時の記憶

知る人ぞ知る

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だが、その安堵は束の間だった。


「なんだりん、出てきちゃだめじゃないか・・・」

ズンと重い空気が充満する。

その声を発した人物に、皆の視線が注がれた。

その者は、もはや人間だったのかと疑わせるほどに黒い靄《もや》をまとって、斧を右肩に担ぎ、ほくそ笑んでいる。

体右半分は魔物と化しており、それは顔の半分まで覆っている。

右目は魔物の目、左は、まだ微かながらも人間の面影を残したまま、不完全な姿でそこに立っていた。


「雅・・・」

遠くでぽつりと村長が口にした。


その声を微かに聞き取ったセイは、雅と呼ばれた彼の顔を見た後、そのまま寂しそうに息を吐いた。


「あなたが、雅さんなんですね」

「あぁ。そうだとも」

表情の笑みを浮かべたまま、雅は答える。

静かにりんを背にかばう。りんもセイの着物をしっかり掴み、隠れるように身を潜めた。

セイは30メートルほど離れた雅に向かって悲痛の声を上げた。

「どうして神隠しなんて!」

こぶしを握り締めるセイを淡々と見つめながら、雅は語り始めた。

「声が聞こえるんだ」

「声?」

セイは耳を澄ましたものの、声なんて聞こえない。

吹雪のせいで、木々の隙間の風がごうごうと音を鳴らしている。
そのせいで聞こえないのか、はたまた、彼にしか聞こえない幻聴なのか、現時点では把握しきれない。

「殺せ、殺せっていう声が四六時中頭の中を駆け巡るんだ」

雅は左手の小指球《しょうしきゅう》で米神《こめかみ》を抑えながら、まるで痛みを和らげるようにさすった。

「おかしいんだよ。俺は、わかってるんだ」

雅は何処か自虐めいた笑いを浮かべながら、微かにその瞳に真っすぐな光を灯しながらセイと視線をかち合わせた。

その顔には、痛々しそうに黒いの枝のような物体が、べたりと顔半分に巻き付いている。

「・・・っ!!」

雅はその顔の右半分に鋭い痛みを感じたのか、右肩に担いでいた斧を雪の上へ落とし、両手で頭を包み込むように抑えた。

それと同時にセイは体をこわばらせながら、左手でりんを支え、前のめりで雅の出方をうかがう。
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