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第九話
ツクヨミ様の想い人 其の二【一】
しおりを挟む青、紫、ピンク……濡れれば濡れるほど艶やかに魅力を放って見えるのは、紫陽花が梅雨の花だからだろうか。葉や茎も鮮やかな緑色で生き生きとして見え、滴り落ちる雨の雫はまるで水晶のようだ。
紫陽花の群れのほぼ向かい側に、薔薇が咲き誇っている。深紅、白、ピンクとそれぞれ大輪の薔薇だ。彼女たちもまた、雨に濡れてより艶やかに魅力を放つ。
そういえば、花に限らず植物も濡れたら鮮やかな色を放つのは変わらない。何も梅雨に限った事ではないのだ。
……そのような事をぼんやりと思いながら、窓の外を眺めていた。
いつになく弱気の様子だった粋蓮は、ひとしきり話をした後出掛けて行った。昼もいらないし、夜も遅くなるそうだ。日比谷は、今日は見掛けない。仕事がオフの日の午後、あたしだけの自由時間だ。どこかに出掛けても良いし、このままゆっくりしていても構わない。ゆっくりと読みたかった本を読んでも良いし、宝石や動物などの好きな動画を見て過ごしても良い。
けれども何もする気も起きなくて、ただぼんやりと窓辺から外を眺めていた。
粋蓮の想い人である月や星の光を地上に届ける役割を持つ巫女は、転生して日本国内のどこかで人間に生まれ変わっているという。完全に巫女であった事の記憶はなくしているが、粋蓮と再会する事で記憶が甦るかもしくは再び恋に落ちる事が出来れば、彼らは見事に人間見習いを終え、天界に帰っても良し。人間のまま過ごしても良い、つまり天界から罪を許される、という事らしい。
何やらどこかの童話で聞いたような話だ、人魚姫だったか。
日本全国くまなく探しているけれども、今まで何の手がかりもないのだそうだ。
先程の彼は酷く脆く見えた。疲労感と虚しさから弱気になり、自虐的になりそうだった。それを止めたくて思わず、
「あ、あの! 粋蓮! あたしも、一緒に見つけるから。手伝いますよ、うん」
咄嗟にそう言ってしまった。一瞬驚いたように目を見開いた彼は、すぐに破顔した。
「有難う。あなたを選んだ私の目に狂いはなかった」
と嬉しそうに言った。つまりは、自分に恋をしない女を選んで良かった、という事だ。そう、それで間違いない。彼は何もおかしな事は言っていない。言っていないのに……
どうして胸の奥が痛くて、ぽっかりと大穴が空いた気がするのはどうしてだろう? 溜息を一つ吐き出すと、タロットにその答えを求めようと窓辺を離れた。
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