姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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◆第三章 人が生み出す怪異◆

第十一話 切り札

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 【あやかし】との対峙には様々な方法がある──。


 対話が可能な存在の場合、交渉を以て解決に至ることも多い。
 
 そして対話や交渉が成り立たない相手は、封印をするのが常道と言われていた。

 今回の騒動の発端となった『片輪車かたわぐるま』の封印──それを行った『天暁てんきょう』という僧侶は封印術に長けた者だったと伝わっている。
 しかし、封印というものは術者よりも【あやかし】が弱くなければ基本的に成り立たない。もし術者よりも強い【あやかし】の場合、あっさり破られてしまうからだ。

 ならば……強力な【あやかし】への対応はどうなるのか?

 一つはやはり封印──但し、そのままでは封印を破られるので【あやかし】と戦い疲弊させる必要がある。

 『天暁』は生まれながらに特殊な封印術を使えたという。しかし、それでも一人で【あやかし祓い】を行える程戦いに秀でてはいなかった。実は共に行動する侍が居て役割を『戦闘』と『封印』に分担していたことはあまり知られていない。

 そしてもう一つの手段……討滅。

 それは【あやかし】との完全なる訣別。ただ戦って倒すという単純な行為である反面、どの祓い仕事よりも命懸けの手段でもある。


『人間よ! 精々我を楽しませて見せよ!』

 千頭岳せんずだけの暗闇の森に響く轟音──バラゴは大太刀でスミジを斬り伏せようと迫る。それを躱し続けるスミジだが、動けぬ木々はそうはいかない。僅か数分間……たったそれだけの間に森の二百平米程は伐り拓かれてしまった。

『この闇の中、良く躱すものよな』

 バラゴはその右手に持つ提灯の灯りを時折閃光のように明滅させ視界が闇に慣れることを阻害する賢しさまで持っていた。更に、今宵は新月……閉ざされているも同然の視界の中で、スミジは確かにバラゴの猛攻を回避し続けている。

 【あやかし祓い】の仕事は黄昏時から夜明けまでの場合が多い。故に闇でも対応できるよう対策を行うのが常である。

 スミジは元々霊力を使うことである程度闇を見通す方法を会得している。しかし……闇の中でバラゴだけでなく樹や倒木、岩などを問題無く回避しているのは五感強化の賜物。

 最初にバラゴの攻撃を回避し森に隠れた後、スミジはその身体の至るところに筆を用い朱色の紋様を描いていた。これにより視覚、聴覚、触覚を強化し、回避だけでなく耐久力も上昇させている。


 【参式・霊装紋れいそうもん


 それは特殊な紋様を身体に書き込むことで身体と霊力を強化する術。スミジが【討滅】を行う際、【弍式】と併せ主力にしているものだ。

『成る程……貴様は【あやかし使い】ではなく【霊印術使い】の亜種か……』
「………。霊印術を知ってるのか?」
『貴様の流派は知らぬ。が、以前霊印術使いとも死合ったことはある。カカカ! ……どれ、先ずは貴様の力がどの程度か見せてみろ』

 バラゴが手に携える提灯を掲げると一部が口の様に裂けた。と同時に、中から無数の火の玉が放出される。これに反応したスミジは、太筆で宙に素早く渦巻き紋様を描き、もう一方の手に持った中太筆にて【水】と書き加えた。次の瞬間、描かれた墨は渦巻く水へと変化しバラゴの火球を防いだ。

 しかし、バラゴは手を休めない。今度は大きめに溜めた火球を作り出しスミジへと放つ。

「くっ……」

 防ぐには少々大きな火球……下手に弾けば山の延焼も起り得るので勢いを落とす必要がある。

 そこでスミジは太筆で斜線を交差させる様に描き【風斬】の文字を書き加える。更に……発生した風の刃が火球を捕らえる前に続けて行動……太筆にて大きく円を描き、墨の飛沫しぶきを飛ばすように勢い良く太筆を振った。

 中空に塗り込められた朱色の円と飛沫──そこにスミジが書き加えたのは【水砲】。飛沫は強い水圧に変化し火球へと迫る。【風斬】にて斬り裂かれた火球は、幾筋もの【砲水】にて全て打ち消されることとなる。

 【弍式(改)・霊印具現呪式】──文字の意味を具現化できる時間は短いが、その効果が高い【弍式・霊印宿陽】の変型──。
 これは陰陽五行にも対応できるので相剋や相生といった効果を生み戦略的にも使いやすい術だ。

『クハハハ! 愉快なり! どうやら貴様は我が相手に相応しい様だ! ならば、ここからは加減せずに行くぞ?』

 重機のような大きさにもかかわらず一瞬で駆け寄り振るわれる刃……。それを紙一重で躱し往なすスミジであるが、確実に脅威を感じていた。

 やはりバラゴは強い。新妖の域を大きく逸脱したその力にスミジは困惑せざるを得ない。

(こんなヤツが街に出たらそれこそ厄災そのものじゃないか……。一体どうやってこんな力を……)

 通常の怪異との大きな違いはその攻撃性。【あやかし】の殆どは日常環境から生まれるので攻撃性は低く、稀に強力な【あやかし】が存在してもそれは戦いそのものに愉悦を感じるような存在ではないのである。

 バラゴは武器に防具、そして馬……まるで戦う為に生まれた様な存在である。スミジは考えを改める必要があった。

(どのみち野放しには出来ない。なら……)

 封印より討滅を念頭に置いての戦いでなければ弱らせることも困難……。その為に必要なのは手数。守りだけではバラゴに勝つことはできない。

 そこでスミジは切り札の一つを切ることにした。
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