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SIN

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不思議な話。

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 階段を1人でドンドンと先に登って行く母の後ろを追いかける。
  「早く来い」
  階段の踊り場で振り返った母は、そう一言告げてから再び階段を登り始め、俺の視界から完全に消えた。
  置いていかれないように階段を登る俺はその時幼稚園児で、登っている階段は小学校の階段。
  母は俺を連れて姉の参観日に出席するべく、姉の教室に向かっていた。
  さっき母が立っていた踊り場に立って見える真正面の壁には、懸命に階段を登ってきたせいで帽子がずれてしまっている俺を映す鏡が、壁の中央に嵌め込まれていた。
  鏡に近付いて、背伸びをしながら帽子を被りなおした所で、
  「なにしてんねん! 早ぅ来い!」
  と怒鳴られ、また急いで階段を登った。
  それから1年後の春、俺は姉と同じ小学校に通う事となった訳なのだが、何処をどう探してもその時の鏡を見付ける事は出来なかった。
  そんな小学校には七不思議が多く存在していた。
  一般的には7つ目を知ると不幸に、なんて事が言われているが、その小学校には7つ目所か、8つ目、9つ目などが普通に存在していたのだ。
  二宮金次郎像だけでも、夜中に運動場を走っている。前に出ている足が日によって違う。薪の数が変わる。本のページが変わる。髪型が変わっている。最終下校時間が過ぎても校内にいると追いかけてくる。と、思い出せるだけで6つもある。
  まさかの金次郎大人気っぷり。
  続いて多いのが音楽室。
  夜中にピアノがなる。肖像画の目が光る。ベートベンが笑う。最終下校時間が過ぎても校内にいると肖像画から出て来て追いかけてくる。と言うものまであった。
  この時点でもう10である。
  トイレには当然花子さんがいて、ノックをされたら返事をしたり、前から3番目の個室をノックしたり、最終下校時間が過ぎても校内にいる生徒を追いかけたりと結構忙しい事になっていたし、プールには女子生徒の霊が一緒に泳いたり、髪の毛を引っ張ったり、足を引っ張ったり。
  理科室では標本が動いたり、最終下校時間が過ぎても校内にいる生徒に泣き声を聞かせたり。
  体育館でもボールをつく音が響いたり、校内放送もしていないのにスピーカーから声が聞こえたりするなど。
  小学校は幼稚園と隣接して建っていて、校内で幼稚園と繋がっていた。一応境界線みたいなものがあり、そこには高学年ならば普通に跨いで乗り越えられるような低くて小さい門が設置されていた。ただのオブジェではなく、ちゃんと鍵までついているのだ。園児目線での門なのだろうか?と思っても鍵があるのは小学校側なので、七不思議好きな小学校では当然、小人がいる。という七不思議が語り継がれていた。
  小人の門の横には、花園と言う名の草が生い茂った場所があった。中には小道らしきものがあるのだが、学校の敷地内だと言うのに誰も手入れをしておらず草木で塞がれて入れなくなっていた。それでも体の小さな子供のうちは奥に進む事が出来る。庭園の奥にあるのはドラキュラの墓、と呼ばれていた1つの記念碑だ。
  こんな七不思議大好き学校だったのだが、生徒が好んでは行かない場所が存在していた。それは、校舎の1番端にある階段の、2階と3階の間にある踊り場。
  先生達は普通に使っていると言うのに、生徒達は低学年から高学年まで幅広く恐れていた場所。
  下足室から1番近い階段だというのに、そこを通らないようにする為態々遠回りする生徒が多発していたと言う程の徹底振り。
  2階と3階の間にある踊り場、そこには1枚の大きな鏡があるのだが、その鏡を隠すように化粧板が取り付けられていた。それでも鏡の下の数cmは見えている。
  その鏡にまつわる七不思議は、鏡に自分の姿を映してはならない。2階に降りて行く時に鏡を振り返ってはいけない。と言うものだった。
  しかし、遠回りしてまで避けなくとも化粧板から出ている鏡の部分は数cmで、しかも床からも数cmの位置。自分の姿が映るとしたら上履き位なものだ。
  だから恐れる必要なんかない。とは思いつつ、なんとなくそこを通りたくないので俺も鏡を避けていた生徒の1人だった。
  小学5年になって少し経った頃だっただろうか、朝の掃除の後、用具の片付けに手間どい、遅刻しそうになっていた。
  どうして掃除用具の片付けを一任させられたのだろうかと考えながら、4人分のホウキを持って運動場をトボトボと歩く。
  掃除道具を片付ける場所が運動場の端にある小屋だと途中で気が付いて引き返した事で更に時間がかかり、上履きに履き替える頃には朝のホームルーム開始のチャイムが鳴っていた。
  マズイ、早く教室に行かなければ!
  下足室から教室に向かって走り出してスグに見える階段。
  ここの2階と3階の間には七不思議となっている鏡がある。でも遠回りしている余裕もない。
  どうしよう? どうする?
  考えてる時間がもったいない、一気に駆け上がってしまえば鏡なんて気にならない。いや、気にしない!
  「はぁ」
  1度大きく息を吐き、ドンと胸を叩いて気合を入れて階段に足をかけた。
  思い切って足を出してしまえば、遅刻しそうだという焦りが薄暗い廊下と階段と言う不気味な環境を打ち負かし、足を前に前に出させる。
  タッタッタッタ。カン、カン、カン。
  ホームルームが始まっているせいだからなのか、辺りは異常に静かで、階段の滑り止め部分を踏むカン、カンと言う音が廊下に響いている。
  タッタッタッ……。カン、カン……。
  立ち止まると足音もしなくなり、後に残るのはホームルーム中だというのに先生の声すら聞こえてこない静寂。
  急いでいるのに足音がしないようにゆっくり2階まで上がり、背中をピタリと壁に当ててから1階との間にある踊り場を見下ろすが、誰もいない。
  可笑しい、確かにこの階段は出来るだけ避けて来たけど、利用した事がない訳じゃない。なのに、1人きりだと言うだけでどうしてこんなにも嫌な感じなのだろう。
  もうとっくにホームルームは始まっているんだし、今更急いだって遅刻は遅刻。だったらもういつも通り遠回りして教室に行こうかな。
  うん、そうしよう。
  他の階段で教室に、そう決まってしまうと数秒前まではあれだけ怖かった階段がなんともなくなり、俺は安堵感から3階に続く階段を見上げた。
  「え……?」
  踊り場にある筈の壁と鏡はなく、代わりにあるのは奥へと続く階段。
  え? なに? え? なんで階段? え?
  あまりの不思議さに恐怖感はなく、好奇心に突き動かされるように階段をゆっくりと上がり始めていた。
  ゆっくりと、身を低くして階段を1段ずつ。
  徐々に見えて来る踊り場には、巨大な鏡。奥に階段が続いていた訳じゃなく、正面にある階段が映り込んでいただけという答えが目の前に広がっている。
  違和感は消える所か、深さを増した。
  鏡を覆っていた化粧板がない。
  鏡には緑色の縁取りがあり、少し剥げてしまったのか茶色の汚れ、上の方には何か緑色で文字が書かれている。
  なんて書いてあるのかを確認する為に目を凝らしていると、
  階段の滑り止めを勢い良く踏んだパァーンとも、カァーンともつかない音が真後ろで1回。
  俺はまだ足を踏み出していないのに、音だけがした。音だけが、後ろにいる、後ろに。
  背後から感じる視線に、背中を壁に付けてしゃがみ込みながら、キューっと締め付けられるように痛む胸を押さえる。
  この場所に立っている事、化粧板のない鏡、そして真後ろで鳴った音、その全てが怖い。
  辺りに響くのは浅く素早い呼吸音だけ。またなにか音がしたら? 聞きたくないのに耳は何かの音を捉えようとしているのか、ちょっとした物音ですら捕らえる。
  ドクン、ドクン。
  大丈夫、大丈夫。
  心霊現象なんてある訳ないんだ、あの鏡だって普通に化粧板の撤去工事があったのかも知れない。
  そうだ、きっとそうなんだ。
  背中を壁に付けたまま、今度は1段ずつ階段を下りる。そして2階に着いた瞬間、俺は遠回りをして自分の教室に向かって走っていた。
  昼休みになると徐々に朝の恐怖心が薄れ、もう1回確認に行こうと思い立った。丁度運動場に向かう集団がいたのでその後ろに着き、昼間でも薄暗い階段までやって来る事は出来たのだが、踊り場を見下ろして言葉が出ない。
  鏡の前にはちゃんと化粧板がある。
  そんな訳ない、だって朝は確かに鏡が見えてたじゃないか!
  恐怖ではなく、焦りから踊り場に下り、化粧板を押したり叩いたりしてみたが、簡単に着脱可能な感じじゃない。
  そうか、きっと寝惚けていたんだ。そうだよ、そうじゃないと変だ。
  生徒の集団が不審な目で俺を見ながら階段を下りて行くから、俺もその後ろに続いて下り始めたものの、あんなにはっきり見たのに寝惚けていたなんてやっぱり納得がいかない。
  何の気なしに振り返り、壁を見上げる俺の目には、数cmだけ出ている鏡に映る自分の顔が見えていた。
  パァーン!
  下の方から音がして、慌てて前を向きなおすと、何故か懐かしい気がした。この階段から見下ろす景色を見た気がした。
  いくらこの階段を避けているとは言っても、何度も上り下りした事があるのだから、何度だってこの景色は見ている筈なのに、懐かしい。
  そんな不思議な感覚が消えると、今度は急に物悲しい感情に襲われる。胸にポッカリと穴が開いたような、とはこう言う事を言うのだろう、悲しいのに泣くという感じはなくて、寂しいのか、胸を締め付けられると言うのか。
  なんなんだ? どうしてこんなに悲しい?
  こんな自分の感情が不思議で、同時に怖くて階段を急いで下りた。
  そんな事があり、俺は鏡のある階段を避けるようにしていたのだが、何日か経った時、給食当番になった為に給食室に向かう担任の後についてその階段を下りなければならなくなった。
  担任もいるし、他にも給食当番のクラスメートが大勢いたので恐怖は幾らか薄れていたのに、階段では俯いて出来るだけ足元しか見ないようにしていた。それでも鏡の前を通る時は床から数cmの鏡が見える筈なのだが、何もない。
  不思議に思って顔を上げて感じる激しい違和感。
  鏡は化粧板から数cm出た形でちゃんとそこに存在していた。しかし、数日前まで見えていた鏡は床から数cmだった。それは確かなのに、その時に見上げた鏡の見えている部分は、床から50cmは上の位置にあった。
  クラスメート達を呼び、鏡を指差してみたが特に変わった反応がない。
  「鏡、縮んだよな?」
  俺の問いかけに首を傾げるクラスメート達によると、鏡はズットこの状態なのだという。
  訳が分からなくなり、自分の腰辺りが映っている鏡を眺める。
  緑の縁取りがあり、剥げていて茶色くなった所があって。
  「あれ?」
  俺、1度この鏡を見ていないか?
  幼稚園の頃、姉の参観日に母と小学校に来て、それで階段の途中にある鏡で帽子を被りなおした時に見た鏡だ。
  だとしたら、俺が今まで見てきた鏡はなんだったのだろうか……。
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