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八 林檎
三
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「政務を兄に任せて遊びほうけていた俺は王様から二つの命令を受けたんだ」
「二つの命令?」
「一つは第一王妃を裁く証拠──というより名目を得ること。そしてもう一つは、太子にふさわしい知識を得ること」
知識を得る、という言葉の意図がわからず、アランシアは首を傾げた。
彼は苦笑して説明してくれる。
「出かけては色事に溺れていた俺が、いきなり国の頂点に立って政治なんて出来るわけがない。だからしっかり近隣諸国の情報を得る必要があって……、それには時間がかかるから手っ取り早い方法を選んだ」
出来るだけ言うのを避けたい、と目に見えて気まずく目を逸らす彼に、アランシアは眉をひそめて尋ねた。知らずアランシアの声が低くなる。
「手っ取り早い方法?」
「……あの女にバレる訳にもいかないから、“兄の変わりに王太子になった弟が愛人を連れてきた”っていう風にして、諸国の下位貴族の娘に協力してもらったんだよ」
「……つまり?」
「つまり、愛人っていうのは嘘。彼女達は“国の情報提供をするかわりに王族と同等の扱いを受けれる”という契約をしたんだ」
言われた言葉をゆっくり噛み締めて、理解して──ゼイヴァルの頬に鋭い平手打ちが飛んだ。ばし、と乾いた音が容赦なく響く。
「い……っ!」
「なによそれ。こんなに悩んだ私が馬鹿みたいじゃない!」
「ごめん。契約は一定期間だし、恋愛感情は持たないよって言ってあるはずなのに、なんか本気で狙ってくる子もいるし、ラリアや君に手を出すし」
そう言えば、ラリア以外にルクート出身者はいないと聞いていたのだ。よく考えれば確かに変だった。こんな嘘に最初から騙されていたなんて、確かに誰も気づけないはずだ。しかも女ごとに前科ありのこのゼイヴァルなら信憑性も高い。
「第一王妃が俺を甘く見てくれればいつか機会は来ると思ってた。“出来ない王太子”を演じて、決定的な証拠──つまり、チェティットの居場所を知る王太子自身が狙われるように仕向けるっていう筋書き」
ゼイヴァルは口元を緩めた。証拠が無ければ、証拠を作ればいい。そう言われた気がして、アランシアは拳を握りしめた。
王族──ましてや国を背負う太子ならば非道な策略も立てなくてはいけないのだろう。
だから隠していたチェティットが、抜け出した時、あんなに怒ったのだろう。チェティットは切り札で、唯一の命綱だったのだから。
「じゃあ、結婚式の時のもあなたの作戦?」
アランシア達の結婚式で、床に這いつくばるように来た、血だらけの女。あれは、第一王妃だったのだと今ならわかる。
牢屋なら食事を制限され、もしかしたらゼイヴァルの兄を殺したという自供させる為に拷問を受けたのかもしれない。
「いや、あれは俺も予想していなかったよ。でもあれを見て、牢屋が抜け出せるっていうのを知る事ができた。……でも、狙ってるのは俺だけだと思っていたのに、まさか君達を狙うなんて。あの女にとってはただの遊びにすぎないんだろうけど、あれはさすがに怖かった」
あれ、というのはラリアとアランシアに盛られた毒の事だろう。付きっきりで心配してくれた事が嬉しくて、アランシアの口元が緩む。
「……だから、何も悩む必要も、耐える必要もないんだよ」
気づけばお互いの顔が、驚くほど近かった。すぐそこにある彼の瞳に、自分が写っている。何も考えられずに戸惑っていると、ごほん、とわざとらしい咳払いが背後から聞こえて、慌てて彼と距離を取る。
「まあまあ、仲が良いのは宜しいですけど、私のお知らせも聞いて頂けますか?」
振り返ればにこやかな笑顔のラリアがいた。
「ラ、ラリア、毒はもう大丈夫なの?」
見られた恥ずかしさに言葉を詰まらせながら尋ねた。
「“王太子の妻”の方が毒が多かったみたいです。だから、私は結構早く回復しましたよ」
毒を盛ったローテスは寵妃より正妃の方を殺したかったのだろう。毒に耐性が無いとはいえ頑丈な体でよかったと、ほっと息を吐く。
「そうなの。それで、お知らせって?」
彼女は微笑んで一通の手紙を差し出した。宛先はラリア。差出人は──
「イーリ!?」
流暢な字でつづられた弟の名前に、アランシアは目を見開く。
「私達、婚約する事になりましたの。婚約の式とかはやらないのですけど、イーリ様が成人なさったらあちらに嫁ぐ予定です」
確かイーリは今年十六のはずだ。成人までに後四年もある。ラガルタの三姉妹は全て母親が異なり、容姿も違う。だが、イーリはアランシアの実の弟で、もちろんラリアなら大歓迎だが──しかし、ラリアの方が弟より年上に見えるのだが、それはどうなのだろう。
「確かに私はイーリ様より二つ年上ですけど、成人する頃にはそんなに違和感はないと思います」
考えていた事が顔に出ていたのだろう。ラリアはにこやかな笑顔のまま、それに、と続けた。
「二つの命令?」
「一つは第一王妃を裁く証拠──というより名目を得ること。そしてもう一つは、太子にふさわしい知識を得ること」
知識を得る、という言葉の意図がわからず、アランシアは首を傾げた。
彼は苦笑して説明してくれる。
「出かけては色事に溺れていた俺が、いきなり国の頂点に立って政治なんて出来るわけがない。だからしっかり近隣諸国の情報を得る必要があって……、それには時間がかかるから手っ取り早い方法を選んだ」
出来るだけ言うのを避けたい、と目に見えて気まずく目を逸らす彼に、アランシアは眉をひそめて尋ねた。知らずアランシアの声が低くなる。
「手っ取り早い方法?」
「……あの女にバレる訳にもいかないから、“兄の変わりに王太子になった弟が愛人を連れてきた”っていう風にして、諸国の下位貴族の娘に協力してもらったんだよ」
「……つまり?」
「つまり、愛人っていうのは嘘。彼女達は“国の情報提供をするかわりに王族と同等の扱いを受けれる”という契約をしたんだ」
言われた言葉をゆっくり噛み締めて、理解して──ゼイヴァルの頬に鋭い平手打ちが飛んだ。ばし、と乾いた音が容赦なく響く。
「い……っ!」
「なによそれ。こんなに悩んだ私が馬鹿みたいじゃない!」
「ごめん。契約は一定期間だし、恋愛感情は持たないよって言ってあるはずなのに、なんか本気で狙ってくる子もいるし、ラリアや君に手を出すし」
そう言えば、ラリア以外にルクート出身者はいないと聞いていたのだ。よく考えれば確かに変だった。こんな嘘に最初から騙されていたなんて、確かに誰も気づけないはずだ。しかも女ごとに前科ありのこのゼイヴァルなら信憑性も高い。
「第一王妃が俺を甘く見てくれればいつか機会は来ると思ってた。“出来ない王太子”を演じて、決定的な証拠──つまり、チェティットの居場所を知る王太子自身が狙われるように仕向けるっていう筋書き」
ゼイヴァルは口元を緩めた。証拠が無ければ、証拠を作ればいい。そう言われた気がして、アランシアは拳を握りしめた。
王族──ましてや国を背負う太子ならば非道な策略も立てなくてはいけないのだろう。
だから隠していたチェティットが、抜け出した時、あんなに怒ったのだろう。チェティットは切り札で、唯一の命綱だったのだから。
「じゃあ、結婚式の時のもあなたの作戦?」
アランシア達の結婚式で、床に這いつくばるように来た、血だらけの女。あれは、第一王妃だったのだと今ならわかる。
牢屋なら食事を制限され、もしかしたらゼイヴァルの兄を殺したという自供させる為に拷問を受けたのかもしれない。
「いや、あれは俺も予想していなかったよ。でもあれを見て、牢屋が抜け出せるっていうのを知る事ができた。……でも、狙ってるのは俺だけだと思っていたのに、まさか君達を狙うなんて。あの女にとってはただの遊びにすぎないんだろうけど、あれはさすがに怖かった」
あれ、というのはラリアとアランシアに盛られた毒の事だろう。付きっきりで心配してくれた事が嬉しくて、アランシアの口元が緩む。
「……だから、何も悩む必要も、耐える必要もないんだよ」
気づけばお互いの顔が、驚くほど近かった。すぐそこにある彼の瞳に、自分が写っている。何も考えられずに戸惑っていると、ごほん、とわざとらしい咳払いが背後から聞こえて、慌てて彼と距離を取る。
「まあまあ、仲が良いのは宜しいですけど、私のお知らせも聞いて頂けますか?」
振り返ればにこやかな笑顔のラリアがいた。
「ラ、ラリア、毒はもう大丈夫なの?」
見られた恥ずかしさに言葉を詰まらせながら尋ねた。
「“王太子の妻”の方が毒が多かったみたいです。だから、私は結構早く回復しましたよ」
毒を盛ったローテスは寵妃より正妃の方を殺したかったのだろう。毒に耐性が無いとはいえ頑丈な体でよかったと、ほっと息を吐く。
「そうなの。それで、お知らせって?」
彼女は微笑んで一通の手紙を差し出した。宛先はラリア。差出人は──
「イーリ!?」
流暢な字でつづられた弟の名前に、アランシアは目を見開く。
「私達、婚約する事になりましたの。婚約の式とかはやらないのですけど、イーリ様が成人なさったらあちらに嫁ぐ予定です」
確かイーリは今年十六のはずだ。成人までに後四年もある。ラガルタの三姉妹は全て母親が異なり、容姿も違う。だが、イーリはアランシアの実の弟で、もちろんラリアなら大歓迎だが──しかし、ラリアの方が弟より年上に見えるのだが、それはどうなのだろう。
「確かに私はイーリ様より二つ年上ですけど、成人する頃にはそんなに違和感はないと思います」
考えていた事が顔に出ていたのだろう。ラリアはにこやかな笑顔のまま、それに、と続けた。
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