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第一話
隠り世・後編
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「……そうでしたか。少彦名命様、初めてお会いしたのにも関わらず随分と御世話になって……」
炎帝は申し訳無さそうに切り出した。倒れてから月黄泉命に連れて来られた場所がここ『隠り世』であった事を、少彦名命自ら自己紹介も兼ねて説明されたところだ。仰向けに寝ている炎帝の鼻先から額の辺りをふわりふわりと舞いながら身振り手振りで話して聞かせるその姿は、視えない羽をその背に想像させる。
「気にする事ないよ。僕は医術や薬学を司る神なんだもの。天界で怪我人やら病人が出るなんて不名誉な事だし。僕の出番さ」
とあっけらかんと答える。
「有難うございます。贄として天界に来る前よりも体調は元気になった感じです」
「ははは、そう畏まらなくてもいいよ。堅苦しいの苦手だしさ。まだ妖魔邪が目を覚ますには時間があるし、もう少しゆっくり休んで行くといいよ。僕、これから君が贄に戻った時、少しでも体調に異変を感じた時に服用するといい薬を創って来るよ。だけど数に限りがあるから、残り三粒になったら遠慮しないでツック……じゃなくて月黄泉に言うんだよ? それと、妖魔邪対策薬術人形をチャチャッと創って来るから」
「何から何まで……痛み入ります。それでその、妖魔邪対策薬術人形?とは……?」
「詳しくは月黄泉に聞いみててね」
少彦名命はそう言って二ッと笑うと、月黄泉命に視線を移し「宜しく頼むよ」というように目くばせをしてみせた。月黄泉は相変わらず冷酷に見えるほど澄ました表情で彼らの会話を見ていたが、途中で少彦名命が己の愛称を呼び掛けそうになった事に内心では冷や冷やしていた。静かに頷く。
「あ、人形を創る時に必要なんだけど、髪を二房ほど貰っても良いかい?」
少彦名命はそう言って右手の平を天に翳した。すると手の平から白い光が溢れ出し、光が弾けるようにパッと消えた。すると手の平には、銀色の鋏が乗っていた。それは彼の左腰に差す剣程の長さだ。
「あ、あぁはい、勿論です、どうぞ」
炎帝は戸惑いながらも快諾する。少彦名は「ホイッと」という掛け声と共に炎帝の左の耳あたりに舞い、器用に右手で鋏を広げ左手で赤い髪を一房もつ。そしてザクッと鋏を入れた。続いて髪を一房持ち、ザクリッと。落ちた髪は畳の上に落ちる前に一つにまとまり、空に浮いたまま留まっている。鋏がキラキラと煌めき出し、そのまま空気に溶け込むようにして消えた。そのまま右手を切り取った髪に翳すと、まるで透明の袋に入れられたかのようにまとまったまま少彦名の動きに合わせて移動し始めた。
「じゃ、またね!」
少彦名命は、笑顔で炎帝と月黄泉命に声をかけるとスッと髪の房もろとも消えた。消えた辺りにキラキラと煌めきが残り、やがてそれも消えた。残った炎帝と月黄泉命」の間にしばらく沈黙が走る。やがて炎帝は、己の右脇辺りに腰をおろしている月黄泉命にゆるゆると視線を移した。互いに視線がかち合うと、炎帝は罰が悪そうに見つめめ、月黄泉命は涼しい眼差しでそれを受け止めた。しかし、
(……一言褒めてやれ、とは言われたものの、何をどう褒めれば良いのだ?……)
表面とは裏腹に、内心ではかなり戸惑っていた。今の今まで、殆ど誰とも交流をした事はなかった。他の神々と役割上必要な会話だけしか、した事がなかったのだ。
「……悪かったな。デカい口叩いた癖に、あんな無様な姿曝け出しちまって……」
炎帝は溜息と共に沈黙を破った。
「いや、こちらも魂の深淵も管轄領域だったにも関わらずお前の体調を全く見抜けなかった。お前の精神力の強さに度肝を抜かれた。大したものだ」
月黄泉命は、自分でも驚くほど淀みなく言葉が流れたことに驚く。予想もしなかった言葉に、炎帝は目を見開く。月黄泉命は今更ながら己の発した言葉に照れ、頬が薄紅色に染まる。それを隠すようにプイッと左を向くと、
「精神力だけは、褒めてとらす。冥王並だ。……だが、もう無茶はするな! これは神の命令だ」
とぶっきらぼうに続けた。
「……分かった。有難う、すまない」
炎帝は目頭が熱くなるのを覚えた。ぎこちなさの中にも、どこか優しい沈黙が二人の間を流れた。
「あぁ、幸成殿の……。どうぞ、狭くて散らかってますが、お入りください」
氷輪と琥珀が訪ねた刀剣職人は、一見すると大柄で無精髭を生やし、粗野で眼光炯々とした男だった。二人が訪ねた時はジロリと一瞥しただけだったが、幸成の名を出すと、幾分か態度を和らげ、奥の間に上がるよう勧めた。
炎帝は申し訳無さそうに切り出した。倒れてから月黄泉命に連れて来られた場所がここ『隠り世』であった事を、少彦名命自ら自己紹介も兼ねて説明されたところだ。仰向けに寝ている炎帝の鼻先から額の辺りをふわりふわりと舞いながら身振り手振りで話して聞かせるその姿は、視えない羽をその背に想像させる。
「気にする事ないよ。僕は医術や薬学を司る神なんだもの。天界で怪我人やら病人が出るなんて不名誉な事だし。僕の出番さ」
とあっけらかんと答える。
「有難うございます。贄として天界に来る前よりも体調は元気になった感じです」
「ははは、そう畏まらなくてもいいよ。堅苦しいの苦手だしさ。まだ妖魔邪が目を覚ますには時間があるし、もう少しゆっくり休んで行くといいよ。僕、これから君が贄に戻った時、少しでも体調に異変を感じた時に服用するといい薬を創って来るよ。だけど数に限りがあるから、残り三粒になったら遠慮しないでツック……じゃなくて月黄泉に言うんだよ? それと、妖魔邪対策薬術人形をチャチャッと創って来るから」
「何から何まで……痛み入ります。それでその、妖魔邪対策薬術人形?とは……?」
「詳しくは月黄泉に聞いみててね」
少彦名命はそう言って二ッと笑うと、月黄泉命に視線を移し「宜しく頼むよ」というように目くばせをしてみせた。月黄泉は相変わらず冷酷に見えるほど澄ました表情で彼らの会話を見ていたが、途中で少彦名命が己の愛称を呼び掛けそうになった事に内心では冷や冷やしていた。静かに頷く。
「あ、人形を創る時に必要なんだけど、髪を二房ほど貰っても良いかい?」
少彦名命はそう言って右手の平を天に翳した。すると手の平から白い光が溢れ出し、光が弾けるようにパッと消えた。すると手の平には、銀色の鋏が乗っていた。それは彼の左腰に差す剣程の長さだ。
「あ、あぁはい、勿論です、どうぞ」
炎帝は戸惑いながらも快諾する。少彦名は「ホイッと」という掛け声と共に炎帝の左の耳あたりに舞い、器用に右手で鋏を広げ左手で赤い髪を一房もつ。そしてザクッと鋏を入れた。続いて髪を一房持ち、ザクリッと。落ちた髪は畳の上に落ちる前に一つにまとまり、空に浮いたまま留まっている。鋏がキラキラと煌めき出し、そのまま空気に溶け込むようにして消えた。そのまま右手を切り取った髪に翳すと、まるで透明の袋に入れられたかのようにまとまったまま少彦名の動きに合わせて移動し始めた。
「じゃ、またね!」
少彦名命は、笑顔で炎帝と月黄泉命に声をかけるとスッと髪の房もろとも消えた。消えた辺りにキラキラと煌めきが残り、やがてそれも消えた。残った炎帝と月黄泉命」の間にしばらく沈黙が走る。やがて炎帝は、己の右脇辺りに腰をおろしている月黄泉命にゆるゆると視線を移した。互いに視線がかち合うと、炎帝は罰が悪そうに見つめめ、月黄泉命は涼しい眼差しでそれを受け止めた。しかし、
(……一言褒めてやれ、とは言われたものの、何をどう褒めれば良いのだ?……)
表面とは裏腹に、内心ではかなり戸惑っていた。今の今まで、殆ど誰とも交流をした事はなかった。他の神々と役割上必要な会話だけしか、した事がなかったのだ。
「……悪かったな。デカい口叩いた癖に、あんな無様な姿曝け出しちまって……」
炎帝は溜息と共に沈黙を破った。
「いや、こちらも魂の深淵も管轄領域だったにも関わらずお前の体調を全く見抜けなかった。お前の精神力の強さに度肝を抜かれた。大したものだ」
月黄泉命は、自分でも驚くほど淀みなく言葉が流れたことに驚く。予想もしなかった言葉に、炎帝は目を見開く。月黄泉命は今更ながら己の発した言葉に照れ、頬が薄紅色に染まる。それを隠すようにプイッと左を向くと、
「精神力だけは、褒めてとらす。冥王並だ。……だが、もう無茶はするな! これは神の命令だ」
とぶっきらぼうに続けた。
「……分かった。有難う、すまない」
炎帝は目頭が熱くなるのを覚えた。ぎこちなさの中にも、どこか優しい沈黙が二人の間を流れた。
「あぁ、幸成殿の……。どうぞ、狭くて散らかってますが、お入りください」
氷輪と琥珀が訪ねた刀剣職人は、一見すると大柄で無精髭を生やし、粗野で眼光炯々とした男だった。二人が訪ねた時はジロリと一瞥しただけだったが、幸成の名を出すと、幾分か態度を和らげ、奥の間に上がるよう勧めた。
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