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第十二話

あちらの世界のお客様と癒しの力・その三

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 どうやらオーダーが出来上がり、テーブルに運んだようだ。

「どうしたの?」

 二人は客に聞こえないように厨房入り口まで移動する。

「あのお客様は高校一年生で、背が高くて端正な顔立ちの学ラン姿です。どうやら通学途中に突然の心不全で倒れてそのまま……。それもここ数日以内みたいです。それで、ご自分が亡くなった事に気付いてないみたいで……」

「そっか。分かった。行こう」

 彰仁とみのりは、彼の元に向かった。


『あーあ、あの子、もしかして蒼介君以上に鈍いんじゃね?』

 彼らの後ろ姿を見送りながら、安吾は呆れたように言った。

『自分で自分の気持ちに気付いてないみたいだからねぇ。これは厄介だと思うよ』

 と芥川。

『だからこそ、遣り甲斐あるじゃないですか! この案件は絶対5ランクですよ』

 太宰はやる気に満ちていた。

『ま、少し様子見だね、どの道』

 芥川の言葉に、太宰と安吾は頷き、そして真帆たちを見守る為、文豪たちはふっと姿を隠した。

 その頃、学生は……

『これが噂のコーヒーかぁ。いい香りだ。そしてフレンチトースト。ふっかふかの黄金色だ! 友達が言った通りだ!』

 とはしゃいでいる。コーヒーカップを持とうとして、カップから魂が抜け出たように透明のカップを掴んでいる事に戸惑う。

『なんで? 変だよ……』

「どうなさいました?」

 優しく真帆が声をかける。

『お姉さん! 僕、変なんだ。学校に行こうとしても駅から先に行けなくて。今度の矢進みに、彼女をここに連れて行こうとしてたのに。それで、気が付いたらここに来てたんだ。食べ物も食器も前みたいに持てないし、友達に漫画借りる約束も……』

 目に涙を浮かべる彼。それすらも気づいていないほど、パニックになっている様子だ。真帆はそっと彼を胸に抱きしめた。その様子は虚空を抱きしめる彼女の仕草で彰仁にも分かる。ほんの少し、胸が痛んだ。その理由を、彼はまだ知らない。

 彰仁は、真帆の向かい側に回ると、静かに居るであろう彼を抱きしめた。つまり真帆ごと、向かい側から少年を挟むようにして抱きしめたのである。

 そして彰仁は、自分たちが抱き締めている少年を森林のような緑色の光で包み込むイメージをした。目を閉じると浮かんでくる。植物の色の光のベールが、少年と真帆、そして自分をすっぽりと包み込む光景が……。

 少年は、自分がとても温かな美しいグリーンの光に包まれ、とても心地よく感じている事に気付いた。


 灰色の空間に、呆然と佇む学ラン姿の少年。彼の頭上に、太陽を思わせる光が天から降りて来る。直径2mほどであろうか。彰仁は優しく少年に語りかける。

「さぁ、光を見上げてご覧。お迎えの人、来てるよ」

 少年はおもむろに光を見上げる。眩い光の中で微笑んでいたのは……

『ばぁちゃん!』

 亡くなった彼の祖母であった。そのまま光に手を伸ばすと、光は手を伸ばすように彼を包み込んだ。

『そっか。僕、死んじゃったんだ。予め、そう決めて来たんだ。次の人生こそ、思い切り楽しもう、て……』

 少年は納得したように真帆の腕の中で微笑んだ。徐々に、少年の姿は消えて行く。

『有難う。もしかしたら、近いうちに彼女がここに来るかも』

 と微笑むと、徐々に白い光に包み込まれるようにして消えて行った。

「彼、上がったよ。逝くベきところに行ったから、案外早く生まれ変わってくるかも。分からないけど、そんな気がした。きっと、大丈夫だ」

 彼はそのまま、泣いている真帆を包みこむようにして抱きしめた。

トク、トク、と少し早めの彼の心臓の音、見かけは細いのに意外なほど逞しい腕に包まれ、徐々に落ち着いて行く。

(華奢だな、やっぱり。守ってやらなきゃ、妹ってこんな感じだよな、きっと……)

 『妹』という語句に、またもや秘かに呆れる文豪たち。そして一気に我に返る彰仁と真帆。そして文豪たちは、彰仁の力を目の当たりにして感心もしていた。イメージの力で、癒しと浄化、浄霊までやってのけたのだ。……尤も、波長の合う霊にのみ有効に発揮される力ではあるらしいのだが。彼自身も、よく分かっていないようである。


「あ、ごめん!」

「いえ、こちらこそ!」

 突如として我に返った二人は、同時に慌てて立ち上がり、離れた。互いに茜色のかんばせになっている。


ザーーーーーー


 雨足が強くなった。こんな雨の日は、癒しを求めてここ「本源郷」には、視えないお客様がやってくるのだ。

 けれども、雨は今ピタリと止んだ。まるで神が雨の水道の蛇口を止めたように。南の空には青空が顔を覗かせていた。そして今大きな虹が架かり始める……。

 数日後の未来を告げよう。可愛らしい女子高生がひっそりとやってきて、ひとしきり泣いた後、フレンチトーストとコーヒーを頼み、じっくりと噛み締めるように味わっていく事となるのである。
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