった唇がまた男らしいんだ! 悔しいくらい、整った顔立ちで、大きめの切れ長の瞳は、……瞳は……神秘的な、ローズレッド……」

 声に出して描いていく内に、胸がツーンと痛くなって。その痛みが喉に。そして涙が溢れ出て来た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...