姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

文字の大きさ
58 / 153
◆第四章 存在の善悪◆

第二十話 多田の選択

しおりを挟む
 そうして場所を移動した榑木くれきと多田。先にテラスに待っていたスミジと御門みかどに気付いた多田は幾分怪訝な表情を見せるも、榑木が着席を求めると素直に従った。

「榑木さん……この方達は?」
「仕事仲間です。少し胡散臭い外見ですけど気にしないで下さい」
「はぁ……」
「胡散臭いだってよ、スミっち?」
「ハハハ……」

 榑木は変わらず言霊を混ぜて会話している。『気にするな』という言葉に多田は素直に従った。

「……さて、多田さん。先ずは一つ、大切なお話があります。今回の件、実は多田さんが原因なのです。勿論、あなたが意図したものではありませんので責任は問えませんが……」
「わ、私ですか? 研究室の薬剤はしっかり管理していますが……」
「薬剤の話は忘れて下さい。今から話すのは学園から正式に受けた仕事の内容……信じられないかもしれませんが最後まで聞いて頂きたい」
「…………」

 榑木はゆっくりと今回の件の発端と経緯を語る。スミジと賢雲が馬頭から齎されたそれを言霊を交えゆっくりと伝えた。
 言霊は多田のもう一つの人格を抑え込み、かつ言葉に信憑性を宿す。突拍子もない話に眉を潜めていた多田も、他者が知らない事実である虐待の話を告げられた時には驚きを隠せないでいた。

「………。まさか、そんな……」
「我々の様な存在を『祓い師』と言います。まぁそれは良いとして……多田さんは今の話に心当たりはありませんか?」
「………」

 多田は答えられない。実のところ心当たりが多いのである。

 記憶の混濁や夢だと思っていたが、子供の頃に可愛がっていた仔馬を殺した記憶を朧気ながら持っていた。古本屋で妙な本を見付けてからの記憶が無かったり、その本がいつの間にか自分の部屋に……ということもあった。
 死んだ仔馬のたてがみを形見として大切に保存していたが、気付いた時にはアクセサリーにして腕に巻いていた。

 多田は……流石に不安になった。

「で、でも、まさか二重人格なんて……本当なら誰か気付く筈ですよね?」
「実際、気付いている人は居ましたよ」
「だ、誰が……」
「あなたのお母さんです」

 多田の母親は我が子の内に潜む残酷さに気付いていた……。それは自分が弱かったせいだと後悔していたが、新たな夫との間に子供が生まれると今度は怖くなった。
 いつか我が子が血の繋がった妹を殺すのではないかという恐怖が消えなかった。

 その頃には夫は酒を絶っていたので平穏な家庭……だから、多田が家を出た時には安堵したという。同時に自分の為にそうなってしまった多田を追い出すような浅ましさを心から懺悔していた……榑木はそう告げた。

(俺達が多田を把握したのはついさっきだぜ? 一体いつの間に多田の母親から話を聞いたんだってばよ、スミっち?)
(…………)

 流石のスミジもこれには驚いていた。まるで事前に調べたかの様な榑木の言葉……やはり底知れないと感じていた。
 しかし、今は先ず多田を祓うことが優先。榑木が何を行ったかの確認は後回しで良いと判断しスミジは榑木達の話に耳を傾ける。

「母に……私が母にそんな後悔をさせていたなんて……」
「これはあなたにとっての機会でもあります。多田さん……あなたが密かに抱えた負の面を清算することは、きっと今後の人生に良い変化も生まれる。その上でお母様に会って話し合えば良い」
「しかし……私はどうすれば……」
「そのアクセサリーを外して下さい。但し、自分の意志で外さないと意味がありません。大丈夫……呪詛を祓った後にはちゃんとお返ししますので」
「………」

 言霊により榑木の言葉は真実味を増してはいる。しかし、大事な決断は自ら行わねば呪詛を切り離せない。これは多田を祓う為の第一段階。
 だからこそ多田は迷う。自分は本当はどうしたいのかを……。

「……わかりました。私は……母に謝りたいです」

 その言葉に榑木を始めスミジと御門も肩の力が抜けた。

「じゃあ……後は任せる」
「了~解」

 榑木は席を御門と入れ替り小さく溜め息を吐いた。スミジは用意していた缶コーヒーを榑木に差し出すと、開封し一気に飲み干した。

「ふぅ……うまかった。悪いな」
「いえ……それにしても見事な言霊ですね」
「慣れてるからな。だが……」
「ええ。ここからが本番ですね」

 多田は左手首に巻かれたアクセサリーに手を伸ばす。そして指を掛けた瞬間、身体が震え始めた。

「やっぱそうなるわな……。スミっち、準備しといてくれ」
「わかった。……。気を付けろよ、御門」
「わ~ってるよ」

 震える多田は顔の表情だけがストンと抜け落ちている。恐らく精神内にて初めて出会う『もう一人の自分』に抗っているのだろう。身体の主導権は今、どちらにもない様だ。

 その間に御門は素早く準備を始めることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

不倫妻への鎮魂歌 ―サレ夫が選んだ、最も残酷で静かな復讐―

MisakiNonagase
大衆娯楽
「サレ夫、再生。不倫妻、転落。──その代償は、あまりに重い。」 「嘘で塗り固めた20年より、真実で歩む明日がいい。」 失って初めて気づく、守られていた日々の輝き。 46歳の美香にとって、誠実な夫と二人の息子に囲まれた生活は、退屈で窮屈な「檻」だった。若い男からの甘い誘惑に、彼女は20年の歳月を投げ打って飛び込んだ。 しかし、彼女が捨てたのは「檻」ではなく「聖域」だったのだ。 不倫、発覚、離婚、そして孤独。 かつての「美しい奥様」が、厚化粧で場末のスナックのカウンターに立つまでの足取りと、傷つきながらも真実の幸福を掴み取っていく夫・徹の再生を描く。 家族とは何か、誠実さとは何か。一通の離婚届が、二人の人生を光と影に分かつ。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

処理中です...