109 / 110
第参部 第一話
大和の国へ・その一
しおりを挟む
……あなたが思うように進みなさい。そして決めたなら迷わずに貫きなさい……
氷輪の耳に、どことなく錫杖の音を思わせる声が響いた。凛として澄み渡り、どこか厳かな女性の声だ。
『有難うございます』
それが神からの啓示であろうと自然に思えた。自然に頭を下げる。そして姿勢を元に戻すと、右隣の琥珀に目を向けた。俯き加減で手を合わせ、何やら真剣に祈っている様子だ。
(彼女の事だ。恐らくは己の事よりは私の事、御宝の事などを祈っているのだろうか? 彼女の場合、もっと欲を出して自分の事を祈っても良いと思うのだが……)
と感じた。同時に琥珀は一礼し、姿勢を戻すとパチリと目を開けた。氷輪と視線がかち合う。どちらからともなく微笑んだ。
「行くか」
「うん」
短く会話を交わすと、踵を返した。薄っすらと東の空に赤みが差す頃だ。これから朝日が昇って来る。そんな刻のせいか、参拝客はまばらだ。
歩きながら、琥珀は参拝している時を振り返った。
『半端ものである私を迎え入れてくださいませして、有難うございます。これから先、何が起ころうと己の決めた事を貫けるよう御守り下さいませ。そして私の左隣にいる人にとって最善の結果をもたらしますよう、どうぞお導きください』
そう祈ったのだ。特に何か示唆を与えられたとか、そう言った神秘体験はしなかったが不思議と心が晴れやかに、そして力が漲って来た気がした。何よりも天照大神を祀っているというここ、伊勢の神宮。己の出生の経緯から、果たして無事に鳥居を通らせて貰えるのかが不安だった。けれどもすんなりと通れた事、それだけで有り難かった。
氷輪は、琥珀の表情がどこか晴れやかな様子に安堵した。これから大和の国へと旅立つのだ。あれから、各所で行われていた祭りを楽しみ、夜は宿に泊まる。更には名物だという干しアワビを堪能したり、温泉に浸かったりして観光を楽しんだ。いよいよ明後日が神有月に突入……というところで伊勢の神宮を参拝するに至ったのである。
「ほな、昼飯食うたらいよいよ旅立つかのぅ」
氷輪の懐の中で寛いでいたふわりが、そう言ってひょっこりと顔を出した。ちらっと琥珀を見る。琥珀は頷いてみせた。
(ほほぅ、どうやら本格的に腹を括ったようじゃな。ええねんええねん、先の事は分からんのやから、とにかく今を精一杯楽しめばええねん)
と心の中で呟く。参拝中のふわりは氷輪の懐の中で手を合わせ、
『天照大神様、毎日毎日我々をお守り下さり有難うございますです。この者たちと自分に、天照大神様のお導きがありますよう、宜しく頼みますであります』
と早々と参拝を済ませたのであった。
「なぁなぁ、兄さん」
とちょっぴりこれから何か悪戯をしでかそうとしている悪戯っ子みたいに、上目遣いで氷輪を見上げる。
「どうした?」
優しく応じる氷輪。
「あのな、これから二人分軽く背中に乗せられるよう大きく変化すんねんけどな、その……昼飯、たらふく食うて構わんかのぅ?」
「勿論だとも」
「えろうすまんのぅ」
彼らの会話を耳にし、琥珀は何か閃いたように目を輝かせた。
「それじゃさぁ、魚捕まえて食べようよ!」
と東に広がる森を指差した。
氷輪の耳に、どことなく錫杖の音を思わせる声が響いた。凛として澄み渡り、どこか厳かな女性の声だ。
『有難うございます』
それが神からの啓示であろうと自然に思えた。自然に頭を下げる。そして姿勢を元に戻すと、右隣の琥珀に目を向けた。俯き加減で手を合わせ、何やら真剣に祈っている様子だ。
(彼女の事だ。恐らくは己の事よりは私の事、御宝の事などを祈っているのだろうか? 彼女の場合、もっと欲を出して自分の事を祈っても良いと思うのだが……)
と感じた。同時に琥珀は一礼し、姿勢を戻すとパチリと目を開けた。氷輪と視線がかち合う。どちらからともなく微笑んだ。
「行くか」
「うん」
短く会話を交わすと、踵を返した。薄っすらと東の空に赤みが差す頃だ。これから朝日が昇って来る。そんな刻のせいか、参拝客はまばらだ。
歩きながら、琥珀は参拝している時を振り返った。
『半端ものである私を迎え入れてくださいませして、有難うございます。これから先、何が起ころうと己の決めた事を貫けるよう御守り下さいませ。そして私の左隣にいる人にとって最善の結果をもたらしますよう、どうぞお導きください』
そう祈ったのだ。特に何か示唆を与えられたとか、そう言った神秘体験はしなかったが不思議と心が晴れやかに、そして力が漲って来た気がした。何よりも天照大神を祀っているというここ、伊勢の神宮。己の出生の経緯から、果たして無事に鳥居を通らせて貰えるのかが不安だった。けれどもすんなりと通れた事、それだけで有り難かった。
氷輪は、琥珀の表情がどこか晴れやかな様子に安堵した。これから大和の国へと旅立つのだ。あれから、各所で行われていた祭りを楽しみ、夜は宿に泊まる。更には名物だという干しアワビを堪能したり、温泉に浸かったりして観光を楽しんだ。いよいよ明後日が神有月に突入……というところで伊勢の神宮を参拝するに至ったのである。
「ほな、昼飯食うたらいよいよ旅立つかのぅ」
氷輪の懐の中で寛いでいたふわりが、そう言ってひょっこりと顔を出した。ちらっと琥珀を見る。琥珀は頷いてみせた。
(ほほぅ、どうやら本格的に腹を括ったようじゃな。ええねんええねん、先の事は分からんのやから、とにかく今を精一杯楽しめばええねん)
と心の中で呟く。参拝中のふわりは氷輪の懐の中で手を合わせ、
『天照大神様、毎日毎日我々をお守り下さり有難うございますです。この者たちと自分に、天照大神様のお導きがありますよう、宜しく頼みますであります』
と早々と参拝を済ませたのであった。
「なぁなぁ、兄さん」
とちょっぴりこれから何か悪戯をしでかそうとしている悪戯っ子みたいに、上目遣いで氷輪を見上げる。
「どうした?」
優しく応じる氷輪。
「あのな、これから二人分軽く背中に乗せられるよう大きく変化すんねんけどな、その……昼飯、たらふく食うて構わんかのぅ?」
「勿論だとも」
「えろうすまんのぅ」
彼らの会話を耳にし、琥珀は何か閃いたように目を輝かせた。
「それじゃさぁ、魚捕まえて食べようよ!」
と東に広がる森を指差した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
13
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる