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第十二話

あちらの世界のお客様と癒しの力・その二

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「こちらのお席にどうぞ」

 真帆は水とおしぼりをトレイ乗せ、彼を店内奥の窓側の席に誘導した。彼は席につくと、早速テーブルの上のメニュー表を開き、眺める。彰仁にはメニュー表が自然にめくれるようにしか見えない。だが、自分の癒しと浄化の力が必要になる筈なので、さり気無く近くで作業をする。

『あ、この「本源郷特性ブレンドコーヒー」と、フレンチトーストをお願いします』

「かしこまりました。当店特性ブレンドコーヒーとフレンチトーストですね。少々お待ち下さいませ」

 真帆はオーダーを復唱すると、一礼して厨房に向かって歩いた。

「オーダー頂きました! 特ブレとフレトです!」

 と一際声をはった。そしてオーダー表をみのりに手渡す。

「「「承りました! 有難うございます」」」

 みのりは受け取りながら、華乃子はレジ付近で、また厨房から蒼介が声を揃えて応じた。通常通り、全く変わらない。真帆はオーダーが出来上がるまで、さり気無く学生を観察した。彼は物珍しそうに本棚を眺めている。かなり整った顔立ちをしており、真っすぐで純粋そうば感じだ。

「どうぞ、お好きにお手に取って読んで下さい。お席で読んで頂いても構いませんので」

 笑顔で話しかける。パッと嬉しそうに顔を輝かせる少年。学生、または高一くらいか。

「本当ですか? わぁ、有難うございます。友達から聞いた事あって。気になってネットでも調べて。一度、来てみたかったんです」

 少年は声を弾ませた。

「そうでしたか。どうぞごゆっくりご覧くださいませ」

 真帆はそう声をかけて一礼し、その場を離れた。心行くまで自由に、ゆっくりとして欲しかった。

……あの子、自分が亡くなった事分かってないみたい。まだ亡くなったばかりかも……

 と感じた。

 その様子を、彰仁がハラハラしながら見守っている。彼の目に、どんな客か見えないものだから余計に心配になるらしい。想像力豊かな彼の脳内では、

『お姉さん、何て可愛らしいんだ。実は前からあなたの事が気になっていて』
「そんな……」

 熱烈に口説く美青年幽霊に、頬を赤らめて満更でも無さげな真帆。

『良かったら、僕とあの世へ参りませんか?』

 そこまでリアルに想像し、

(駄目だ! 真帆ちゃん。彼は君を死の世界へと引きずり込もうとしてるんだ!)

 と気が気では無い。


『おーやおや? 気になって仕方無いみたいだねぇ』

(安吾先生……)

 彼の目の前に、ふわりと姿を現す安吾。ニヤニヤとしている。

『君、気になる子居たよね? 確か客で』

(芥川先生まで……)

 彼の右手に、芥川が。

(ん? ていうかそれは好きとか付き合いたいとかでは無いですよ。そりゃ、付き合えたらいいなぁ、とは思いますけど、それはアイドルに憧れる心理と同じような感じです)

『ふーん、あぁ、そう』

 芥川は大して感心無さそうに答えた。

(何だ何だ? 人に聞いておいてその投げやりな返事は……なんて直接言えやしないけどさ)

『じゃぁさ、真帆ちゃんなんかどうよ?』

(う、うわっ! 太宰先生! いきなりなんですか)

 左隣に姿を現す太宰。礼によって心の中でも同じリアクションだ。

『まったく、いつも僕を化け物扱いしてさ』

 太宰は頬を膨らませて拗ねたふりをする。実際はわざと不意打ちで真帆の名を出し、彼の反応を冷静に観察していた。それは芥川と安吾も同様だ。

(あ、すみません。つい……。それと真帆ちゃん? 何でいきなり真帆ちゃんが出て来るんです?)

 不思議そうな中にも、僅かに瞳に動揺が走る。

『歳の頃もちょうど良いと思ってさ。真帆ちゃんさ、可愛いし、霊も視えるし、優しいし……』

(あーもう、駄目ですよ。真帆ちゃん口説こうとしちゃ。彼女は……ん?)

 改めて、真帆の存在とは己に取って何なのかを考える。

……何だろう? 単なる仕事仲間ってだけじゃないような、もっと近しい、そうだ!……

 どうやら何か思い付いたようだ。

『彼女は?』

 太宰は意味有り気に問う。

(妹です 妹みたいな感じ!)

『は?』『はい?』『何?』

(だから妹です。妹がいたら、こんな感じかな、て)

 その結論に、拍子抜けした様子の文豪達。口々に呆れたという反応を見せる。その反応にキョトンとする彰仁。


「お話中すみません、あの、彰仁先輩」

 当の真帆が近づいて来た。

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