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◆第四章 存在の善悪◆
第十九話 多田との対話
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その日、多田比呂人は朝から体調が悪かった。
思い返せばここ数年、あまり体調が良くない。昔から眩暈に襲われる体質ではあったが、最近はその間隔が短くなった気がするのだ。
特に二、三年程前からは記憶が曖昧になることが増えた。しかし、多田は幾分不安があるものの病院に行こうとは思わなかった。
(今は研究の経過報告が近い……。それに……)
病院には良い思い出がない。だから余計に体調不良を無視していた。
だが最近、遂に幻覚まで見え始めたことに多田は医師の診断を受けるべきか本気で迷っていた。
学園の中を走る馬……いや、事あるごとに馬の姿が見えるのだ。
初めは疲労からくるものと思っていた。懐かしい実家の牧場では父の手伝いをしながら馬と触れ合ったものだ。長らく家にも帰っていない為、尚更に馬の姿が懐かしく感じたのかもしれない。
そう思っていたのだが……。
「多田比呂人さんですね? 少しお話があるのですが……」
休憩の為研究棟を出た多田は一人の男に声を掛けられる。男は若く、服装から大学生かと思っていた。
「何でしょう?」
「私は榑木と言います。実は大学から依頼されある調査を行っています。御協力をお願いしたいのですが……」
「調査……ですか? 一体何の……」
「最近、学園内で幻覚を見る者が増えていまして原因の調査を行っています」
ここで多田には一つ疑問が浮かぶ。
「………。何故、私なんですか?」
「あなただけではありません。研究棟の方々には順次確認しているのですよ。既に事務員さんには声掛けして一階は調査を終えました」
「そう……ですか」
「これは内密なのですが、研究棟の薬学施設から幻覚作用のある物質が流れ出た可能性がありまして……。幻覚は学園内に漂う気流の先で起きているらしいのです。もしお疑いであれば学園側に確認して頂いても良いですよ?」
そうまで言われては多田としてはあからさまな拒否はできない。
「あなたは所属する研究棟で一番滞在時間が長い。それに、教授は海外の学会へ参加していると聞いていますし……」
「確かにそうですね……」
「本日、学園施設の使用制限を提案したのは我々なんです。件の幻覚を抑える為なのですが……あなたは何か変わったものが見えていませんか?」
「え……? あ……」
「やはり見えているんですね?」
「はい……」
多田は自分の見ていた【馬】の原因が薬剤のせいだとは思わなかった。同僚達はそんな素振りも無かったが、もしかすると自分と同じように疲労による症状と考え黙っていたのかもしれない。
榑木という男に嘘や悪意は感じない。多田は改めて話を聞くことにした──。
と──そんな会話を物陰から見ていた祓い師達。あまりに淀み無い榑木の言葉に一同は驚きの表情を浮かべている。
「良くまぁあんなペラペラと嘘を吐けるよな……。さっきまで殆ど喋らなかったのに」
感心半分、呆れ半分といった様子の御門。
「嘘もありますが半分は本当のことですね。いつの間に調べたのでしょう?」
三条は榑木の言葉に含まれる真実により説得力が増している事実にこそ驚いていた。教授が学会の為に海外へ向かったことや、多田の研究棟滞在時間の長さなどは三条が取り寄せたデータ通りなのだ。
そして……賢雲はまた別のことに驚きを見せている。
「う~む……」
「どうしたんスか、賢雲和尚?」
「御門よ……気付かなかったか? 今のは言霊の様だと思うてな」
「マジで!?」
【言霊】は言葉に霊力を込めることで様々な効果を生む術。広く伝わっている為か、誰に知られていても効果が失われない稀少な術の一つだ。
スミジも【虚式・霊気写法】や【弐式・霊印宿陽】等と組み合わせ術の効果を引き上げている。
言霊は通常、言葉の羅列や声の高低を利用し術式に仕上げたり組み合わせを行うもので『一繋がりの言葉』を構成する。
しかし、言葉はそれ自体に力があるので霊力を込めるだけでも効果は発生する。
榑木が行ったのは後述の手法──しかし、そうと気付かぬ程巧みに会話に織り混ぜていた。
「あの若さで大したものだな」
賢雲は感心頻り。対して九頭竜姉妹はスミジに疑問を呈した。
「それって悪用じゃないんでしょうか?」
「え? あ~……クレハちゃん、この場合は被害を抑える為に使用してるから許容範囲だと思うよ。もし多田が疑って逃げた場合、呪物がどこで暴走するかわからない。先ずはそれを防がないと……」
「確かに……そうですね」
多田の感情に反応してもう一つの人格が現れる恐れもある。そうなった際、呪物の力が暴発する可能性もある。『領域』は解除されているものの多田の生命まで保証はできない。
だから榑木はそうならないよう言霊で警戒心を打ち消したのである。
「榑木さんの話はともかく、これで多田との対話ができる。皆さんは……隠れて様子見を」
「そうですね。では……」
多田は人気の無い学食のテラスに連れて行く算段になっている。そこで改めて呪物のみを祓う。たとえ抵抗されても……されなくてもこれで今回の依頼は完了となるだろう。
多田の警戒を考慮し同席するのはスミジ、御門、榑木のみ。残る祓い師達は様子を見守ることにした。
思い返せばここ数年、あまり体調が良くない。昔から眩暈に襲われる体質ではあったが、最近はその間隔が短くなった気がするのだ。
特に二、三年程前からは記憶が曖昧になることが増えた。しかし、多田は幾分不安があるものの病院に行こうとは思わなかった。
(今は研究の経過報告が近い……。それに……)
病院には良い思い出がない。だから余計に体調不良を無視していた。
だが最近、遂に幻覚まで見え始めたことに多田は医師の診断を受けるべきか本気で迷っていた。
学園の中を走る馬……いや、事あるごとに馬の姿が見えるのだ。
初めは疲労からくるものと思っていた。懐かしい実家の牧場では父の手伝いをしながら馬と触れ合ったものだ。長らく家にも帰っていない為、尚更に馬の姿が懐かしく感じたのかもしれない。
そう思っていたのだが……。
「多田比呂人さんですね? 少しお話があるのですが……」
休憩の為研究棟を出た多田は一人の男に声を掛けられる。男は若く、服装から大学生かと思っていた。
「何でしょう?」
「私は榑木と言います。実は大学から依頼されある調査を行っています。御協力をお願いしたいのですが……」
「調査……ですか? 一体何の……」
「最近、学園内で幻覚を見る者が増えていまして原因の調査を行っています」
ここで多田には一つ疑問が浮かぶ。
「………。何故、私なんですか?」
「あなただけではありません。研究棟の方々には順次確認しているのですよ。既に事務員さんには声掛けして一階は調査を終えました」
「そう……ですか」
「これは内密なのですが、研究棟の薬学施設から幻覚作用のある物質が流れ出た可能性がありまして……。幻覚は学園内に漂う気流の先で起きているらしいのです。もしお疑いであれば学園側に確認して頂いても良いですよ?」
そうまで言われては多田としてはあからさまな拒否はできない。
「あなたは所属する研究棟で一番滞在時間が長い。それに、教授は海外の学会へ参加していると聞いていますし……」
「確かにそうですね……」
「本日、学園施設の使用制限を提案したのは我々なんです。件の幻覚を抑える為なのですが……あなたは何か変わったものが見えていませんか?」
「え……? あ……」
「やはり見えているんですね?」
「はい……」
多田は自分の見ていた【馬】の原因が薬剤のせいだとは思わなかった。同僚達はそんな素振りも無かったが、もしかすると自分と同じように疲労による症状と考え黙っていたのかもしれない。
榑木という男に嘘や悪意は感じない。多田は改めて話を聞くことにした──。
と──そんな会話を物陰から見ていた祓い師達。あまりに淀み無い榑木の言葉に一同は驚きの表情を浮かべている。
「良くまぁあんなペラペラと嘘を吐けるよな……。さっきまで殆ど喋らなかったのに」
感心半分、呆れ半分といった様子の御門。
「嘘もありますが半分は本当のことですね。いつの間に調べたのでしょう?」
三条は榑木の言葉に含まれる真実により説得力が増している事実にこそ驚いていた。教授が学会の為に海外へ向かったことや、多田の研究棟滞在時間の長さなどは三条が取り寄せたデータ通りなのだ。
そして……賢雲はまた別のことに驚きを見せている。
「う~む……」
「どうしたんスか、賢雲和尚?」
「御門よ……気付かなかったか? 今のは言霊の様だと思うてな」
「マジで!?」
【言霊】は言葉に霊力を込めることで様々な効果を生む術。広く伝わっている為か、誰に知られていても効果が失われない稀少な術の一つだ。
スミジも【虚式・霊気写法】や【弐式・霊印宿陽】等と組み合わせ術の効果を引き上げている。
言霊は通常、言葉の羅列や声の高低を利用し術式に仕上げたり組み合わせを行うもので『一繋がりの言葉』を構成する。
しかし、言葉はそれ自体に力があるので霊力を込めるだけでも効果は発生する。
榑木が行ったのは後述の手法──しかし、そうと気付かぬ程巧みに会話に織り混ぜていた。
「あの若さで大したものだな」
賢雲は感心頻り。対して九頭竜姉妹はスミジに疑問を呈した。
「それって悪用じゃないんでしょうか?」
「え? あ~……クレハちゃん、この場合は被害を抑える為に使用してるから許容範囲だと思うよ。もし多田が疑って逃げた場合、呪物がどこで暴走するかわからない。先ずはそれを防がないと……」
「確かに……そうですね」
多田の感情に反応してもう一つの人格が現れる恐れもある。そうなった際、呪物の力が暴発する可能性もある。『領域』は解除されているものの多田の生命まで保証はできない。
だから榑木はそうならないよう言霊で警戒心を打ち消したのである。
「榑木さんの話はともかく、これで多田との対話ができる。皆さんは……隠れて様子見を」
「そうですね。では……」
多田は人気の無い学食のテラスに連れて行く算段になっている。そこで改めて呪物のみを祓う。たとえ抵抗されても……されなくてもこれで今回の依頼は完了となるだろう。
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