姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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◆第六章 古き大妖◆

第二十三話 法起坊との問答

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 ふと気付いた時、伊庭は闇の中で強い吹き晒しの風に煽られていた。

 風の音は周囲に障害物が無いことを知らせていた。そして先程とはまるで違う空気──間違いなく歩いていた山道とは場所が違っている。

 そんな状態で伊庭は、我が身に起こったことを思い返していた……。

(確か……スミジが四度目に山に入った後だったか。声がして……確かめようと道を少しだけ進んだ時に闇に飲まれた気がした……)
「その通りだ」
「!?」

 直ぐ背後から伊庭の回想に応える声……。そもそも伊庭は考えを口に出していない。

「心を……読んだのか……」
「左様。他心通だ」
「てことは、アンタが石鎚山法起坊……」
「如何にも」

 宙空にポゥっと炎が灯る。炎は少しづつ数を増やし周囲を照らし出した。

 やがて浮かび上がったのは、修験者の姿に鳥の翼を持つ大男──手には錫杖、その顔は真っ赤な天狗の面が覆っている。

「…………」
「ハッハッハ。如何にも天狗の姿だと思ったな?」
「……ああ。でも、顔は仮面なんだな」
「これは単なる飾りだ。見たものが判りやすい様にな」

 気さくな口調の石鎚山法起坊は、そのまま伊庭の前に近付くと岩の上に腰を下ろした。

「………スミジは?」
「祓い師・道祖土さいど澄璽すみじは山を駆け回っている。しばらくは放置しておいても問題は無かろう」
「……アンタの目的は一体なん……」
「その前に、だ。伊庭いば竜仁りゅうじよ……。お前は何故、霊力が足りぬにも拘わらず【幽世かくりよ】の事案に絡む?」

 唐突な問い掛けに伊庭は面食らった。

「は……? 何を言って……」
「解らぬか? では言い方を変えよう。只人の一族となった伊庭家のお前は、何故いつまでも【怪異】に関わろうとするのだ?」

 伊庭家はもう祓い師ではない。義務も強制も無いのに何故、『伊庭竜仁』は普通の人間のような仕事に就かないのか……石鎚山法起坊はそう問い掛けているのだ

「………。それは……アンタにはお見通しなんだろ?」

 伊庭は不快な様子を隠さずに真向かいに座る法起坊を見る。天狗の面の目には洞が空いているが、その中は闇……伊庭は背筋がゾクリとした。

「無論、見れば解る……。が、言葉というものは大切なのだ。特に人間は意思を伝える為、言葉に力を籠める。故に、お前の内に宿る意思とお前自身が向き合うには言葉こそが最良。だから話せ」
「大体、何で俺なんだ? 質問ならスミジにすれば良いだろうに……」
「私はこの山の神、石鎚毘古命いしづちひこのみことに民の願いを届けるのが役割。が……それは無辜むこの民の願いに限られる。祓い師はその例にあらず」
「……どういうことだ?」
「祓い師は我らの様な存在に近い。つまりは世界の逸脱者……故にその願いを受けることは一部の例を除き滅多にない」

 大天狗は善悪どちらの性分を持つ。ある者は善意の神、ある者は大魔王にさえ成り得る。かつては天界の一つ兜率天とそつてんを滅ぼしたのだとさえ言われている。
 流石にそこまでの力を祓い師が持つことはないが、確かに只人と呼ぶには少々差し障りがある。

 例えばスミジが悪に走りあらゆる力を振るった場合、その被害はバラゴと同等かそれ以上となるだろう。

 確かに祓い師は……人から逸脱した存在でもあるのだ。

「故に私は『人』視点の代表としてお前を選んだ。だが、お前は只人でありながら【幽世】に近付いている。だから確かめねばならぬ」
「………。俺は……」

 無意識に無数の己の気持ちが走馬燈の様に過る……。

 伊庭は自分の一族の術が無くなるのが嫌だった。そして、同じ地元の祓い師血筋であるスミジに対し劣等感を持ちたくなかった。

 だが……法起坊は、それではまだ本心が足りぬと言う。
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