姫国あやかし絵封録

赤村雨享

文字の大きさ
6 / 6
◆第一章 怪異を祓う者◆

第三話 憑かれた者②

しおりを挟む
 別邸に運ばれた食事に舌鼓を打った一同は、幾分体力が回復した昭一郎から説明を受けることになった。

「御体の調子はどうですか?」
「かなり楽になった。本当にありがとう」 
「いえ……これも仕事ですので。それで本来の依頼なのですが……」

 シズカに促された昭一郎は思考を整理している様だ。

「うむ……。………。実は、ある日を境に私の孫娘の様子がおかしくなってな。以前は明るい子だったのだが、今は殆ど話さない。特に最近は部屋に籠ってしまっている」
「それは……失礼ながら学校の人間関係が影響している訳では無いのですね?」
「私も初めはそれを考えた。だが……アレは違う」
「と……言いますと、私共に依頼するだけの理由があった訳ですね?」
「ああ……」

 昭一郎はゆっくりと語り始める。自らが目にしたものを思い返しながら……。

「私も孫を励まそうと色々と考えた。あの子の楽しめそうな場所に行ったり好きな物を与えたり……。あの子も喜んでいたんだが……次の日になると……」
「………?」
「あの子の身体に痣が出るのだ。楽しんだ分、与えた分、腕に痣が出る。与えた物は壊れ、痣が痛いと泣くのだ」
「………自傷行為ではないと確証がある。そうですね?」
「うむ。実は夜中に一度だけあの子の部屋を覗いた。その時、眠るあの子の脇に黒い影が見えたのだ。直ぐに消えたので見間違いかと思っていたのだが……今日の出来事で確信した。アレは私に憑いたのと同じ空気を纏っていた」

 昭一郎は改めて姿勢を正し、スミジ達に深々と頭を下げる。

「どうか孫娘を助けて欲しい。この通り……どうか宜しくお願いします」
「な、名取さん! 頭をお上げ下さい! ほら、スミジからも……」
「……名取さん。一つ確認したいのですが……最近何らかの絵を購入しませんでしたか?」

 昭一郎は突然話が変わったことに幾分の躊躇いを見せたが、記憶を辿り誠実に答える。

「三週程前に掛け軸を購入したが……」
「それは何処にありますか?」
「母屋に……。それが孫娘と関係があるのだろうか?」
「それが私の探している物だった場合、かなり厄介です。すぐに確認を」
「……わかった。案内しよう」

 昭一郎は着替えた後、直ぐに母屋へと一同を案内する。向かったのは奥座敷。壁には花の描かれた掛け軸が掛けられている。

「………お孫さんの部屋はこの上では?」
「あ、ああ。確かに……」
「掛け軸を見ても?」
「お任せする。好きにやってくれて良い」

 スミジは素早く掛け軸を壁から外すとおもむろに表装から本紙を引き剥がした。

「ちょっ! スミジ!」

 慌てるシズカを余所にスミジは本紙の裏側に取り出した筆を当てた。が……何も起こらない。

「………外れ、か」

 安堵の混じったその言葉と同時にシズカはスミジの頭をひっぱたいた。

「あ~ん~た~ね~?」
「ま、待て、シズカ? これは緊急なことだったんだ! それに本絵は綺麗に剥がしただろ? 表具は俺が直せるから……痛いっ!」
「バカスミジ! それにしたって限度があるでしょ! スミマセン、名取さん……掛け軸は綺麗に修復してお返ししますから」

 このやり取りを見ていた昭一郎は豪快に笑う。

「ハッハッハ! 別に構わんさ。孫娘の為に必死にやってくれたんだ。掛け軸の一枚や二枚」
「ほ、本当にスミマセン……ホラ、スミジも謝って!」
「え~……。どうもスミマセンでした。ちゃんと修復しますから、後で表具の指定をお願いします」
「良いさ。それより……」
「お孫さんの話ですね?」

 再び別邸にて仕切り直しとなった中、昭一郎は孫娘である『名取千夏』の現状について切り出した。

「部屋に籠って食事も殆ど摂らないのだ。成長期だから心配でな……」

 そこで口を開いたのはアカリだった。

「お孫さんはお幾つなんですか?」
「今年で十一歳になる。身内の贔屓目で見ているかもしれんが、とても頭の良い子だよ」
「少し話をしてみたいのですが……」
「構わない。寧ろそうしてやってくれればありがたい。あの子の部屋は母屋の二階……使用人に案内させるとしよう」

 千夏は家族が近付くと嫌がるのだそうで、昭一郎や両親ともあまり顔を合わせないという。アカリは益々力になりたいと思ったらしくかなり意気込んでいる。

「行きましょう、スミジさん! シズカさん!」
「お、おぉ……。アカリちゃんがやる気に……」
「そ、そうね。じゃあ、行きましょうか」

 そうしてスミジ、アカリ、シズカは使用人に案内され千夏の部屋へと向かう。


 名取家が最初に関わった怪異──それは“現代ならでは”のものと呼べる存在だった。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

【完結】そんなに好きなら、そっちへ行けば?

雨雲レーダー
恋愛
侯爵令嬢クラリスは、王太子ユリウスから一方的に婚約破棄を告げられる。 理由は、平民の美少女リナリアに心を奪われたから。 クラリスはただ微笑み、こう返す。 「そんなに好きなら、そっちへ行けば?」 そうして物語は終わる……はずだった。 けれど、ここからすべてが狂い始める。 *完結まで予約投稿済みです。 *1日3回更新(7時・12時・18時)

【完結】旦那に愛人がいると知ってから

よどら文鳥
恋愛
 私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。  だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。  それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。  だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。 「……あの女、誰……!?」  この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。  だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。 ※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...