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◆第六章 古き大妖◆
第六十四話 慰労の宴
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大源寺へと帰還した祓い師達により牛鬼討伐成功を伝えられた僧侶、及び警察関係者は安堵すると同時に歓喜の声を上げた。報告は海岸沿いの警戒にあたっていた者達にも伝えられ、今回の大規模対策は全て終了となった。
やがてすっかり日も落ちた大源寺内では、関係者全員が所狭しと並ぶ中で住職たる心源が代表し労いの言葉を伝える。
「最初の犠牲以降大きな被害が出なかったのは、全て皆のお陰……改めて感謝します」
皆に見えるよう本堂の入口付近で座禅を組んでいた心源は深々と頭を下げた。その背後では蒼禅も心源の行動を倣っている。
「先ず、牛鬼の犠牲になった方への冥福の為にしばし読経したいと思う。済まないがお付き合い願いたい」
静まり返った寺院内を心源の経を読む声が響く……。脅威は去ったとはいえ犠牲が出たことも確かなのだ。その事実を胸に皆は手を合わせ改めて犠牲者の冥福を祈る。時折爆ぜる篝火の音と読経は皆を慈しみの心で満たした……。
そして慰霊も終わり小さく頭を下げた心源はようやく険しい表情を解いた。
「……。さてさて……堅苦しいのはここまでとしようや。ここからは皆の労力への感謝だ。ささやかながら食事と酒を用意させて貰ったから宴としようぜ? 今夜くらいはバチはあたるまいからな?」
心源がニコリと笑うことで場の空気が一気に柔らかくなった。役目を果たした達成感には報奨もまた大切なこと……心源はそれを理解していた。
心源の言葉により明るい雰囲気から始まった宴は、僧侶も警官も、そして祓い師達も互いを労い称え合った。皆は今、その過酷な責務から一時的に解放された。心からの喜びを感じて良い時だ。
「さぁて……呑むぞ、蒼禅!」
「……。止めませんが……あまり羽目を外さないで下さいよ、心源さん?」
「わ~ってるよ。それよりお前ぇもちゃんと呑めよ? 酒は己の内にある穢れの浄化にもなる……普段、自制しているお前ぇの様な奴こそこういう時に気を緩めにゃな。ホレ……呑め呑め」
「うっ……わ、わかりましたよ」
「そういや椿嵐は何処行った? アイツとも飲み比べするつもりだったんだが……」
「ああ……それなら……」
蒼禅が向けた視線の先……庭の篝火付近には筧と藤倉の姿があった。
「師弟にも積もる話がある……か。ま、その内に向こうから来るだろう。となれば道祖土は……」
心源が本堂の隅へ視線を向けるとスミジが眠っている姿が見える……が完全に沈黙しピクリとも動かない。
「……まぁあれだけの疲弊だったから仕方ねぇか。ちとツマランが寝かしておいてやろう」
「では、私が代わりに相手をしよう」
「おお……! 是非ともお願いします!」
本堂の奥から現れたのは頭にタオルを巻いた大柄で作務衣姿の中年男。誰もその顔を見たことが無い人物にして何故か紛れていても気にならない存在……その正体は神變大菩薩こと石槌山法起坊の变化した姿。
祓い師達を『牛鬼の島』から送り届けた法起坊はそのまま心源に引き留められ宴へと招かれたのである。
「大菩薩様……道祖土殿は大丈夫なのでしょうか?」
「心配は無用だ。道祖土スミジが眠る前にたらふく食ったのはお前も見ていただろう、蒼禅よ。あと半刻もすれば何事も無く目を覚ます」
「はぁ……」
「それよりお前はもっと呑んだ方が良いな。まだ気が張っている様だ」
「だ、そうだぜ? ホレ……呑め」
「う……い、頂きます……」
渋々といった様子で酒を口に運ぶ蒼禅は、盃を二度飲み干したところで赤ら顔となりそのまま倒れ眠りに就いた。
「相変わらず酒には弱ぇ……か。にしても、そんなに強ぇ酒は無かった筈だが……」
「実は私が神酒を混ぜておいた。この場の酒全てに……な?」
「神酒……ですか?」
「うむ。肉体と精神を癒やし霊力を戻す酒よ。霊力消費の大きい者程効果が大きい……のだが、蒼禅には少し強かった様だ」
「言われてみれば身体にジンワリと感じますな」
無論、癒やすものなので一切の不具合は起こらないとのこと。当然二日酔いも起こらず目覚めれば以前より調子が良くなるだろうと法起坊は笑う。
心源は酔い潰れた蒼禅を肩に担ぐとスミジの隣に並べ毛布をかける。そして再び法起坊と酒盛りを始めた。
「……蒼禅はお前の弟子だったな」
「全てお見通しですなぁ。私の弟子の中で最も才があったのが蒼禅……ハッハッハ。今や私より地位は上になってしまいましたが……」
「だが、それが誇らしいのだろう?」
「そうですな。アイツの前では口にしませんがね……良くできた弟子ですよ。……。そうそう。弟子といえば伊庭刑事は霊力に目醒め大菩薩様の師事を受けると道祖土から聞きましたが……」
「まぁ成り行き上な。【伊庭】のことはお前も知っているのだろう?」
「『帝の番犬・伊庭』……かつて筧と双璧を成した裏の祓い師一族……まだ血筋が残っていた事に驚いておりますよ」
その力は討滅に長け、帝に矛を向ける者は人でさえ葬る祓い師一族……。野に下り霊力を失ったことは祓い師界隈でも有名な話ではある。
大きな力を宿す祓い師一族の子孫が【あやかし】や人に付け狙われ途絶える話は然程珍しいものではない。当然、伊庭家もそうなっていると心源は考えていた。
「それもまた縁なのだろう。伊庭家は道祖土の暮らす地へ流れ着いた」
「成る程、それで……。だから血筋が残ったのですな」
「うむ。だが、元の伊庭家の術は一部喪失した。これにより古き【伊庭】は消滅したと言って良い」
「貴方様ならば喪失した術も復元できる……違いますかな?」
「その必要は無い。今の世に『番犬』はもう不要だろうからな」
「……確かに」
現代には現代に相応しい祓い師達の組織体系がある。護国統霊会が上手く機能している以上、汚れ役を買う者の出番はもう必要ないのだ。
やがてすっかり日も落ちた大源寺内では、関係者全員が所狭しと並ぶ中で住職たる心源が代表し労いの言葉を伝える。
「最初の犠牲以降大きな被害が出なかったのは、全て皆のお陰……改めて感謝します」
皆に見えるよう本堂の入口付近で座禅を組んでいた心源は深々と頭を下げた。その背後では蒼禅も心源の行動を倣っている。
「先ず、牛鬼の犠牲になった方への冥福の為にしばし読経したいと思う。済まないがお付き合い願いたい」
静まり返った寺院内を心源の経を読む声が響く……。脅威は去ったとはいえ犠牲が出たことも確かなのだ。その事実を胸に皆は手を合わせ改めて犠牲者の冥福を祈る。時折爆ぜる篝火の音と読経は皆を慈しみの心で満たした……。
そして慰霊も終わり小さく頭を下げた心源はようやく険しい表情を解いた。
「……。さてさて……堅苦しいのはここまでとしようや。ここからは皆の労力への感謝だ。ささやかながら食事と酒を用意させて貰ったから宴としようぜ? 今夜くらいはバチはあたるまいからな?」
心源がニコリと笑うことで場の空気が一気に柔らかくなった。役目を果たした達成感には報奨もまた大切なこと……心源はそれを理解していた。
心源の言葉により明るい雰囲気から始まった宴は、僧侶も警官も、そして祓い師達も互いを労い称え合った。皆は今、その過酷な責務から一時的に解放された。心からの喜びを感じて良い時だ。
「さぁて……呑むぞ、蒼禅!」
「……。止めませんが……あまり羽目を外さないで下さいよ、心源さん?」
「わ~ってるよ。それよりお前ぇもちゃんと呑めよ? 酒は己の内にある穢れの浄化にもなる……普段、自制しているお前ぇの様な奴こそこういう時に気を緩めにゃな。ホレ……呑め呑め」
「うっ……わ、わかりましたよ」
「そういや椿嵐は何処行った? アイツとも飲み比べするつもりだったんだが……」
「ああ……それなら……」
蒼禅が向けた視線の先……庭の篝火付近には筧と藤倉の姿があった。
「師弟にも積もる話がある……か。ま、その内に向こうから来るだろう。となれば道祖土は……」
心源が本堂の隅へ視線を向けるとスミジが眠っている姿が見える……が完全に沈黙しピクリとも動かない。
「……まぁあれだけの疲弊だったから仕方ねぇか。ちとツマランが寝かしておいてやろう」
「では、私が代わりに相手をしよう」
「おお……! 是非ともお願いします!」
本堂の奥から現れたのは頭にタオルを巻いた大柄で作務衣姿の中年男。誰もその顔を見たことが無い人物にして何故か紛れていても気にならない存在……その正体は神變大菩薩こと石槌山法起坊の变化した姿。
祓い師達を『牛鬼の島』から送り届けた法起坊はそのまま心源に引き留められ宴へと招かれたのである。
「大菩薩様……道祖土殿は大丈夫なのでしょうか?」
「心配は無用だ。道祖土スミジが眠る前にたらふく食ったのはお前も見ていただろう、蒼禅よ。あと半刻もすれば何事も無く目を覚ます」
「はぁ……」
「それよりお前はもっと呑んだ方が良いな。まだ気が張っている様だ」
「だ、そうだぜ? ホレ……呑め」
「う……い、頂きます……」
渋々といった様子で酒を口に運ぶ蒼禅は、盃を二度飲み干したところで赤ら顔となりそのまま倒れ眠りに就いた。
「相変わらず酒には弱ぇ……か。にしても、そんなに強ぇ酒は無かった筈だが……」
「実は私が神酒を混ぜておいた。この場の酒全てに……な?」
「神酒……ですか?」
「うむ。肉体と精神を癒やし霊力を戻す酒よ。霊力消費の大きい者程効果が大きい……のだが、蒼禅には少し強かった様だ」
「言われてみれば身体にジンワリと感じますな」
無論、癒やすものなので一切の不具合は起こらないとのこと。当然二日酔いも起こらず目覚めれば以前より調子が良くなるだろうと法起坊は笑う。
心源は酔い潰れた蒼禅を肩に担ぐとスミジの隣に並べ毛布をかける。そして再び法起坊と酒盛りを始めた。
「……蒼禅はお前の弟子だったな」
「全てお見通しですなぁ。私の弟子の中で最も才があったのが蒼禅……ハッハッハ。今や私より地位は上になってしまいましたが……」
「だが、それが誇らしいのだろう?」
「そうですな。アイツの前では口にしませんがね……良くできた弟子ですよ。……。そうそう。弟子といえば伊庭刑事は霊力に目醒め大菩薩様の師事を受けると道祖土から聞きましたが……」
「まぁ成り行き上な。【伊庭】のことはお前も知っているのだろう?」
「『帝の番犬・伊庭』……かつて筧と双璧を成した裏の祓い師一族……まだ血筋が残っていた事に驚いておりますよ」
その力は討滅に長け、帝に矛を向ける者は人でさえ葬る祓い師一族……。野に下り霊力を失ったことは祓い師界隈でも有名な話ではある。
大きな力を宿す祓い師一族の子孫が【あやかし】や人に付け狙われ途絶える話は然程珍しいものではない。当然、伊庭家もそうなっていると心源は考えていた。
「それもまた縁なのだろう。伊庭家は道祖土の暮らす地へ流れ着いた」
「成る程、それで……。だから血筋が残ったのですな」
「うむ。だが、元の伊庭家の術は一部喪失した。これにより古き【伊庭】は消滅したと言って良い」
「貴方様ならば喪失した術も復元できる……違いますかな?」
「その必要は無い。今の世に『番犬』はもう不要だろうからな」
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