姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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◆第六章 古き大妖◆

第六十話 降臨

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 スミジの知る伝承から姿を想像し、その姿も一つの真実だと自らを信じる。そして行うのはではなく──霊力はほぼ空、身体は動かず筆も使用できない中でできることは限られている。

 【陸式・呪言じゅごん緤歌せっか

 既に顕現している【箒神】を言霊の力で変化させる……言霊はそれ自体に力が宿っているのでスミジの残り僅かな霊力でも変化のきっかけにはなる筈だ。
 しかし問題もある。今から呪言を術として組み上げるには検証にも試行にも時間が無い。

 そこでスミジは既に世に存在するものから【力ある言葉】を模索することにした。それならば人の認識の力も加えより強い術と成り得る為だ。


 代表的なものは古事記に於ける神功皇后と武内宿禰たけのうちのすくねのやり取り……。“酒楽さかくらの歌”(※1)と呼ばれるそれは、神功皇后自身が詠んでいるとされるが内容としては少し現状には繋がらない。

 次に行き当たったのは万葉集・山上やまのうえの 憶良おくらの歌──。神功皇后にまつわるものを詠んだ歌人は、その幾つかが牛鬼の由来となる三韓征伐に触れている(※2、※3)。
 だが、やはり神功皇后としての力を【箒神】に宿すには少しばかり違和感があった。


 そこでスミジが選んだのは貞明ていめい皇后が詠んだとされる歌──。

 貞明皇后は大正天皇のきさきである。高い霊力を持っていたとも伝えられ様々な推察がされている人物だ。
 その貞明皇后は特に神功皇后に傾倒していたという。

 神功皇后の三韓征伐、また仲哀天皇の没地にして応神天皇生誕とも言われる九州北部──そこには香椎宮かしいぐうが存在する。
 香椎宮は祭神として神功皇后、仲哀天皇、応神天皇、住吉三神を祀る。貞明皇后は病の大正天皇の為に幣殿で平伏し一心に祈ったと伝わっている。その地を選んだのはひとえに神功皇后の霊との一体化を望んだ……という考察まである程だ。

 ならば……その歌に込めた意志の力はより深く神功皇后と繫がる為の糸となるだろう。

(せめてここが九州ならもう少し可能性も高いんだけどな……。贅沢を言っている場合じゃない、か)

 これは最後の賭け……そう判断したスミジは残り僅かな霊力を全て【呪言緤歌じゅごんせっか】に乗せた。


からの海 わたらしし日のあらなみも かくやと思ふ船出なるかな』

 スミジの声が届き牛鬼は振り返る。だが、そこには倒れ伏し何もできず顔を向けるスミジの姿があるだけ……。そこで牛鬼はようやく冷静になり己の勝利を確信した。

『フ……ハハハハハ! そうだ! 最早我を屠れる者無し! 我の勝ちだ!』

 そう宣った牛鬼は高笑いを続けようとした……。しかし、背後に威圧感を感じ無意識に飛び退いた。

 違和感の元へ視線を向ければそこには【箒のあやかし】が揺れているのみ……だが、その姿は僅かに膨らんでいることに気付く。

『何……?』

 牛鬼が警戒の様子を見せたその時、【箒神】の身体は変化し樹木となる。根が大地を掴み、成長した幹は見る間に巨大な大樹の柱となる。その枝は雨雲の様に広がり始め力に満ちた緑の葉を茂らせ、島の空を覆い尽くす程になった。

 牛鬼の島に生まれた神樹──が、変化はまだ終わらない。今度はその幹の中央に光の筋が縦にはしる。幹が左右に割れ代わりに光の柱が空へと伸びた。

 牛鬼はその光の柱の中に人影を見た。黒葦威くろかわおどしの大鎧、太刀を佩き弓矢を背負う勇ましき姿ながら、細身に長い髪は間違いなく女。
 そして大樹は光の粒となり島の結界内を金色で満たした。

 祓い師達は……スミジも含め目前の光景に呆然とする他なかった……。

 





──────────────────

※1 息長帯日売命(神功皇后)の子・品陀和気命(応神天皇)が成人の儀を終えて都に凱旋する際の宴の歌

※2 【万葉集・巻五:八一三】 三韓征伐の歌ながら主点は『鎮懐石伝承』にある。

※3 【万葉集・巻五:八六九】 三韓征伐の吉凶を占う為に帯日売(神功皇后)が釣りをする際に立った石を誰が見ていたのか……という歌だが、そもそもこれは返歌で内容も皮肉じみたもの。

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