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第十三話
雨に思えば・その二
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真帆の案内に従い、奥の窓際の席に男は腰をおろす。メニュ―表を受け取ると、おもむろにそれを開く。真帆は静かに後ろに下がり、男がメニューを決めるのを待った。男はゆっくりとメニュー表を見ていく。一通り全てのページに目を通すと、真帆を振り返る。すぐに歩み寄った彼女にメニュー表を手渡しながら、男は静かに口を開いた。
「バター付きフランスパンとミネストローネを。ホットコーヒーを食後に」
店内に響き渡る低めの声。その声が聞こえるのは真帆のみであるが。
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」
真帆はいつものように丁寧に頭を下げると、厨房に向かって歩き出す。そしてみのりが待機している場所まで近づくと、
「バターフランスとミネス、お後にホットコーヒーを」
と声をかけた。
「有難うございます。承りました!」
みのりは元気よく答えると、厨房へと足を速めた。その間、彰仁は去り気なく客の動向に気をかける。正直に言えば、紺色の作業着が椅子に座っている風にしか見えない。けれども何となく、彼が本について何か聞きたいようなイメージが浮かんだ。真帆に近づく。
真帆は彰仁が何かを感じ取ったのだろうとすぐに気づいた。その為に自分に近づいてきただけだという事も。けれども自然に鼓動が高鳴ってしまう。顔が赤くなりはしないかと冷や冷やした。彼の顔が近づく。感じ取った事を、客に悟られる事なく真帆に伝える為に。
……自意識過剰よ、私!……
必死に自分を落ち着かせながら、彼の囁きを待つ。
『本の事、聞きたいみたい』
右耳に、軽く彼の吐息がかかる。舞い上がりそうになる己を必死に制しながら、真帆は黙って頷いてみせた。そして平静を装いながら、客の元へと向かう。
「失礼致します。もし宜しければ何か本をご覧になりますか?」
と、真帆は膝をついてしゃがみ込み、彼を上に見上げる目線となった。
「有難う。探している本があってね。でも……果たしてあるだろうか?」
彼は迷いながら答える。
「覚えてらっしゃる範囲内で結構ですので、内容をおっしゃって頂きましたら当店のスタッフ、走力を上げてお探し致します」
「そうか。それは心強い。雨女の事が書いてある短編小説というか、童話に近い作品で。作者が大人になってから書いたものなのだが、幼い頃の実話を元に書かれているものらしい。……まぁ、本人はその体験は夢だと思っているだろうけども」
「なるほど、タイトルはお分かりですか?」
真帆は何となく思い当たる作品があった。
「確か、『雨女の夢』というタイトルだったと思う」
「それは、雨しか経験出来ない雨女が、ほんの少しの間ある女の子に体を借りて晴天を体験する、そんなお話ではありませんか?」
「あー! それだ!」
「畏まりました。すぐにお探し出来ると思います」
真帆は僅かに頬を染めて答えた。
「もう分かったのか。それは嬉しい」
彼は破顔した。真帆は微笑み返し、「失礼します」と軽く頭を下げてその場を後にした。
(だって、その本……実は私は書いたんだもの)
と恥ずかしそうに頬を紅潮させながら。
(どうしたんだろう? 顔が赤い? まさか、口説かれたんじゃないだろうなぁ)
去り気なく真帆の様子を窺っていた彰仁は一抹の不安を覚える。
『ふ、ふーん。まーた気になって仕方無いようだねぇ』
(ふ、うわっ、だ、太宰先生っ!)
突然揶揄うような笑みと共にそう言いながら、目の前に登場した太宰に彰仁は面食らった。
『シーッ、聞こえたら変なスタッフだと思われちゃうよ。ていうか、もうホント、いい加減慣れてよ。しかしそんなに気になるかい? 真帆ちゃんの事』
(そりゃ、妹みたいなもんですから)
『あ、そ。うかうかしてると真帆ちゃん、彼氏出来ちゃうかもしれないよー』
(え? 誰かそんな奴が……)
『そりゃ、あれだけ気立てがよくて可愛い子に、いつまでも彼が出来ないなんて思う方がおかしいよねー、と。さーて、と』
(え、あ……)
太宰はスッと姿を消してしまった。揶揄うような笑みを残して。彰仁は言い知れぬ不安を覚えながら、注文の品を運ぼうとする真帆を見つめた。
「バター付きフランスパンとミネストローネを。ホットコーヒーを食後に」
店内に響き渡る低めの声。その声が聞こえるのは真帆のみであるが。
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」
真帆はいつものように丁寧に頭を下げると、厨房に向かって歩き出す。そしてみのりが待機している場所まで近づくと、
「バターフランスとミネス、お後にホットコーヒーを」
と声をかけた。
「有難うございます。承りました!」
みのりは元気よく答えると、厨房へと足を速めた。その間、彰仁は去り気なく客の動向に気をかける。正直に言えば、紺色の作業着が椅子に座っている風にしか見えない。けれども何となく、彼が本について何か聞きたいようなイメージが浮かんだ。真帆に近づく。
真帆は彰仁が何かを感じ取ったのだろうとすぐに気づいた。その為に自分に近づいてきただけだという事も。けれども自然に鼓動が高鳴ってしまう。顔が赤くなりはしないかと冷や冷やした。彼の顔が近づく。感じ取った事を、客に悟られる事なく真帆に伝える為に。
……自意識過剰よ、私!……
必死に自分を落ち着かせながら、彼の囁きを待つ。
『本の事、聞きたいみたい』
右耳に、軽く彼の吐息がかかる。舞い上がりそうになる己を必死に制しながら、真帆は黙って頷いてみせた。そして平静を装いながら、客の元へと向かう。
「失礼致します。もし宜しければ何か本をご覧になりますか?」
と、真帆は膝をついてしゃがみ込み、彼を上に見上げる目線となった。
「有難う。探している本があってね。でも……果たしてあるだろうか?」
彼は迷いながら答える。
「覚えてらっしゃる範囲内で結構ですので、内容をおっしゃって頂きましたら当店のスタッフ、走力を上げてお探し致します」
「そうか。それは心強い。雨女の事が書いてある短編小説というか、童話に近い作品で。作者が大人になってから書いたものなのだが、幼い頃の実話を元に書かれているものらしい。……まぁ、本人はその体験は夢だと思っているだろうけども」
「なるほど、タイトルはお分かりですか?」
真帆は何となく思い当たる作品があった。
「確か、『雨女の夢』というタイトルだったと思う」
「それは、雨しか経験出来ない雨女が、ほんの少しの間ある女の子に体を借りて晴天を体験する、そんなお話ではありませんか?」
「あー! それだ!」
「畏まりました。すぐにお探し出来ると思います」
真帆は僅かに頬を染めて答えた。
「もう分かったのか。それは嬉しい」
彼は破顔した。真帆は微笑み返し、「失礼します」と軽く頭を下げてその場を後にした。
(だって、その本……実は私は書いたんだもの)
と恥ずかしそうに頬を紅潮させながら。
(どうしたんだろう? 顔が赤い? まさか、口説かれたんじゃないだろうなぁ)
去り気なく真帆の様子を窺っていた彰仁は一抹の不安を覚える。
『ふ、ふーん。まーた気になって仕方無いようだねぇ』
(ふ、うわっ、だ、太宰先生っ!)
突然揶揄うような笑みと共にそう言いながら、目の前に登場した太宰に彰仁は面食らった。
『シーッ、聞こえたら変なスタッフだと思われちゃうよ。ていうか、もうホント、いい加減慣れてよ。しかしそんなに気になるかい? 真帆ちゃんの事』
(そりゃ、妹みたいなもんですから)
『あ、そ。うかうかしてると真帆ちゃん、彼氏出来ちゃうかもしれないよー』
(え? 誰かそんな奴が……)
『そりゃ、あれだけ気立てがよくて可愛い子に、いつまでも彼が出来ないなんて思う方がおかしいよねー、と。さーて、と』
(え、あ……)
太宰はスッと姿を消してしまった。揶揄うような笑みを残して。彰仁は言い知れぬ不安を覚えながら、注文の品を運ぼうとする真帆を見つめた。
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