姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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◆第六章 古き大妖◆

第三十話 幽世存在の心

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「……。それって祓い師を救うことにはなりませんか?」
「これも牛鬼討伐の願いの内。お前が全力を出せねば討伐は叶うまい」
「……。そういうことにしておきます」

 仮面故に表情は読めぬが、恐らく法起坊は協力自体を否定している訳では無いのだろう。

 何せ牛鬼は古き大妖……過去に存在した中では知名度も高く、また各地にて多く祀られてもいる。そういった存在は神に近い為に、人だけでは対処しきれずに神や神使から助力を得て倒す場合が多いのだ。

 建前上祓い師には力を貸さぬと言っても、法起坊も元は人……記憶も残されていると思われる。抗いようの無い事情があると知れば力を貸したくなっても不思議ではない。
 スミジは元々、それを頼って石鎚山へ来たのである。法起坊がそんなスミジの思惑を知らぬ筈がない。

「……。一つ……聞いて良いですか?」
「人間から異界の存在へと変化した者の心情や思考が知りたいか?」
「はい……」
「残念だが私の話では参考にはなるまい。今の私は石鎚山法起坊であって役小角えんのおづぬそのものでは無くなったのでな」
「………」
「お前は恐れているのだろう、道祖土スミジよ? いつか自分が力に飲まれ【怪異】となることを」
「………」

 己の不安を見抜かれたスミジはバツが悪そうに目を伏せる。

「【切り札】とやらをあまり使わぬことだ。アレは人の域を更に大きく踏み越える。祓い師としても過剰な力……使わねばならぬ時は生に執着せよ」
「……心に留め置きます」
「日々の大切さを努々ゆめゆめ忘れぬことだ」

 そう告げた法起坊がスッと立ち上がると、同時に夜が白み始める。

「正午に大源寺に迎えに行く。それまで少し眠るが良い。藤倉桜子の車の元まで送ってやろう」

 法起坊が左で宙空を払うと黒い渦が出現。 

「それは……神足通ですか?」
「その一種だ。天狗は抜け穴を使うのだよ」

 簡単に言えば瞬間移動……人間とは明らかに隔絶した力。それを難なく熟す法起坊を見てスミジは改めて大天狗という存在に畏怖の念を持った。

 伊庭を残し渦の中に踏み込んだ次の瞬間には、登山道入り口の駐車場。突如現れたスミジと法起坊の姿を確認した藤倉は、慌てて車から降りた。

「道祖土さん……」
「無事、助力を得られましたよ。今日にも牛鬼討伐に向かいます。申し訳ありませんが、もう一度大源寺までお願いできますか?」
「それは良いのですが……その……そちらの方は、もしや……」
「私は石鎚山法起坊だ。藤倉桜子……牛鬼討伐は伊庭の願いとして請けた。間も無くお前の宿願も果たされるだろう」
「はい……。ありがとう……ございます」

 ずっと負い目に感じていた牛鬼の存在……その討伐が遂に叶う。藤倉は涙を浮かべ深く頭を下げた。

「……。ふむ。藤倉桜子……お前の腹には新たな命が宿っている様だな。あまり無理はせぬように」
「えっ……? ふ、藤倉さん、本当ですか?」
「え、ええ。先日お医者様に言われたばかりで……」
「す、すみません、こんな時間まで……。それと、休まないと……ああ! 俺はペーパードライバーだった! 伊庭さんは……法起坊様、今だけ何とか起こせませんか?」
「……。少し落ち着け、道祖土スミジ」

 呆れた様な溜め息が天狗の面から漏れ聞こえてくる。スミジは苦笑いするばかりだ。

「そうですよ、道祖土さん……ところで、その伊庭さんは……?」
「伊庭竜仁は祓い師になる為に石鎚山で修行をすることになった」
「伊庭さんが……祓い師に?」
「事情は帰りがてら私が説明します。それより……藤倉さん。本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。まだ自覚も無い状態ですから……」

 わたわたと落ち着かない様子のスミジを見て藤倉は困った様に笑った。

「では、正午に大源寺へと迎えに行く。それまでに天元明智宗と申し合わせをしておくことだ」
「色々とお世話になりました、石鎚山法起坊様」
「最後に……油断するでないぞ、道祖土スミジよ。牛鬼の目的は【塵輪鬼じんりんき】だ。そして今回、討伐の要はお前の霊気写法にある」
「俺の……ですか?」
「うむ。鍵は【あやかし】の伝承にある……では、正午に」

 再び黒い渦が出現し法起坊は去っていった。 

「………。急ぎましょう、道祖土さん」
「はい。………。本当に大丈夫ですか、藤倉さん?」
「大丈夫ですから」

 そしてスミジは、藤倉の運転にて大源寺へと向かう。

 牛鬼討伐はいよいよ佳境──事態は決戦の刻へと動き始めた。


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