姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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◆第四章 存在の善悪◆

第一話 馬の怪

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「あの……スミジさん。ちょっと相談したいことが……」

 懐覧堂にて美術品の手入れが一段落し接客用ソファーで茶を飲んでいる時のこと。アルバイトに来ていたアカリは、幾分遠慮がちにそう切り出した。

「ん? どうしたの、アカリちゃん……?」
「はい。実は学校で変なことがあって……どうも怪異絡みみたいな話なんですけど、どうしたら良いのか分からなくて」
「……。ともかく話してくれる?」

 スミジは茶を用意しアカリの前に置くと、自らも茶をつぎ足し口に運ぶ。そして急かすことなくアカリの言葉を待った。

 アカリが話し始めたのは友人からの相談……そして学校内での噂話。


 アカリの通う高校は都内の私立学園。共学で割と自由な校則らしく、様々な部活動が存在するという。
 以前は怪異と無縁だった学校……しかし、今や怪異の噂で持ち切りなのだそうだ。

「学校内には放課後遅くなると馬が駆け回る……みたいな噂があって……」
「馬………?」
「はい。実はウチの学校に馬術部があるんです。最初は厩舎から馬が逃げ出したんだろうという話だったんですけどね」
「高校に馬術部とは珍しいね。それで……?」
「学校側が防犯カメラを確認した結果、確かに映ってたそうです。だだ……」

 映って居たのは『校舎内』を駆け回る馬が壁に消える姿だった。学園側は困惑し本格的に調査を始めた。しかし、原因が分からず何かの悪戯だろうという結論に至ったのだ。

「でも、そうなると馬を飼っている馬術部が原因にされますよね? 私の友達が馬術部に所属しているんですけど、最近嫌がらせが増えて困っているらしくて……」
「それは大変だ。ところでその怪異……馬を見た人はいないの?」
「それが結構目撃されてるんです。『突然壁から頭が出てきた』とか『天井から馬の脚が沢山ぶら下がっていた』とか……」
「う~ん………」
「馬術部への嫌がらせは『悪戯』に対しての反発じゃなく、『怪異が起きている原因』が馬術部にあるからだって感じで……。最近は部員個人にまで……」
「成る程ね……」

 人間は怪異を事実として受け入れる心の容量が少ない。気味の悪いものへの恐怖は『怒り』や『害意』に変わり、無関係の者へその矛先を向ける事例は度々起こる。
 そうなると、もし怪異が自然に消えても害意は残り人間関係は良い状態に戻らない。

 祓い師の役割は『怪異によって引き起こされる問題を解決すること』──これもまたスミジの仕事の範疇である。

 それに、スミジにとっての理由は義務感だけではない。

「わかった。アカリちゃんの頼みだからね……明日にでも学校の方に行って確認しよう」
「ありがとうございます、スミジさん。あ……でも、依頼料が……」
「アカリちゃんからは取れないよ。でも、大丈夫……こんな時の為の銭ゲバさんだ」
「ぜ、銭ゲバさん……」

 懐から携帯端末を取り出し電話をかけた先は、祓い仕事の窓口でもあるシズカの番号。

「あ……もしもし、銭ゲ……シズカ?」
『今アンタ銭ゲバって言おうとし』
「そ、それよりシズカ! 仕事があるんだけどさ?」
『仕事……?』
「実はアカリちゃんの学校で怪異が起こるらしいんだ。正式な依頼にはなってないから手配を頼めるか?」
『そういうことね。わかったわ……ちょっと待ってなさい』

 シズカが通話を切ってしばし……折り返しの連絡が入る。

『ちゃんとした依頼になったわよ』
「流石はシズカちゃん。………。お前、有能過ぎて時々ちょっと怖いんだけど」
『“ちゃん”付けすんな……。あ……私、丁度海外の仕事があって行けないのよ。明日の朝改めてアカリちゃんの学園から連絡がある筈だから、細かい打ち合わせはそっちでお願いね? それと……報酬は折半。これは絶対だから忘れないこと』
「………へい」
『へいって……じ、じゃ、またねスミジ』

 シズカの手際により仕事となった怪異の調査。しかし、スミジは複雑な表情だ。

「………凄いですね、シズカさん。あっという間に仕事に………」
「アイツ、異常に顔が広いからなぁ……。どんなツテを使ったのか考えるだけで怖くなるよ」

 シズカは画商としてだけでなく他にも何か商売をやっているという。スミジの祓い仕事関係も利用することにより、大企業経営者や政治家にまでそのコネクションが広がっているらしいが……詳しいことはスミジも知らない。
 ただ、怪異という現実味の無いものに報酬まで出させる……学園側の反応は明らかに『それを納得させられる』人間の発言が絡んでいるのは間違いない。

「と、ともかく、これで堂々とアカリちゃんの学園に行けるよ。明日は店を休みにするから学校でね」
「はい。ありがとうございます、スミジさん」

 東京都内の学園に出没する馬の怪異は、それまでアカリが知ったものとはまた起源を別種とする怪異──。

 この件が少し大きな事件となることは、スミジでさえも予想していなかった。


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