姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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◆第六章 古き大妖◆

第六十三話 怪異に込められた願い

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「最後に牛鬼を祓ったのは人間が神仏と認識している存在だ」
「し、神仏……!? そ、それは……しかし、何故急に神仏が御降臨なされたのですか? 我等の中には巫女や巫術師は居りませんぞ?」
「先ずはそこから話すべきか……。私が説明するが良いか、道祖土スミジ?」
「ええ……お任せします」

 それから法起坊はスミジの術が齎した流れを祓い師達に説明した。

 【箒神】と【神功皇后】の伝承を繋げ共通する神性を持たせ呼び水としたこと、縁のある地域にて相手が牛鬼だったからこその奇跡とも呼べる【神降ろし】が起こったこと、そしてもう一つ……石鎚山法起坊の結界内で祓い師達が力を尽くしたことで空間が幽世側に僅かに傾き、だからこそ神功皇后の【領域】が発生したことを告げた。

「……。道祖土……お前ぇ、知ってて狙ったのか?」
「まさか……。そんな余裕なかったですよ。【箒神】と【神功皇后】との共通性なんてギリギリで思い出したくらいですから……。大体、【神降ろし】や【神懸り】なんて男の術師が狙ってできるものでも無いでしょう?」
「まぁ……確かにな」

 その目で視た【あやかし】を描写し力を借り受ける……道祖土の妙技ではあるが、借りる力は契約によるものではないのでどうしても効果が弱い。それを補う為の多様性や補強術式……。
 加えて【神降ろし】は巫女……つまり女性だからこそ可能なもので、男で成功することは皆無ともいえる。当然、スミジには適性が無い。

「今回のは本当に奇跡だった……と言いたいところですが……」
「何だ……? 何かあるのか?」
「事前に石鎚山法起坊様の助言があったんですよ。つまり、全てお膳立てて貰ったのかなぁ、と」

 視線を向けたスミジの指摘に法起坊は小さく笑う。

「さてな……。私が行ったのは飽くまで切っ掛けを作ること。未来とは常に変動している。今、こうして【牛鬼】を退けたのは間違いなくお前達の選択の結果……あまり深く考えすぎぬことだ」
「……そういうことにしておきますよ」

 祓い師達は全員無事にして牛鬼の脅威も去った。石鎚山法起坊の意図がどうあれ結果だけを見れば確かに最善……ならば、今はそれで良いとスミジは思った。
 
「さて……これで何が起こったかは理解したな。ここからは何故【牛鬼】が討滅されなかったかだが……我々のような幽世側の存在……特に神仏は【討滅】を行うことはほぼ無いに等しい。理由は分かるな?」
「在るべくして存在するのが【あやかし】だからでしょうか?」
「その通りだ、筧椿姫よ。【あやかし】にも存在の意味がある。そしてその殆どは現世の人間が原因である場合が多い」

 認識で力を得ることも多い【怪異】は現世に顕現する際に人の意志から影響を受ける。景星学園の『馬の怪』然り、静岡県の名士である名取家に現れた『煙々葛籠えんえんつづら』然り……。

 そして人の念とは集まれば正負問わず現世に影響を与える。災害や事故は【恐怖】や【畏怖】、不幸は【懐疑】や【不安】……。
 その逆もまた然り。自然の恵みや社会の成長は【感謝】や【喜び】、幸福は【安堵】……それらは見えはしないが現世と密接に関わっている。

 その最たるものが信仰──人間全てが信仰を捨てれば【感謝】や【畏怖】という概念は薄れ社会は大きく荒む。
 たとえ信仰心が薄くとも人は何かしら見えぬ存在への繋がりを感じてしまう生き物であり、だからこそ人は神仏を捨てきれないのである。

 具体的には、『不幸に晒された際の人の心』が分かりやすいだろう。信じずとも追い込まれれば人は神かそれに準ずる超常なるものに祈りすがる。これは社会形成された世界中の者に共通する。

「……。つまり、牛鬼もまた人の世に必要な存在なのですか?」
「必ずしもそうとは言わぬ。だが、蒼禅よ……。牛鬼は確かに【凶妖】ではあったが、それだけではないのだ。お前も理解しているのではないか……?」
「………」

 牛鬼の伝承は恐ろしいものばかりが先行するが、それが全てではない。伝承の中の牛鬼は時に人のような優しさ、義理などを見せることもある。

 和歌山県古座川町には女に化けていた牛鬼に乞われ食べ物を分けた青年が洪水の際に救われた話がある。その牛鬼は人を助ければ現世に留まれないことを知りながらも恩義を返した。
 また高知県香美市に伝わる話では穴に落ちて抜け出せない牛鬼を老婆が助けたことで、その地での悪さを行わなかったともいう。

 東京隅田区の牛島神社では隅田川から現れた牛鬼を神として祀っている。社内にある『撫で牛像』は、自分の患部と同じ部位を撫でることで身体を癒やすとも言われていた。
 更には牛鬼が取り込もうとした牛頭天王、武塔天神もまた人に祀られる側の存在……。

 つまり【怪異】には人の願いも含まれる。だから神仏はそれを無下に消そうとはしない。今回、石鎚山法起坊がほぼ手を貸さなかったのも同じ理由である。

「………。道理は理解しました。しかし、牛鬼は再び現れるのは何時になるのでしょう? 教えて頂ければ対処も捗るのですが……」
「………」

 筧のこの質問に法起坊は答えなかった。未来を人に伝えるのは正しいこととは言えないのだろう。或いは千里眼を持つ天狗であっても幽世側の先を見通すには遠いのかもしれない……。

「……。椿嵐……それは未来のこった。俺達のやることは変わらねぇ以上、知る必要もねぇだろ?」
「……そう……だな」
「それよりも、だ。……腹減ったな。帰ってメシにしようや」

 心源の言葉に祓い師達は笑顔で同意した。


 大妖・牛鬼との戦いが行われた小さな島には勝ち得た平穏を示すかのような美しい茜色の空が広がっている。周囲には夕凪の波音が心地良く、そして優しく響いていた……。



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