姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

文字の大きさ
75 / 153
◆第五章 森羅の中◆

第四話 大自然の中で

しおりを挟む
 管理人は祓い師と一括ひとくくりにしたが、祓い師といえど一般人と感覚は変わらない。スミジが少しズレているのは修行時代に過酷な環境に慣れたが故……。それでも一応、【霊印】で様々な対策していることを当然管理人は知る由もない。
    
「ま、事情は分かった。確かに登山客から話は聞いているよ。何でも毛深い変な男が出るとか」
「毛深い……ですか?」
「ああ。この山はキャンプ泊する人達も居てな……殆どはその人達の遭遇だ。何でも、夜に焚き火していると登山用の服を着た男が現れるらしい」

 見た目は人間そのものだが顔や手が妙に毛深い男は、その目だけが闇のように染まって見えるという。男は火を挟んだ向かい側に座って無言のまま動かないそうだ。
 
「それだけですか?」
「いや……稀に話し掛けて来るらしい。“腹減った”とか“酒くれ”とか」
「そ、それは、只のオッサンでは……」
「気付くと消えているって話だから幽霊の可能性もあるぞ? ここは雪山にもなるから遭難者が出た過去もあるからな」

 管理人は【あやかし】に遭遇してはいないが、幽霊らしきものは見たという。だが、スミジはそういった判断は難しいのだと管理人の言葉を訂正した。

「【あやかし】と幽霊の外見って割と曖昧なんですよ。人型でも【あやかし】だったり、変化していても幽霊だったり……。今回の山男も同じです」
「人の姿してりゃ幽霊なんじゃないのか?」
「それがまた、そうとも限らないんですよねぇ……」

 以前も述べたが、幽霊は【あやかし】に変化することがある。呪詛や怨恨による変化へんげを起こす場合もあれば、他の【あやかし】に取り込まれることもある。長く幽霊で居続ける際に土地の影響から存在が変わることもあるのだ。

 逆に【あやかし】は、人の似姿をとる個体も居る。殆どは人間が無意識にそう捉えようとする影響だが、中には人に擬態し害を為すものも存在する。

 スミジも直接【あやかし】を目にすれば判るが、情報だけでは推察するしかないのだと答えた。

「だからその山男も幽霊かもしれないです。でも、多分……」
「違うってのか?」
「ええ。私に依頼が来たのはあなたが言った山男で間違いないとは思います。でも、その山男の話は他にもあって正体の予測はしてるんですよ」
「それは一体……」
「【さとり】ですよ」
「サトリって……あの心を読むヤツか?」

 【さとり】は人の心を読む【あやかし】である。山中にて遭遇した人間が心を読まれるが、ぜた焚き火に驚いて去ってゆく話は割と有名ではないだろうか。

「そんな訳で……どの辺りに山男が出るか教えて貰えませんか?」
「あ、ああ……。特に決まった場所は無いみたいが、聞く限りでは西の稜線のこちら側……後はやっぱり森の中が多いな」
「成る程。分かりました……とにかく、行ってみます」
「アンタ達祓い師に言うことかどうか分からんが……ともかく気を付けてな?」
「ありがとうございます。カレー美味しかったです」

 大きなリュックを背負ったスミジは山小屋を後にした。ここからは霊力上昇に向いた土地を探し、夜はそこでキャンプ泊をする予定だ。

(さて……先ずは……)

 懐から取り出した札に一筆……描いたのは『提灯おばけ』である。

「古き付喪つくもよ、より深き霊地にてその身を癒せ──【絵妖・化け提灯】」

 札がメラメラと燃え盛り膨らんだ中から現れたのは提灯の付喪神。が……かなり透けている。

「う~ん……やっぱり霊地といえど昼間は顕現が難しいな……。ま、良いや。化け提灯、霊脈探し手伝ってくれ」

 化け提灯は二、三度明滅した後ふらりと浮遊しながら移動を始める。日中故か勢いは無く、ゆっくりと進んで行く。スミジはその後を淡々と追っていった。

 森を抜け小川を越え、岩を乗り越えまた森へ……やがて化け提灯は、森の中の大樹付近で止まった。

「………。へぇ……確かに霊気が清浄な場所だな。化け提灯、ごくろうさん」

 化け提灯はそのまま大樹の中へと吸い込まれる様に消えていった。

「良し……この辺りなら期待できるかな。もう少し川の近くで野営の準備しよう」

 手慣れた様子でテントを張り、焚き火台を用意し薪を集める。そして浄水ボトルに川の水を汲んだスミジは、その身一つで森の中を駆ける。

「懐覧堂で作業してると身体が鈍るからなぁ……。ちょっと本気で走るか」

 そう口にしたスミジは木々を縫う様に森を駆け抜けた。そして勢いそのままに岩山に貼り付き登って行く。まるで蜥蜴のように頂点まで登り詰めると一気に跳躍しつつ岩場から木の枝へと跳び移った。
 パルクールの如き身の熟しにて移動を続け小一時間──スミジは最後に作務衣姿のまま川へ飛び込んだ。

 そこからしばらく静寂が続き五分程が過ぎた頃、川からのそりと這い上がる作務衣男……その手には一匹のイワナを携えていた。

 スミジ、野人化……ではなく、これも修行の一環である。

 自然界は幽世とも繋がりが強い。自然の中をその身一つで生き抜けることは幽世にも耐性を宿すことに繋がる。

 道祖土家の修行の中には手ぶらでひと月の間山暮らしを行うというものがある。スミジはほんの少し昔を思い出していた……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

不倫妻への鎮魂歌 ―サレ夫が選んだ、最も残酷で静かな復讐―

MisakiNonagase
大衆娯楽
「サレ夫、再生。不倫妻、転落。──その代償は、あまりに重い。」 「嘘で塗り固めた20年より、真実で歩む明日がいい。」 失って初めて気づく、守られていた日々の輝き。 46歳の美香にとって、誠実な夫と二人の息子に囲まれた生活は、退屈で窮屈な「檻」だった。若い男からの甘い誘惑に、彼女は20年の歳月を投げ打って飛び込んだ。 しかし、彼女が捨てたのは「檻」ではなく「聖域」だったのだ。 不倫、発覚、離婚、そして孤独。 かつての「美しい奥様」が、厚化粧で場末のスナックのカウンターに立つまでの足取りと、傷つきながらも真実の幸福を掴み取っていく夫・徹の再生を描く。 家族とは何か、誠実さとは何か。一通の離婚届が、二人の人生を光と影に分かつ。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

処理中です...