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◆第四章 存在の善悪◆
第二十話 多田の選択
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そうして場所を移動した榑木と多田。先にテラスに待っていたスミジと御門に気付いた多田は幾分怪訝な表情を見せるも、榑木が着席を求めると素直に従った。
「榑木さん……この方達は?」
「仕事仲間です。少し胡散臭い外見ですけど気にしないで下さい」
「はぁ……」
「胡散臭いだってよ、スミっち?」
「ハハハ……」
榑木は変わらず言霊を混ぜて会話している。『気にするな』という言葉に多田は素直に従った。
「……さて、多田さん。先ずは一つ、大切なお話があります。今回の件、実は多田さんが原因なのです。勿論、あなたが意図したものではありませんので責任は問えませんが……」
「わ、私ですか? 研究室の薬剤はしっかり管理していますが……」
「薬剤の話は忘れて下さい。今から話すのは学園から正式に受けた仕事の内容……信じられないかもしれませんが最後まで聞いて頂きたい」
「…………」
榑木はゆっくりと今回の件の発端と経緯を語る。スミジと賢雲が馬頭から齎されたそれを言霊を交えゆっくりと伝えた。
言霊は多田のもう一つの人格を抑え込み、かつ言葉に信憑性を宿す。突拍子もない話に眉を潜めていた多田も、他者が知らない事実である虐待の話を告げられた時には驚きを隠せないでいた。
「………。まさか、そんな……」
「我々の様な存在を『祓い師』と言います。まぁそれは良いとして……多田さんは今の話に心当たりはありませんか?」
「………」
多田は答えられない。実のところ心当たりが多いのである。
記憶の混濁や夢だと思っていたが、子供の頃に可愛がっていた仔馬を殺した記憶を朧気ながら持っていた。古本屋で妙な本を見付けてからの記憶が無かったり、その本がいつの間にか自分の部屋に……ということもあった。
死んだ仔馬のたてがみを形見として大切に保存していたが、気付いた時にはアクセサリーにして腕に巻いていた。
多田は……流石に不安になった。
「で、でも、まさか二重人格なんて……本当なら誰か気付く筈ですよね?」
「実際、気付いている人は居ましたよ」
「だ、誰が……」
「あなたのお母さんです」
多田の母親は我が子の内に潜む残酷さに気付いていた……。それは自分が弱かったせいだと後悔していたが、新たな夫との間に子供が生まれると今度は怖くなった。
いつか我が子が血の繋がった妹を殺すのではないかという恐怖が消えなかった。
その頃には夫は酒を絶っていたので平穏な家庭……だから、多田が家を出た時には安堵したという。同時に自分の為にそうなってしまった多田を追い出すような浅ましさを心から懺悔していた……榑木はそう告げた。
(俺達が多田を把握したのはついさっきだぜ? 一体いつの間に多田の母親から話を聞いたんだってばよ、スミっち?)
(…………)
流石のスミジもこれには驚いていた。まるで事前に調べたかの様な榑木の言葉……やはり底知れないと感じていた。
しかし、今は先ず多田を祓うことが優先。榑木が何を行ったかの確認は後回しで良いと判断しスミジは榑木達の話に耳を傾ける。
「母に……私が母にそんな後悔をさせていたなんて……」
「これはあなたにとっての機会でもあります。多田さん……あなたが密かに抱えた負の面を清算することは、きっと今後の人生に良い変化も生まれる。その上でお母様に会って話し合えば良い」
「しかし……私はどうすれば……」
「そのアクセサリーを外して下さい。但し、自分の意志で外さないと意味がありません。大丈夫……呪詛を祓った後にはちゃんとお返ししますので」
「………」
言霊により榑木の言葉は真実味を増してはいる。しかし、大事な決断は自ら行わねば呪詛を切り離せない。これは多田を祓う為の第一段階。
だからこそ多田は迷う。自分は本当はどうしたいのかを……。
「……わかりました。私は……母に謝りたいです」
その言葉に榑木を始めスミジと御門も肩の力が抜けた。
「じゃあ……後は任せる」
「了~解」
榑木は席を御門と入れ替り小さく溜め息を吐いた。スミジは用意していた缶コーヒーを榑木に差し出すと、開封し一気に飲み干した。
「ふぅ……うまかった。悪いな」
「いえ……それにしても見事な言霊ですね」
「慣れてるからな。だが……」
「ええ。ここからが本番ですね」
多田は左手首に巻かれたアクセサリーに手を伸ばす。そして指を掛けた瞬間、身体が震え始めた。
「やっぱそうなるわな……。スミっち、準備しといてくれ」
「わかった。……。気を付けろよ、御門」
「わ~ってるよ」
震える多田は顔の表情だけがストンと抜け落ちている。恐らく精神内にて初めて出会う『もう一人の自分』に抗っているのだろう。身体の主導権は今、どちらにもない様だ。
その間に御門は素早く準備を始めることにした。
「榑木さん……この方達は?」
「仕事仲間です。少し胡散臭い外見ですけど気にしないで下さい」
「はぁ……」
「胡散臭いだってよ、スミっち?」
「ハハハ……」
榑木は変わらず言霊を混ぜて会話している。『気にするな』という言葉に多田は素直に従った。
「……さて、多田さん。先ずは一つ、大切なお話があります。今回の件、実は多田さんが原因なのです。勿論、あなたが意図したものではありませんので責任は問えませんが……」
「わ、私ですか? 研究室の薬剤はしっかり管理していますが……」
「薬剤の話は忘れて下さい。今から話すのは学園から正式に受けた仕事の内容……信じられないかもしれませんが最後まで聞いて頂きたい」
「…………」
榑木はゆっくりと今回の件の発端と経緯を語る。スミジと賢雲が馬頭から齎されたそれを言霊を交えゆっくりと伝えた。
言霊は多田のもう一つの人格を抑え込み、かつ言葉に信憑性を宿す。突拍子もない話に眉を潜めていた多田も、他者が知らない事実である虐待の話を告げられた時には驚きを隠せないでいた。
「………。まさか、そんな……」
「我々の様な存在を『祓い師』と言います。まぁそれは良いとして……多田さんは今の話に心当たりはありませんか?」
「………」
多田は答えられない。実のところ心当たりが多いのである。
記憶の混濁や夢だと思っていたが、子供の頃に可愛がっていた仔馬を殺した記憶を朧気ながら持っていた。古本屋で妙な本を見付けてからの記憶が無かったり、その本がいつの間にか自分の部屋に……ということもあった。
死んだ仔馬のたてがみを形見として大切に保存していたが、気付いた時にはアクセサリーにして腕に巻いていた。
多田は……流石に不安になった。
「で、でも、まさか二重人格なんて……本当なら誰か気付く筈ですよね?」
「実際、気付いている人は居ましたよ」
「だ、誰が……」
「あなたのお母さんです」
多田の母親は我が子の内に潜む残酷さに気付いていた……。それは自分が弱かったせいだと後悔していたが、新たな夫との間に子供が生まれると今度は怖くなった。
いつか我が子が血の繋がった妹を殺すのではないかという恐怖が消えなかった。
その頃には夫は酒を絶っていたので平穏な家庭……だから、多田が家を出た時には安堵したという。同時に自分の為にそうなってしまった多田を追い出すような浅ましさを心から懺悔していた……榑木はそう告げた。
(俺達が多田を把握したのはついさっきだぜ? 一体いつの間に多田の母親から話を聞いたんだってばよ、スミっち?)
(…………)
流石のスミジもこれには驚いていた。まるで事前に調べたかの様な榑木の言葉……やはり底知れないと感じていた。
しかし、今は先ず多田を祓うことが優先。榑木が何を行ったかの確認は後回しで良いと判断しスミジは榑木達の話に耳を傾ける。
「母に……私が母にそんな後悔をさせていたなんて……」
「これはあなたにとっての機会でもあります。多田さん……あなたが密かに抱えた負の面を清算することは、きっと今後の人生に良い変化も生まれる。その上でお母様に会って話し合えば良い」
「しかし……私はどうすれば……」
「そのアクセサリーを外して下さい。但し、自分の意志で外さないと意味がありません。大丈夫……呪詛を祓った後にはちゃんとお返ししますので」
「………」
言霊により榑木の言葉は真実味を増してはいる。しかし、大事な決断は自ら行わねば呪詛を切り離せない。これは多田を祓う為の第一段階。
だからこそ多田は迷う。自分は本当はどうしたいのかを……。
「……わかりました。私は……母に謝りたいです」
その言葉に榑木を始めスミジと御門も肩の力が抜けた。
「じゃあ……後は任せる」
「了~解」
榑木は席を御門と入れ替り小さく溜め息を吐いた。スミジは用意していた缶コーヒーを榑木に差し出すと、開封し一気に飲み干した。
「ふぅ……うまかった。悪いな」
「いえ……それにしても見事な言霊ですね」
「慣れてるからな。だが……」
「ええ。ここからが本番ですね」
多田は左手首に巻かれたアクセサリーに手を伸ばす。そして指を掛けた瞬間、身体が震え始めた。
「やっぱそうなるわな……。スミっち、準備しといてくれ」
「わかった。……。気を付けろよ、御門」
「わ~ってるよ」
震える多田は顔の表情だけがストンと抜け落ちている。恐らく精神内にて初めて出会う『もう一人の自分』に抗っているのだろう。身体の主導権は今、どちらにもない様だ。
その間に御門は素早く準備を始めることにした。
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