姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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◆第六章 古き大妖◆

第六十七話 法起坊、来店

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 牛鬼の案件が片付きスミジが東京に戻ってから三日が過ぎた──。


 相変わらず閑古鳥が鳴いている美術商店【懐覧堂かいらんどう】では、スミジがカンウター代わりの卓に突っ伏している。

 外は空梅雨には珍しい生憎の空模様……ジメジメとした雨がスミジのどんよりとした気分に拍車をかけている。

「スミジさん、調子悪いんですか?」

 アルバイトに来ていたアカリは卓に顎を乗せたスミジの目の前にマグカップを置く。同時にその鼻にはフワリとコーヒーの香ばしい薫りが伝わってきた。
 気怠そうに身体を起こしたスミジは、アカリに礼を述べるとカップを抱え一口啜った。一息吐いたその口からは大きく長い溜め息が漏れる。

「四国で結構無理したから疲れが抜けなくてね……。その上この天気だろ? 梅雨だし商品の湿気対策しないとならないんだけど……身体が重くて」

 和歌山での祓い仕事は山で高めた霊力を使い果たす程の激戦。相手は大妖・牛鬼……その疲れは三日程度では癒えなかった。
 宴の酒に混ぜられた石槌山法起坊の神酒の効果は確かにあった。祓い師達の霊力や肉体、そして精神もほぼ回復したと言って良いだろう。だが、スミジだけは魂からの疲弊ともいうべきものが残ってしまっていたのである。

 それが【裏屍式うらししき幽現魂合ゆうげんこんごう絵依かいい】の反動であることは当然本人も理解している。

「とはいえ、このままじゃ駄目だな。良し! ちょっと身体を動かすか……」
「えっ? 外でですか? 風邪ひいちゃいますよ!」
「大丈夫。ちょっとだけだから」

 幽世に寄った魂を戻すにはその身体で現世を感じるのが一番……。しかしながら、アカリの言うように外は雨。小降りであるが身体は確実に濡れる。

 すると……出入り口の扉に手を掛けたスミジを飛び止める声が店奥から響く……。

「やめておけ、道祖土スミジ」

 店にはスミジとアカリしか居なかった筈……恐る恐る振り返ると、そこには天井に頭が付きそうな程大きな修験者の姿……。
 一歩踏み出し鴨居を潜り“ヌッ”と現れたその顔は天狗の面を被っていた。

「うわぉっ! ………。あれ? 法起坊様?」
「うむ。あれ以来だな、道祖土スミジよ」

 一方のアカリは突然のことに硬直状態だったが、スミジの反応で我に返る。

「あ、あの~……どちら様ですか?」
「ああ。アカリちゃんにも話しただろ? こちらは石槌山法起坊様……」
「ほ、本当ですか? キャー! 凄いです! 本物の天狗さんです! ああっ! スミジさん、色紙ありましたよね?」
「えっ? う、うん……。茶棚の隣の棚に……」
「私取ってきます! ああ……本物の天狗さん……是非ともサインを貰わないと!」

 アカリは法起坊に丁寧なお辞儀をすると脇をすり抜け奥の部屋へと駆け込んだ。

「……ハハハ……ハハ」
「ふむ。あれが九郷アカリか……。何ともかしましいことだ」
「げ、元気ななんですよ。……。ところで、何故此処へ……?」
「何……報告がてら様子を見に来た。道祖土スミジよ。まだ不調は治らぬのだろう?」
「……流石は大天狗様。全てお見通しですか……」

 気恥ずかしそうに頭を搔くスミジ。法起坊は鴨居にぶつからぬよう体幹を落としつつ接客用のソファーへ移動し腰を下ろした。

「その不調の回復は神酒だけでは無理だった様だな」
「はい……。まぁは一種の禁術に近いですから」
「フム……。今回はソレの回復と伊庭の現状を伝えに来た。先ずは回復か……」

 法起坊は懐から紙袋を取り出した。テーブルにて広げ見せた中には黒い丸薬が見える。

「この丸薬を一錠飲めば立ち所に不調は治る」
「そ、そんなものが……。助かります。が……良いんですか?」
「今回の件は私の守護領域にも影響が及ぶ可能性もあった。そのことを鑑み少しの手助け……というか礼は問題あるまい」
「ありがとうございます」

 スミジは冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し丸薬を流し込む。同時に、得も言えぬ苦い味と青臭いさが口に広がった。

「うぇぇ……。な、何ですか、コレ……」
「苦い無毒の草を煎じて固め乾燥させたものだ」
「……い、嫌がらせですか?」
「ハッハッハ。良いか、道祖土スミジよ? 現世を感じることで魂を戻そうという考えは間違いではない。そして人の五感の中で有効に働くのは食……味覚と嗅覚の二つを刺激することだ」
「理屈は分かりましたが、流石にコレはキツイかと……」
「これは飽くまで緊急時のものだ。お前はこれから三条マリナとの約定を果たす必要もある。毎度コレを口にする必要は無いが急ぎの時は服用するが良い。一応は霊薬も混ぜてあるから効果は高い」
「……あ、ありがとうございます」

 と、ここでアカリが色紙を手に戻ってきた。

「あ、あの……サインお願いします!」
「この色紙に名前を書けば良いのだな?」
「はい!」

 色紙とペンを受け取った法起坊はマジックペンにも拘らずやたらと達筆で、梵字と『石鎚山法起坊』、そして“アカリちゃんへ”と書き込んだ。アカリはそれはもう大喜びだった……。


 


 



 

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