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◆第一章 怪異を祓う者◆
第二話 スミジの副業②
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「さて……。それでは改めて……」
依頼内容口にし掛けた昭一郎。だが、スミジは突然立ち上がり周囲を見回し始める。
「……どうしたね?」
「名取さん。お身体の不調はいつ頃からです?」
「二週程前だが……」
「御依頼はそれに関するものですか?」
「いや……別件だ。私の孫娘の話でね……」
「なる程。では、そのお孫さんの問題はいつからですか?」
ここで昭一郎はハッ!とした表情を浮かべる。
「……もしや、私の不調と孫娘の件は同じものなのか?」
「いえ……正確には『お孫さん絡みの怪異が撒いた力が飛び火して他の怪異を呼んだ』のでしょう。でも……そうなる場合、貴方にも何等かの因果が絡んでいる可能性がありますけど」
「むう……それは一体……」
「その前に、先ず一つ──。切っ掛けは同じ【あやかし】からの影響ですが、対峙するものは別の怪異……。つまり別件依頼になってしまいますが……」
「……出来るならばお願いしたい」
「分かりました」
そこでスミジは一度鎮座し場の一同に説明を始める。そこに普段のだらしなさは無く、まるで武術の達人のような雰囲気だ。
「怪異と対峙するにあたり、憑かれている者は先ず自らに何が起こっているのか知らねばなりません。この場合は名取さんと祓う側の我々。お手伝いさんは因果に巻き込まれる恐れがあるので少し外して下さい」
傍らに控えていた使用人は昭一郎に確認の視線を向けた。昭一郎は無言で力強く頷く。指示通り使用人が部屋から去った後、スミジは懐から木箱と細めの竹筒を取り出し自らの前に並べ始めた。
「最初に言いますが、私は怪異を祓う生業をしています。本来はこちらが本業ですが、食うにはちょっと不安定でしてね……副業としています」
木箱を開いた中には長方形の真白の札が収められていた。丁度掌に乗る大きさの札を取り出したスミジは、それを一枚床に置いた。
「あやかし──怪異というのは通常、人に視えないものです。だから信じない人も多い訳ですが人にとってはその方が良いんですよ」
「何故だね? 私のように体調を崩す原因になるならば、見えた方が対処がし易いだろう?」
スミジは小さく首を振る。
「闇の深い昔ならいざ知らず、現在の【あやかし】はその殆どの存在に力はありません。だから本来ならば名取さんの体調も自然と回復します」
「そんなものなのかね?」
「はい。ですが、今回は二つの怪異……つまり二体の【あやかし】が相互作用を起こしていたので祓う必要があるんです。そして、本当に危ないのは『誰にでも視えるもの』──力が強い妖はそれ自体が現世にすら介入してくる。その際は『討滅』か『封印』が必要になります。そしてその場合、私も命を賭けねばなりません」
「そんな怪異が存在するのか……」
「ええ。でも、取り敢えず昭一郎さんのものは祓えばすぐ消えますのでご安心を」
語りながら今度は竹筒の蓋を開封する。中には筆が四本並んでいる。スミジが取り出したのは細筆──筆先は朱色の墨で既に濡れていた。
そしてスミジはそのまま札に筆を走らせた。書かれたのは奇妙な文字と中央上部に書かれた『天眼』の文字、下部には幾つもの目の模様をしたためる。それを書き終えると同時にスミジは札を宙に放った。
『彼岸此岸を隔てる帳を超えて覗き視ろ。お前にしばし魂を与える、【絵妖・目々連】』
すると放った札が宙で燃え拡がり巨大な目が出現。目は宙空で拡大を続け瞳の部分はやがて部屋を飲み込んだ。
「こ、これは……」
途端に色褪せセピア色に変化した部屋の中……そこには蜘蛛の巣の様に部屋を張り巡る黒い糸があり、一部は昭一郎の身体にも伝い首や腕に巻き付いていた。間近で見た昭一郎にはそれが何か直ぐに理解できた。
「こ、これは……髪の毛?」
「はい。本当は不要な手順ですが、依頼主である貴方は見た方が理解が早い。これでお孫さんを祓う際に信用して貰えますよね?」
「この髪も【あやかし】……とやらなのか?」
「ええ。毛羽毛現という妖怪です。これが傍にいると病になるんです」
髪は張り巡らされているが生物の様な動きは見られない。
「【あやかし】は大抵夜に蠢くものなんですよ。今は|昼日中《ひるひなか
》──力も低下してますので祓うのは簡単です」
「………やってくれ」
「分かりました」
今度は太い竹筆へと持ち変えたスミジは、何もない中空に筆を走らせる。すると不思議なことに赤い墨絵がスラスラと宙に描かれている。
勿論それは只人では肉眼で見ることはできない世界。異界側の光景を術を以て映しているに過ぎない。スミジが書き上げたのは赤く鮮やかな鳥の姿……但し、その胴体は人の様な形状をしている。
『炎を以てこの場に巣食う厄を祓いたまえ、【絵神・金翅鳥】!』
赤き鳥は力を宿しまるで生命を持つような鮮やかさを宿した。その翼で羽ばたき巻き起こる炎が別邸の和室内を逆巻き埋めつくす。
「きゃっ!」
猛烈な炎に驚きアカリは思わず目を閉じる。シズカや昭一郎も同様の反応を見せた。しかし、熱を感じぬ違和感で目を開けば部屋は既に元の鮮やかな色を取り戻していた。
「………い、今のは?」
「金翅鳥です。インド神話のガルーダ……仏教の迦楼羅天……。勿論、本物ではありませんけどね。私は一度見た怪異を絵で再現できるんですよ」
「…………」
驚きのあまり昭一郎は言葉がでない。スミジは苦笑いで続けた。
「ともかく、これで貴方の怪異は祓いました。じきに体調も戻るでしょう」
「……感謝する。これで疑うことなく本来の依頼の説明に入れる」
「お孫さんの話ですね? ですが、その前に少しだけ休んだ方が良いですよ。体力にはかなり消費……」
そこで昭一郎の腹の虫がくぅと音をあげた。昭一郎は豪快に笑い始めた。
「ハッハッハ。どうやら私の腹の虫は怪異が去って安心したらしい。早乙女さん。済まないが母屋の使用人に頼んで食事を用意して貰ってくれないか? 勿論、人数分をね」
「わかりました」
「私はそれまで少し横にならせて貰うよ。話は食事の後にしよう」
名取昭一郎の怪異はこうして無事に祓われた。
しかし、この出来事は小事に過ぎなかったことを一同は知る。
依頼内容口にし掛けた昭一郎。だが、スミジは突然立ち上がり周囲を見回し始める。
「……どうしたね?」
「名取さん。お身体の不調はいつ頃からです?」
「二週程前だが……」
「御依頼はそれに関するものですか?」
「いや……別件だ。私の孫娘の話でね……」
「なる程。では、そのお孫さんの問題はいつからですか?」
ここで昭一郎はハッ!とした表情を浮かべる。
「……もしや、私の不調と孫娘の件は同じものなのか?」
「いえ……正確には『お孫さん絡みの怪異が撒いた力が飛び火して他の怪異を呼んだ』のでしょう。でも……そうなる場合、貴方にも何等かの因果が絡んでいる可能性がありますけど」
「むう……それは一体……」
「その前に、先ず一つ──。切っ掛けは同じ【あやかし】からの影響ですが、対峙するものは別の怪異……。つまり別件依頼になってしまいますが……」
「……出来るならばお願いしたい」
「分かりました」
そこでスミジは一度鎮座し場の一同に説明を始める。そこに普段のだらしなさは無く、まるで武術の達人のような雰囲気だ。
「怪異と対峙するにあたり、憑かれている者は先ず自らに何が起こっているのか知らねばなりません。この場合は名取さんと祓う側の我々。お手伝いさんは因果に巻き込まれる恐れがあるので少し外して下さい」
傍らに控えていた使用人は昭一郎に確認の視線を向けた。昭一郎は無言で力強く頷く。指示通り使用人が部屋から去った後、スミジは懐から木箱と細めの竹筒を取り出し自らの前に並べ始めた。
「最初に言いますが、私は怪異を祓う生業をしています。本来はこちらが本業ですが、食うにはちょっと不安定でしてね……副業としています」
木箱を開いた中には長方形の真白の札が収められていた。丁度掌に乗る大きさの札を取り出したスミジは、それを一枚床に置いた。
「あやかし──怪異というのは通常、人に視えないものです。だから信じない人も多い訳ですが人にとってはその方が良いんですよ」
「何故だね? 私のように体調を崩す原因になるならば、見えた方が対処がし易いだろう?」
スミジは小さく首を振る。
「闇の深い昔ならいざ知らず、現在の【あやかし】はその殆どの存在に力はありません。だから本来ならば名取さんの体調も自然と回復します」
「そんなものなのかね?」
「はい。ですが、今回は二つの怪異……つまり二体の【あやかし】が相互作用を起こしていたので祓う必要があるんです。そして、本当に危ないのは『誰にでも視えるもの』──力が強い妖はそれ自体が現世にすら介入してくる。その際は『討滅』か『封印』が必要になります。そしてその場合、私も命を賭けねばなりません」
「そんな怪異が存在するのか……」
「ええ。でも、取り敢えず昭一郎さんのものは祓えばすぐ消えますのでご安心を」
語りながら今度は竹筒の蓋を開封する。中には筆が四本並んでいる。スミジが取り出したのは細筆──筆先は朱色の墨で既に濡れていた。
そしてスミジはそのまま札に筆を走らせた。書かれたのは奇妙な文字と中央上部に書かれた『天眼』の文字、下部には幾つもの目の模様をしたためる。それを書き終えると同時にスミジは札を宙に放った。
『彼岸此岸を隔てる帳を超えて覗き視ろ。お前にしばし魂を与える、【絵妖・目々連】』
すると放った札が宙で燃え拡がり巨大な目が出現。目は宙空で拡大を続け瞳の部分はやがて部屋を飲み込んだ。
「こ、これは……」
途端に色褪せセピア色に変化した部屋の中……そこには蜘蛛の巣の様に部屋を張り巡る黒い糸があり、一部は昭一郎の身体にも伝い首や腕に巻き付いていた。間近で見た昭一郎にはそれが何か直ぐに理解できた。
「こ、これは……髪の毛?」
「はい。本当は不要な手順ですが、依頼主である貴方は見た方が理解が早い。これでお孫さんを祓う際に信用して貰えますよね?」
「この髪も【あやかし】……とやらなのか?」
「ええ。毛羽毛現という妖怪です。これが傍にいると病になるんです」
髪は張り巡らされているが生物の様な動きは見られない。
「【あやかし】は大抵夜に蠢くものなんですよ。今は|昼日中《ひるひなか
》──力も低下してますので祓うのは簡単です」
「………やってくれ」
「分かりました」
今度は太い竹筆へと持ち変えたスミジは、何もない中空に筆を走らせる。すると不思議なことに赤い墨絵がスラスラと宙に描かれている。
勿論それは只人では肉眼で見ることはできない世界。異界側の光景を術を以て映しているに過ぎない。スミジが書き上げたのは赤く鮮やかな鳥の姿……但し、その胴体は人の様な形状をしている。
『炎を以てこの場に巣食う厄を祓いたまえ、【絵神・金翅鳥】!』
赤き鳥は力を宿しまるで生命を持つような鮮やかさを宿した。その翼で羽ばたき巻き起こる炎が別邸の和室内を逆巻き埋めつくす。
「きゃっ!」
猛烈な炎に驚きアカリは思わず目を閉じる。シズカや昭一郎も同様の反応を見せた。しかし、熱を感じぬ違和感で目を開けば部屋は既に元の鮮やかな色を取り戻していた。
「………い、今のは?」
「金翅鳥です。インド神話のガルーダ……仏教の迦楼羅天……。勿論、本物ではありませんけどね。私は一度見た怪異を絵で再現できるんですよ」
「…………」
驚きのあまり昭一郎は言葉がでない。スミジは苦笑いで続けた。
「ともかく、これで貴方の怪異は祓いました。じきに体調も戻るでしょう」
「……感謝する。これで疑うことなく本来の依頼の説明に入れる」
「お孫さんの話ですね? ですが、その前に少しだけ休んだ方が良いですよ。体力にはかなり消費……」
そこで昭一郎の腹の虫がくぅと音をあげた。昭一郎は豪快に笑い始めた。
「ハッハッハ。どうやら私の腹の虫は怪異が去って安心したらしい。早乙女さん。済まないが母屋の使用人に頼んで食事を用意して貰ってくれないか? 勿論、人数分をね」
「わかりました」
「私はそれまで少し横にならせて貰うよ。話は食事の後にしよう」
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しかし、この出来事は小事に過ぎなかったことを一同は知る。
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