姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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◆第二章 遠い日の約束◆

第一話 『あやかし』ではない者②

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「先ずは自己紹介を。私は道祖土さいどスミジ……この店の主です。一応、ご覧の通り表の顔は画商です」
「儂は伊村崎いむらざき武清たけきよという者だ。後ろの者共はただの護衛だから気にするな」
「は、はぁ……。そ、それでですね。詳しい事情をお聞きしたいのですが……」
「ふん……面倒だが仕方無い。話してやろう」
(……一々不機嫌な人だなぁ)

 そうして伊村崎は来店した事の次第を語り始めた──。



 伊村崎武清はテレビでCMを見掛ける程の大手不動産業の会長だった。経営こそ退いたが、その資産と影響力は未だに大きいと言われている。
 戦後苦労しながら一代で財を築き上げた伊村崎は多忙だった現役時代の反動で様々な道楽に興じている様だ。

(アカリちゃん……。ここにもお金持ちがいるよ……) 

 特に熱中したのは将棋。伊村崎は知人との間で良く将棋を指していたが、引退を期に本格的に研鑽してみようと考えた。それを聞いた知人は例の将棋盤を譲ってくれたという。 

 だが……。

「このところ夜な夜な将棋盤の前に黒い人影が現れてな……パチパチと音を立てて眠れん」
「失礼ですが、それ以外に実害は?」
「無い。今のところは……だがな? だが、安眠出来ぬことは負担だと思うが?」
「確かにそうですね。ふぅむ……。では、他に何か気になることや分かっていることはありますか?」
「あの盤の染みは最近浮かび上がったものだ。それ以前は無かった。染みが浮いたのと同時期に黒い人影が現れたのは間違いない」

 盤面に染みが浮き翌日知人に話を聞こうとした伊村崎……だが、その日の夜に人影が現れたので心底驚いたという。

「若造……あれは何なんだ?」
「わ、若造……? ……。恐らく貴方が見た黒い影は幽霊ですね」
「幽霊だと? そんな非科学的なものが居る訳なかろうが!」
「い、いや……それ以前にウチの副業は怪異祓いですよ?」
「………。そういえばそうだったな」

 伊村崎の残念そうな視線にスミジの笑顔が引き攣る……しかし、これは依頼なのだと気を取り直して話を続けることにした。

「元の持ち主の方にいわれは聞いていませんか?」
「昔、知人の父親が購入したものらしい。その父親は大戦で亡くなったと聞く」
「では、間違いないでしょう。その方がその黒い影の正体ですね」

 スミジの言葉に伊村崎は面食らった表情だ。

「は……? 何故断言できる?」
「いや……だって、あなた方とずっと一緒に付いて来ていましたし」

 スミジは上りかまち側の卓に置かれた将棋盤へと視線を向けた。そこには半透明の軍服の男が立っているのだが、当然伊村崎達には見えていない。
 そこでスミジは中心に穴の空いた長方形の札を取り出し筆をしたためる。描かれたのは目の模様──【あやかし】目々蓮の力を込めた札。

 今回は言霊ことだまは使わない。【あやかし】の力を大きく使う場合以外は必要がないのだ。

「その札の穴からあの将棋盤の方を見てください」
「? ……また奇怪なことを」
「………」

 渋々ながらも札の穴を覗き将棋盤を見た伊村崎は……雄叫びを上げながらソファーの端へ飛び退いた。

「な、なな、な、何だ、アレは!?」
「だから幽霊ですよ。余程将棋が好きだったんでしょうねぇ」
「は、早く祓え!」
「いや……直ぐには祓いませんよ?」
「な、何……!?」

 伊村崎は驚きの表情のままスミジを凝視する。スミジは苦笑いで説明を始める。

「【あやかし】なら早めに祓うんですが、アレは幽霊です。人間の霊は通常無理に祓う必要は無いんですよ」

 基本的に人の霊魂は害を為すことはない。ただ、感じている時間の流れが違うので名残がある場合は納得するか諦めるまで残る場合がある。当人が現世への執着をやめた時、自然と幽世を通り魂の世界に帰るのだ。

 しかし……。

「例外的にですが、稀に【あやかし】になってしまう場合があります。怪異と絡み合ったり、底知れない恨みを持っていたりすると魂が変質しまうんですよ。変質して直ぐなら戻せますが、長いと【あやかし】として固定してしまう。まぁ、今回はそうじゃないので大丈夫ですけどね」
「では、どうすれば良い?」
「少しの間預けて頂ければ成仏させますよ。血が浮いたのは恐らく命日が近いのかな……多分、直ぐに消えると思います」
「………。では、買い取りは無しか?」
「はい。成仏させた後はどうするかはお任せします。ただ、手間代として祓い代金と同じ分は頂きますが」
「……貴様……さては商売下手だな?」
「アハハ……。でも、弱味に漬け込むのは流儀ではないので……」
「ふん……若造め」

 伊村崎は不敵な笑みを浮かべている。交渉は成立、将棋盤は懐覧堂にて預かることとなった。


 幽霊が成仏した後、改めてスミジが連絡すると約束し伊村崎は去っていった。それを見送ったスミジは直ぐ様シズカに電話を入れる。

「おい、シズカ……どういうことだ?」
『あ~……もしかして伊村崎さんのこと?』
「ああ。何で御門みかどに頼まなかったんだよ……。品物に憑いたのを祓うのはアイツが専門だろ?」
『私、あの人苦手なのよ。報酬にデートとか言ってくるし……』
「それはまぁ……」
『それに、スミジのが丁寧に対応するでしょ? 御門さんじゃ伊村崎さんを怒らせそうだから』
「それにしたってなぁ……」
『あ……ゴメン。今、忙しいから切るわね? バイバ~イ』
「ちょっ、話はまだ……」

 シズカは鼻歌混じりで躊躇なく通話を切った。その僅か後、一通のメールが届く。
 メールには一文……『今回の報酬から紹介料を貰う』とだけ書かれていた。

「くっ……銭ゲバめ」

 チラリと将棋盤を確認すれば軍服の男がチラチラとこちらを見ている。

「ハァ~……分かりました。満足するまでお付き合いしますよ」

 ボリボリと頭を掻きながら冷蔵庫からペットボトルの茶を取り出したスミジは、幽霊と将棋の対局を始めた。心残りを無くす──それが霊を成仏させる最善の方法なのである。
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