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SIN

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とびっきりのご馳走

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 彼女は、急に現れた王子と共に俺の前から去っていった。
  これで良い筈なのに、これで「めでたしめでたし」の筈なのに、心にポッカリと開いた大穴が塞がらない。
  守るべき彼女がいなくなり、住むべき塔も失い、俺はあてもなくただ森の中を歩く。
  こうして、そのうち存在が消えていくのだろうか?
  やがて消えてしまうのなら、今すぐにでも消えてしまえれば良いのに。
  虚しさで歩く事もできなくなり、立ち止まった場所には、見た事が無いほど禍々しい植物が1本生えていた。
  枯れていると言っても不思議ではない茶色の細い枝か、幹かが無数に絡まって、人のような姿をなしているその植物。
  上の方にヒョロッと細長い葉が生えていて、その合間からはまた細い枝か、幹かがニョキニョキと伸びている。
  この容姿の特徴は、遥か昔に聞いたマンドラゴラと酷似していた。
  「お前がもしマンドラゴラなら、俺を救ってくれるだろう」
  期待と、不安と、バカらしさに急かされ、俺はニョキニョキと伸びている枝か、幹を束ねて掴み、両手で思い切り引き抜いた。
  植物からはなにも聞こえてこない。
  マンドラゴラならば悲鳴のような声を上げている筈。
  俺がこうして立っている事もなかった筈。
  少し、夢を見過ぎていたな。こんな所に伝説の植物があるわけが……。
  ん?
  たった今引っこ抜いた植物を埋めなおそうと、根っこ部分を触って違和感。恐る恐る覗き込んでみると、そこには……。
  「なっ、なんかおるー!!」
  人型のような枝か幹の、更に下。根っこの部分に、人型でもなんでもなく、小さな人間がくっついている。くっついている?いや、その人間から枝か幹かがニョキニョキと生えてきている。
  「五月蝿いわね」
  しゃ、喋った……。
  「お……お前、マンドラゴラ……なのか?」
  マンドラゴラらしき小さな人間は、人型をしている枝か幹の部分を自分でポキッと折ると地面に降り立ち、
  「そうだけど?」
  と、何でもなさそうに言った。
  人型をしている禍々しい部分がなくなったその小さな人間は、一見するとただの小人。植物らしい箇所と言えば、つむじの所から出ている小さな双葉だけだ。
  それにしたって、コレがマンドラゴラならば俺がこうしている事が可笑しい。
  「抜く時に叫ぶんじゃないのか?」
  物凄く大きな声で叫び声を上げると聞いたぞ?その声を聞いた者は気が狂うとも。
  「私、大人しいの」
  大人しいって……植物が地面から引っこ抜かれるのは危険な事なのだろ?それなのに大人しい性格だからと言って叫ばなくて良いのか?ちゃんと抵抗したらどうなんだ!
  それに、俺はマンドラゴラの声が聞きたい。
  例え狂ってでも、彼女を失った喪失感から開放されたい。
  「少しで良い、叫んでくれ」
  こんな願いを口にする俺が余程珍しいのだろう、マンドラゴラは目を丸くし、しばらく考え込むように「んー」と唸ってから
 「とびっきりのご馳走を食べさせてくれたら、叫んであげる」
  と、満面の笑顔を見せた。
  小人の無邪気な言葉が、胸にチクリと刺さる。
  幸せそうな顔で、食い物の話をするんだ……作れもしないのに、料理を作ろうとして失敗して、結局俺に作らせる。
  彼女は、いつもそうだった。
  「……この辺りの土は最高級品だ」
  しゃがみ込んで地面に浅く穴を掘り、小人を促すようにして落とし入れ、上から軽く土を被せようとした所で小人はピョンと穴から出てきた。
  「あのね、私ここに埋まってたんだから、ここの土以上、ここの水脈以外。分かる?」
  穴の中を指差しながら小人は怒るように声を上げるが、叫び声ではないのだろう、俺はまだちゃんと俺だ。
  それにしても、この場の土以上の物を求めるのは良いとして、水脈も駄目なのか?だったら山を1つ越えなければならなくなる。
  山を越えたら、そこは隣の国の領地……山を3つ程越えてしまおうか?しかし3つも越えてしまうとそこは海側、塩を含んだ土は植物であるマンドラゴラには良くないだろう。だったら他の場所?更に向こう側?海を渡るか?
  しかし、土と水ならここに勝る場所はない。
  まさか、とびっきりのご馳走とは、土や水といった植物が好むものではないのか?
  「どんな物が食べたいのか、それだけでも教えてくれ」
  そう尋ねて、自分で可笑しな事を口に出したと後悔した。
  相手は植物だぞ?ご馳走と言う事は豊富な栄養を蓄えた土、不純物の混じっていない水、それしかない。ここの水脈以外とは言うが、ここで育った植物が他の土地の水が体に合うとも限らないんだから、もう少し日当たりの良い場所に移動させてやれば良い。
  小人を土と一緒に救い上げ、日当たりの良い場所と、水はけが良さそうな場所を探すために歩き出すと、また「んー」と考え込んでいた小人はポンと手を打ち、
  「人間が食べるようなものが食べてみたいわ」
  と、目を輝かせた。
  まさか、土でも水でもないとは!そもそも、
  「食えるのか!?」
  肉食か?草食なのか?草を食う場合肉になるのか?草になるのか!?
  いや、肉は肉だし、草は草だな……叫び声を聞いていないのに、狂いそうになるとは。
  「口があるんだから食べられるわよ」
  消化の問題だ!待て、そんな問題でもない。
  俺は何故こんなにも混乱しているんだ?コイツがマンドラゴラなのだから、叫んでもらいたかっただけ。それなのにご馳走だのなんだの。
  狂った俺を食べれば良い。
  「口があるなら、叫んでもらいたい所だ」
  マンドラゴラならば、簡単な事だろう?
  「隣の国の王子様がパーティーを開くみたいよ」
  話を聞けー!真面目に話しているコッチが恥ずかしくなるわ!
  隣の国がパーティーを開く事なんか、とっくに知っている……それがウェディングセレモニーだという事も……。
  「そうだな」
  幸せになってくれ。それが俺の唯一の願い。
  隣の国の方角を見上げ、太陽の眩しさに顔を背けた視線の先には、ニンマリ笑顔の小人が1匹。
  「そのパーティーで出される豪華な料理が食べたいわ」
  城で出される料理は、間違いなくとびっきりのご馳走に違いない。だけど、招待もされていない俺達を門番が通してくれると思うか?マンドラゴラは小さいから、門の隙間から入る事は出来るだろう。しかし、俺では目立ち過ぎる。
  それに、王子に倒された事になっている俺が、実は生きていると知られたら少々マズイ自体になってしまう。
  下手をすれば彼女は再び塔の中に閉じ込められ、俺はまた、そんな彼女の食事当番だ。
  折角、幸せを掴もうとしている彼女の邪魔はしたくない。
  「……近くまで連れて行ってやる。食事は勝手に食べてくれ」
  たらふく食べた後は、俺の願いも聞いてくれ。
  「姫様に直接お祝いが言いたいんでしょ?大丈夫、ちゃんと言えるから」
  「え……?」
  そうか、マンドラゴラには予知能力があったんだったな。
  彼女に直接会って、ちゃんと伝えられる。そう、見えているのか?
  一国の姫様になった彼女に、祝いの言葉を……。
  今度こそ本当の「めでたしめでたし」にするんだ!
  「ふふっ。ギィヤアァァアアアァアアア!!」
  え?
  「ぇ、あ……ウアァ!アァッ!!」
  「希望に満ちている魂の方がご馳走に決まってるジャン♪」
  あぁ……そう言う事か……。
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