時の記憶

知る人ぞ知る

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それは、土砂崩れが起こった3年前。

それまで人間はよくここへ足を運んでくれた。


願いを叶えて欲しいと思う者、家族が幸せで居れるように望む者。

時々『いつも見守っていてくれてありがとう』と、俺に向かってお礼を言ってくれる人もいた。

無論、その逆もしかりだ。

でも、いつの間にか俺は村人が好きになっていた。

やがて俺も、人間のようになりたいと望みながら願いを叶え、見守ってきた。

消えたくないからという理由ではなく、純粋に助けたいと思って。


あの日、俺は土砂崩れを止めた。本当であれば、あの土砂は村に直撃していたのだ。

土砂崩れをとめられた理由。それは俺が元から持っていた、俗に言う、神の力によるものだが、その土砂崩れは、今現在俺が生きて止め続けているのだ。

早く対策を練らなければ、やがてこの村には崩壊が訪れる。

わかっていたものの、他に方法は見つからず、土砂止め続け、更にやってくる厄災を退け続けていたら、俺の力はどんどん弱くなっていった。


土砂はちょうど、この祠に来る階段で止まっている。

遠くからでは、人の心の声は届かない。

会いに行こうにも、ここから動けない。

どんどん人は来なくなり、信仰の声は聞こえなくなった。

そうして力は尽きかけ、体は小さくなり、今では人間の手のひら程の大きさになってしまった。


俺はここへ来ない人間を恨むつもりはない。俺はここの人間が好きなのだ。

人が幸せになる光景が、笑い合っている姿が、夢を持って生きようとする人の心が。

だから、今が辛い人間にも幸せになって欲しくて願いを叶え続けているのだ。
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