姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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◆第五章 森羅の中◆

第五話 山の【あやかし】

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「……。そういえば高校の頃、夏休みを山篭りに費やしたんだったっけ……」

 スミジは十七歳の夏、筆を一本だけ持たされて一族の所有する山に放置された。それが道祖土の独り立ちの試練だった。
 当時のスミジにはかなり過酷な試練──今となっては懐かしい思い出である。

「さて……。じゃあ、夜まで瞑想といこうか。と、その前に……」

 リュックからナイフを取り出しイワナのワタを素早く抜いたスミジは、焚き火の傍に作務衣を干した後ボクサーパンツ姿で森を歩く。他者から見られればかなり警戒されると思われるがそんなことはお構い無しだった。
 向かったのは先程の大木があった位置。根元にある岩に腰を下ろしそのまま胡座をかくと瞑想を始める。

 自然界は多くのものに影響を与える。濃度が高く清浄な霊気は、浴びた者の霊力に浸透し感覚を研ぎ澄ます。更にはその絶対量を少しづつ増やす効果もあるのだ。

 自然の動物の中で稀に霊力が高まり変化へんげを起こすものは、清浄な【よう】の気か暗く沈んだ【いん】の気を取り込むが故……。
 【あやかし】の大半は【陰】の気から始まるものの、【陽】と【陰】それぞれに善悪がある訳ではない。陰陽五行──自然界は表裏一体にして相生相剋そうせいそうこく……そう在るべくして構築されている。

 この地を選び自然界に身を委ねているのは、人には【陽】の気が適しているからに他ならない。

 そうして瞑想にふけったまま、スミジは微動だにしなかった。ひたすら自然界に溶け込み岩の如く鎮座する。これを行えること自体から今まで如何に修練を積んでいるのか窺えた。

 そして四時間後──。


「………。もう良いかな」

 瞑想を終え岩場から立ち上り周囲を確認すれば、日は陰り薄暗くなっていた。まだ微かに火種があるのか、テントを張った辺りは灯りに照らされていた。
 
 フクロウの鳴き声が響く森をテントまで戻ったスミジは、先ず薪を加え焚き火を強くした。濡れた為干していた作務衣は焚き火の熱ですっかり乾いていたが、リュックから新たな作務衣を取り出し着替えることにした。

「さて……それじゃあ腹拵えといこうか」

 同じくリュックから取り出した飯盒はんごうに米と水を入れ焚き火にかける。更に小さな鉄鍋を用意し持ってきた肉や野菜の具材を煮込む。
 先程のイワナには塩を振り串に刺して焚き火の傍でじっくりと焼いた。仄かに香ばしい匂いがスミジの食欲を刺激する。

 ………。すっかりキャンプグルメの世界である。

 そんな料理をペロリと平らげたスミジは続けてコーヒーを淹れ天を仰ぐ。そこには満天の星が輝いていた。

「……。あと二、三回、霊場で瞑想すれば大丈夫かな。あとは筆だな……。本家には連絡入れてあるから、三条さんを連れて一度戻らないとな……」

 コーヒーをすすり、ほうっと一息。すると森の奥から小枝を踏みしだく音近付いてくる。

「……。今回の本命のお出ましだな」

 闇の中からスッと現れたのは一見すると人そのもの存在。ニット帽にカーキ色の登山服、そして黒いトレッキングシューズを履いている。体格は大柄の男といったところだ。

「やあ、いらっしゃい。いや……ここはお前の領域だからお邪魔してます、が正しいのかな?」

 男は小さく首を振ると、無言でスミジの向かい側に用意してあった丸太に腰を下ろした。

「…………」
「そうだ。コーヒー飲むか? 食い物もあるけど……」

 やはり無言で頷くのを確認したスミジは、砂糖とミルクをタップリ入れたややぬるめのコーヒーを手渡した。食べ物は相手の横に置いた切り株に乗せることにした。

 焚き火の灯りが照らしている男の顔は人のようで少し違う。骨格は猿のようにも見え、頬の辺りまで毛深い。一番特徴的なのはその目の黒目の部分が大きいことだ。

「夜は長いからね……。ゆっくり話そうか、さとり

 
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