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一 嫁ぎ先
四
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「初めまして。これからよろしくお願いしますね」
出立の時間が遅れているのだろう。手早く挨拶をすませると、ゾアは馬車にアランシアとポーラを乗せた。
「では、父上。行ってまいります。お元気で」
涙をこらえて《国王》をしている父にに馬車の中から手を振って別れを告げた。長居しては他国の使者の前で泣き出してしまいそうだ。
ゾアがすぐに乗り込み、緩やかに馬車が出発する。アランシアは暫く窓から遠ざかる城を眺めていたが、その景色が小さくなると席に腰掛け直して、向かいに座るゾアに話しかけた。
「ああ、ついに国を出るのね。ねえゾア、私の夫は一体どんな方? 髭をはやした老人や、いかにも子豚って感じの人じゃなかったら嬉しいのだけど」
「ひ、姫様っ!」
人を最小限に抑えた隊列で、人が乗る馬車は一台しかなく、ゾアとアランシアは同席している。未婚の男女ということで一応ポーラがアランシアの隣で座っているが、今その彼女はこちらの言葉に顔を青くさせて固まっている。
「何よポーラ、どうかしたの? 顔が真っ青だわ」
「ゾア様は王子様の従僕ですよ? 失礼な事を言わないで下さいっ」
「あら、そうね。確かに失礼だったわ。ゾアもごめんなさいね」
王女が侍女に叱られるという奇妙な光景を暫く見ていたゾアは、不気味な表情を崩してぶはっと吹き出した。
アランシアとポーラはいきなりの出来事に驚いて目を丸くする。
「はは、あ、いえ失礼を。今まで会ってきた女性とは大違いでつい……」
「そ、そんなに違うの?」
ようやく笑いを収めたゾアは向かいの席に座るアランシアに肩をすくめてみせた。
「王子の命令で十何人もの世話を頼まれましてね。そりゃ酷いもんですよ。朝食がマズイと言っては食器を投げつけられたり、殴られたり……」
「ひ、酷い扱いね……。でもゾアは王子の第一の従僕なんでしょう?」
「第一の従僕だからこそなんです。あの方は私が手酷くやられるさまを楽しんでいるんです」
大きなため息をつくゾアは今まで散々な目にあっていたのだろう。王子の人間性はまだ計りきれないが、優しい性格はしていないのかもしれない。
従僕を虐めて楽しむ趣味でもあるのだろうか。
「おまけにその世話をしている人達は変に気位が高くて……。その点、アランシア様はお優しい方です。私などに謝罪をするなんて。実に感動しました」
「そんな、大袈裟だわ。私は貴方の王子をけなすかの様な言い方だったもの」
困った様に言うアランシアに、ゾアは更に何度も頷く。
「いえいえ、ご謙遜を」
謙遜では、と続けようとしたアランシアをゾアが片手で制した。
「……?」
何かあるのかと、とりあえず口を閉じるとゾアは歓喜の声をもらした。
「ああっ! これで口を閉じて下さる方がいただなんて! ルクートで見せてさしあげたい!」
最初の大人しさはどこへやら。目を閉じて、ぐっと拳を握る彼からはもう大人しい使者というイメージは消しとんでいた。
しかしゾアはふと真面目な表情に戻り、こちらへ真っすぐな視線を向けて言い放つ。
「……アランシア様。どうぞ我が王子には期待をなさらないで下さい」
「それは、どういう意味なの? やっぱり老人とか? それとも子豚なの?」
「いえ、王子の見目に関しては私も自身があります。私が言ったのは全く別の事です」
ますます訳がわからないアランシアは首を傾げた。
すると、突然馬車が止まった。何事かとゾアが馬車の小窓から御者役を務める兵士に尋ねた。
小規模ではあるが一応国の花嫁行列が休憩以外で道に止まるなど、あり得ないことだ。まだゾアもアランシアも許可を出していない。
「どうかこのわたくしもお連れ下さい!」
兵士が答える前に、若い女のつんざく様な 声がアランシアの耳に響く。
「一体何の騒ぎですか。アランシア様にご無礼ですよ」
ゾアが不快を現しながら馬車を降りた。それから兵士の「退け」と言う野太い声に、それを拒否する女の声。馬車の中からでは状況はわからないが、女が道にいるせいで行列が動けないのだろう。
アランシアは立ち上がり、馬車から外へと出た。声のした方に視線を向ければゾアと数人の兵士が、地面に跪く女を囲うように立っていた。女がいきなり道から飛び出て来たのだろう。馬を宥める兵士もいる。
女はそばかすを散らした地味な女だ。髪は短く、金髪に近い色素の薄い茶色だ。あまり綺麗とは言えない髪色をしている。
「早くそこを退いてくれないとそろそろ酷い目に合いますよ。それに……失礼を承知で言いますが、貴女の髪色は今、私が一番見たくない人物の顔を思い出させますし」
見ていて不快です、と続けたゾアだが、女は全くへこたれていない様子で、しかもアランシアに気づいてこちらにひれ伏した。
「大変な無礼を働いているのは承知しております! ですが、どうか、どうかわたくしをご一緒にルクートへお連れ下さい!」
「なんという無礼な……」
女は農民の育ちだと思われる貧しい身なりをしていた。
それが通行の妨げをしたあげく、一緒に連れていけと言うのだから首をはねられてもおかしくはない。
「図々しいお願いをしているのは承知しております。ですが、どうかお慈悲を!」
出立の時間が遅れているのだろう。手早く挨拶をすませると、ゾアは馬車にアランシアとポーラを乗せた。
「では、父上。行ってまいります。お元気で」
涙をこらえて《国王》をしている父にに馬車の中から手を振って別れを告げた。長居しては他国の使者の前で泣き出してしまいそうだ。
ゾアがすぐに乗り込み、緩やかに馬車が出発する。アランシアは暫く窓から遠ざかる城を眺めていたが、その景色が小さくなると席に腰掛け直して、向かいに座るゾアに話しかけた。
「ああ、ついに国を出るのね。ねえゾア、私の夫は一体どんな方? 髭をはやした老人や、いかにも子豚って感じの人じゃなかったら嬉しいのだけど」
「ひ、姫様っ!」
人を最小限に抑えた隊列で、人が乗る馬車は一台しかなく、ゾアとアランシアは同席している。未婚の男女ということで一応ポーラがアランシアの隣で座っているが、今その彼女はこちらの言葉に顔を青くさせて固まっている。
「何よポーラ、どうかしたの? 顔が真っ青だわ」
「ゾア様は王子様の従僕ですよ? 失礼な事を言わないで下さいっ」
「あら、そうね。確かに失礼だったわ。ゾアもごめんなさいね」
王女が侍女に叱られるという奇妙な光景を暫く見ていたゾアは、不気味な表情を崩してぶはっと吹き出した。
アランシアとポーラはいきなりの出来事に驚いて目を丸くする。
「はは、あ、いえ失礼を。今まで会ってきた女性とは大違いでつい……」
「そ、そんなに違うの?」
ようやく笑いを収めたゾアは向かいの席に座るアランシアに肩をすくめてみせた。
「王子の命令で十何人もの世話を頼まれましてね。そりゃ酷いもんですよ。朝食がマズイと言っては食器を投げつけられたり、殴られたり……」
「ひ、酷い扱いね……。でもゾアは王子の第一の従僕なんでしょう?」
「第一の従僕だからこそなんです。あの方は私が手酷くやられるさまを楽しんでいるんです」
大きなため息をつくゾアは今まで散々な目にあっていたのだろう。王子の人間性はまだ計りきれないが、優しい性格はしていないのかもしれない。
従僕を虐めて楽しむ趣味でもあるのだろうか。
「おまけにその世話をしている人達は変に気位が高くて……。その点、アランシア様はお優しい方です。私などに謝罪をするなんて。実に感動しました」
「そんな、大袈裟だわ。私は貴方の王子をけなすかの様な言い方だったもの」
困った様に言うアランシアに、ゾアは更に何度も頷く。
「いえいえ、ご謙遜を」
謙遜では、と続けようとしたアランシアをゾアが片手で制した。
「……?」
何かあるのかと、とりあえず口を閉じるとゾアは歓喜の声をもらした。
「ああっ! これで口を閉じて下さる方がいただなんて! ルクートで見せてさしあげたい!」
最初の大人しさはどこへやら。目を閉じて、ぐっと拳を握る彼からはもう大人しい使者というイメージは消しとんでいた。
しかしゾアはふと真面目な表情に戻り、こちらへ真っすぐな視線を向けて言い放つ。
「……アランシア様。どうぞ我が王子には期待をなさらないで下さい」
「それは、どういう意味なの? やっぱり老人とか? それとも子豚なの?」
「いえ、王子の見目に関しては私も自身があります。私が言ったのは全く別の事です」
ますます訳がわからないアランシアは首を傾げた。
すると、突然馬車が止まった。何事かとゾアが馬車の小窓から御者役を務める兵士に尋ねた。
小規模ではあるが一応国の花嫁行列が休憩以外で道に止まるなど、あり得ないことだ。まだゾアもアランシアも許可を出していない。
「どうかこのわたくしもお連れ下さい!」
兵士が答える前に、若い女のつんざく様な 声がアランシアの耳に響く。
「一体何の騒ぎですか。アランシア様にご無礼ですよ」
ゾアが不快を現しながら馬車を降りた。それから兵士の「退け」と言う野太い声に、それを拒否する女の声。馬車の中からでは状況はわからないが、女が道にいるせいで行列が動けないのだろう。
アランシアは立ち上がり、馬車から外へと出た。声のした方に視線を向ければゾアと数人の兵士が、地面に跪く女を囲うように立っていた。女がいきなり道から飛び出て来たのだろう。馬を宥める兵士もいる。
女はそばかすを散らした地味な女だ。髪は短く、金髪に近い色素の薄い茶色だ。あまり綺麗とは言えない髪色をしている。
「早くそこを退いてくれないとそろそろ酷い目に合いますよ。それに……失礼を承知で言いますが、貴女の髪色は今、私が一番見たくない人物の顔を思い出させますし」
見ていて不快です、と続けたゾアだが、女は全くへこたれていない様子で、しかもアランシアに気づいてこちらにひれ伏した。
「大変な無礼を働いているのは承知しております! ですが、どうか、どうかわたくしをご一緒にルクートへお連れ下さい!」
「なんという無礼な……」
女は農民の育ちだと思われる貧しい身なりをしていた。
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