姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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◆第六章 古き大妖◆

第六十五話 月下の語らい

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「代わりに、という訳ではないが伊庭には私の術の一部を授ける予定だ」
「幾星霜を経てその血は再び祓い師に……ですか……。祓い師界隈に戻ることが幸せかはわかりませんが、まぁ慢性人手不足の業界に新たな力が加わるのは有りがたいことです」

 心源は盃の酒を全て喉へ流し込んだ。それを見た法起坊も同じように盃を飲み干すと心源は追加の酌を盃一杯になみなみと注いだ。そして自らの盃にも酒を注ぎ一息で飲み干す。

「く~……美味い! やり遂げた後の酒は格別ですな」
「ハハハ。それも皆、お前達の労力の大きさ故だ。神酒の効果で酒の影響も明日には残らぬ……存分に楽しむと良い。今宵は私も付き合うとしよう」
「では、もう一献……この月夜を楽しみましょうや」

 心源は空に盃を掲げる。そこには見事な十六夜の月が浮かんでいた。


 一方、かけい椿姫つばきと藤倉桜子は寺院の庭にある東屋の椅子に並んで座っている。二人は心源達と同じように月を見上げていた。
 筧は酒瓶とグラスを傍らに置いて藤倉との昔話を続けていた。藤倉は妊娠している為に酒ではなく果実ジュースを手にしている。

 一頻り思い出話を終えた後、空の月を愛でた二人はしばし沈黙した。改めて口を開いたのは藤倉だった……。

「……。何だか不思議な気分です」

 月に目を向けたままポツリと呟く藤倉。筧は無言で酒を口に含み言葉の続きを待った。

「私が祓い師になったのも、霊力を失って警察官になったのも牛鬼の件があったからです。それがようやく祓われて肩の荷が下りた筈なのに、実感が湧かなくて……」
「……。お前が私と出逢って弟子になったあの日からもう十年以上……。十分に長い時間が過ぎた。お前にとって牛鬼から人々を守ることが日常、とさえ言える程にな。だからそう感じるのかもしれないな」
「はい……」

 確かに十年は長い。その間、藤倉は人々を守る為に奔走し続けた。

 【怪異】は牛鬼だけとは限らない。しかし、そこに牛鬼が絡んでいる可能性も含め常に気を張っていた。祓い師として……そして警察官として今日こんにちまで過ごした日々はそれ程に濃厚だったと言える。

 筧は盃を脇に置くと手を伸ばし藤倉の頭を撫でた。

「良くやったな、桜子……。お前は霊力を失っても諦めず最後までその役割を果たした。だからこそ牛鬼は討ち果たされた……誇れ」
「師匠……」
「お前は私の自慢の弟子だよ。たとえ祓い師ではなくても、な」
「………」

 ようやく肩の荷が下りた……筧の言葉でそれを実感した藤倉の目から静かに涙が流れる。筧は藤倉の頭を優しく抱き寄せた。
 藤倉はしばしの間、静かに肩を震わせていた……。

 やがて嗚咽も止まった頃、今度は筧が語り始める。

「私が昔“お前は祓い師としての力を失う”と言ったのはな……願いも含まれていたんだ」
「願い……ですか?」
「ああ。祓い師は過酷な役目……優しいお前には辛いと思っていた。それに、女としての幸せも選択肢として忘れて欲しく無かった」

 筧の予言に言霊が宿った訳ではないのだろう。だが、結果として藤倉は霊力を失う可能性も含め婚姻を選択した。
 藤倉自身には何か予感めいたものがあったのかもしれない。霊力の喪失には年齢的な要因もあるのだ。

「ここからのお前の役目は子を育てることだ。元気な子を産んで強い子を育てる……それが未来を創るということ。ある意味祓い師よりも大変だぞ?」
「……経験者は語る……ですか?」
「ハハハ。もう孫の居るババアは言葉の重みが違うだろう?」
「フフフ。そうですね」
「だから困ったら頼れ。お前は私の大切な弟子だからな」
「はい……ありがとうございます」

 再び見上げる月は変わらず静かな光をたたえている。冷たくも感じるその月は、それでも藤倉には何処か世界を見守ってくれている様な気がした。


 寺院の内では皆、思い思いの言葉を繋ぎ語らっている。共に苦労を乗り越えた喜び、守ることが出来なかった者への哀悼、そしてこの先の未来へ備える為の覚悟──。
 人はそうして明日へと向かってゆく。牛鬼という大きな脅威は試練として人々をより強い存在へと引き上げる役割を果たしたとも言える。



 そんな宴の中──ふと目を覚ましたスミジは、誰に気付かれることなく本堂から抜け出し闇の中へと姿を消した……。


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