欲しいのは林檎とあなた

天嶺 優香

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一 嫁ぎ先

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 一番奥の玉座に父であるラガルタ国王が神妙な面持ちで座り、そこから各部署を代表する臣下達が並び立っていた。朝早くいきなりの招集だというのに妹逹や弟まで並ぶ中、アランシアは入場した。
「おお、アランシア。来たか」
「おはようございます、父上」
 にこやかに挨拶をすると、父は玉座を降りてアランシアへと歩みより、手をとった。いくら仲の良い王室だと言ってもこのような場でこんなに近くまで父が来たことは数える程しか無い。
 珍しいなと内心驚いていると、父はアランシアの手を握ったまま口を開く。
「アランシア」
「はい」
「アランシアよ」
「……はい」
 何だか様子がおかしい父親に思わずアランシアは眉を寄せた。
「ルクートへ嫁いでくれ」
「……は?」
「お前はルクートの第一王子の元へ嫁ぐのだ」
 ルクート王国。それは自分へ雑草を贈った男の国だ。
 突然の内容と嫁ぎ先に不快感を覚え、低い声音で尋ねた。
「……どうして突然ルクートへ?」
「いや、それが突然という訳ではない。同盟を結んだ時に自分の国の第一王子の元へ嫁がせるという約束をしてしまって……」
 眉尻を下げ、哀れみをこめて肩を叩かれた瞬間、アランシアの中で何かがぷっつんと音を立てて切れた。朝という時間もまずかった。──刹那、王の股間にアランシアの強烈なキックが炸裂した。
「ぅぐあぁああっ!」
「娘を何だと思ってるの!?」
 ラガルタ王国の国王であるその人に金蹴りを入れ、更に怒鳴り付けるという暴行をした王女は、端正な顔を怒りで歪めている。
「お、怒った顔も……綺麗だよぉアラン……」
「お黙りッ!」
 礼儀も人の目も気にしている余裕はない。朝早くに人を呼びつけ、いきなりの結婚命令。それでも親かと怒ってなにが悪い。
「で、でも、もう交渉はすんでいてね。ルクートより劣る我がラガルタはこうでもしないと……」
 床に無様に悶絶する父親を冷たく見下ろす。
 しかし、冷静な思考で考えると、どうせ反抗しても強制的に連れられるのはわかっているのでアランシアは大きなため息をついた。
「正室になれるのよね?」
「ああ。側室ではないから安心おし」
「……わかりました。どうせ嫌がっても無駄なんでしょ? なら潔く行きます」
「十分、抵抗された気が……」
 ぎろりと睨み、王に無言の威圧感を与えて広間を出て行く。呆然とする臣下も姉妹達も置いて足早に進むアランシアの後を、広間の入口で控えていたポーラが追う。
 苛立ちにまかせてヒールの音を鳴らして歩いていると、ポーラが小走りになりながら尋ねてきた。
「ひ、姫様、嫁がれるのですかっ?」
「残念ながらそうね。しかもあの雑草男の国だなんて。もしかして私の夫になる第一王子が雑草男だったりするのかしら?」
 自分で最悪の事態を考えてしまい、ぴたりと足を止めて、両手で顔を覆う。
「嫌だわ。雑草をくれた男だなんて。絶対デリカシーなんてないもの」
「姫様、まだ幼い王子が照れてしまったから雑草を渡されたのです」
「わかってるわ。自分が幼稚な事にこだわってるだなんて事」
 唇を尖らせるアランシアにポーラが笑いかけた。
「では王子をあっと言わせてやりましょう! 綺麗に仕立てて王子を骨抜きにするんですっ!」
「そうね。せっかくなんだから楽しまなきゃね」
 さっそく服選びをしましょうと張り切るポーラにつられてアランシアも笑顔になった。
 雑草男だろうと、違う男だろうと。アランシアの前でひざまづかない男はいないのだ。小国であろうと王女が嫁ぐのだからルクートも粗末な対応はしないに違いない。

    ***

 それからは目まぐるしく日々が過ぎていった。
 嫁入り道具や衣装。ありとあらゆる物の中から必要な物を厳選し、荷物をまとめる。今まで使っていた物も整理し、侍女もポーラだけ残して他の配属先を手配した。
 あっという間に当日を迎え、鏡台の前に座るアランシアに、ポーラが声をかけた。
「姫様、もうすぐ出発のお時間です」
「ええ」
 しっかりと化粧も施され、綺麗なドレスを着て。あとは出発するだけとなった時、いきなり勢い良く扉が開き、短髪の髪を揺らして軍服を着た妹が入ってきた。
「お姉様ぁああ!」
「どうしたの、メル」
「もうお姉様のお顔を見られなくなるなんて耐えれませんっ!」
 ぶわっと涙を流しだす妹メルメレンナの頭を優しく撫でてやる。
「私もよ、メルメレンナ」
「お姉様と離れるなんて無理! 無理です!」
「何を言うの。貴女なら大丈夫よ」
 齢十五になるメルメレンナは第三王女という位を捨て、軍隊に入った。最近ではそれなりに実力を発揮しているらしい。
 そもそもメルメレンナは想い人を追いかけるために軍隊入りし、王女の義務を放棄している。かわりに三姉妹のうち、アランシアと次女のエミリアは今後他国に嫁ぐことになっているが、想い人の為に頑張る健気な妹のためならなんて事はない。
 時期国王として立つ弟のイーリにはすでに話もつけてある。
「男ばかりの軍で辛くはない?」
「私が軍にいれるのはお姉様達のおかげです。わかってはいましたが他国になんて……」
 涙をためて言う妹の頭を撫でた。
「心配いらないわ。幸せを掴むのよ、メル」
 ぎゅっと彼女の体を抱きしめ、こちらまで涙腺が緩んできたのでアランシアは早々に部屋を辞した。第二王女のエミリーや第一王子のイーリに挨拶をしてからルクート行きの馬車へ乗らなくてはならないのだ。メルメレンナと号泣している場合ではない。
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