カースブレイカーズ 〜美夜ちゃんは呪われた幻夢世界をひっくり返す!〜

ユキマサ

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第九夜  ショウ・ブハン

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「ワーッハッハッハ!」

 豪快な笑い声と共に、ソレは目の前の地面から現れたのだった。
 巨人族のおじさんなのだろうか?全長2メートル有るのだろう……多分。
 普通の男性の倍以上有る体格は逞しい筋肉で覆われており、まるでインドのお坊さんのように一枚の布を身体に巻き付け、首にはぶっとい数珠をぶら下げている。僧侶なのだろうか?
 ニカッ白い歯を見せて人懐っこい笑顔でこちらを見る表情は、面白いものを見つけた少年のような輝きと、人を安心させるような包容力が混ざった不思議なものだった。
 さっきから曖昧な表現しか出来ていないが、勘弁してほしい。
 何故なら、私は彼の上半身しか見ることが出来ないのだから。
 その人の腰から下は完全に地面に埋まっている。にもかかわらず私は勿論、側に立っている神官よりも頭一つ分高く、こちらを見下ろしているのだから。まるで、後ろ足で立ち上がった熊と向き合っているような気分だ。インパクトが強すぎる。

「ハッハッハ。いかんなあ、小さな女の子をよってたかって虐めたりしては」

 小さな子供の喧嘩を諫めるような感じで、身分の高い役職に就いている神官達に注意する巨人のおっちゃん。神官二人が必死の形相で私を魔法の鎖で拘束し、また一人の神官は私に突き倒されて泥と砂まみれ、後一人に関しては露店に頭から突っ込んで、足をピクピクさせている。この状況を愉快に笑って済ませているこの人、体格と同等に性格もかなりの大物である。

「異端宣教師殿、これはこちらの問題である。口出し無用に願いたい」

「フッハッハ、いやいや鬼族や半吸血鬼を導くのは拙僧の役目。あまり貧乏寺から収入を奪わんでくだされ」

「あの掘っ立て小屋が寺とは良く言ったものよ。下町の民家の方がまだ立派だぞ」

「ワッハッハ、何を言われる。拙僧が適当に彫った木彫りの神像と、いくらでも入る巨大な賽銭箱が有れば立派な寺ではないか」

「罰当たりにも程があるわ!」

 ┄┄大雑把過ぎるんじゃないかな?と、巨人のおっちゃんと神官とのやり取りを聞きながら私は唖然とした。……って異端宣教師!?じゃあこの人が私が探していた人ってこと?

「ともかく、神官に対して暴行を働いたのだ。神殿にて罰を受けて貰わねばならぬ。見よ、隊長のあの姿を。何と酷いことを」

 いやいやいや!あんな酷い姿になったのは、あんたが裏拳でぶっ飛ばしたせいだから!と声高に訴えたいが、魔法の鎖が口まで覆っており唸り声しか出せない。
 ……この神官もいい性格してるよね。

「フフン、強引に捕まれた腕を慌てて振りほどいたり、思わず逃げようとして勢い余ってぶつかっただけではないか。只の事故であろうが」

「よくもそのような詭弁を。……うん?もしかして最初から観ていたのか?何処にも見かけなかったが」

 私も気付かなかった。こんな筋肉達磨のお化けがいたら絶対に見落とすわけがない。

 すると、驚いたことに、水面に沈むかのようにおっちゃんの胴体がどんどん地面に沈んでいく。肩から下まで完全に地面に埋まり、首から上だけになったが、周りの地面には何の跡も無かった。

「フッフッフ、これぞ修行法の一つ地身瞑想!文字通り大地と身体を一つとし、草木と同じ目線で瞑想することにより悟りを開かんとする、我が宗派最高奥義よ!」

 オオーッと周りの人だかりから感声が上がる。しかし、神官はジト目で見下ろし、

「今やっているように女子の腰回りを下から眺めていたと……何が瞑想だ、煩悩が溢れておるわ!」

 キャーッと周りの若い女性から悲鳴が上がる。私は地面から生えている生首に向かって砂を思いっきり蹴ってやる。

「ガッハッハ、ゲフンゲフン止めよ砂が目に入る。スカートなぞ覗いとらんわ。拙僧が眺めていたのは皆の脚よ」

「充分変態行為ではないか」

 神官のツッコミをスルーして、ゆっくりと上半身を地面から浮かび上がらせる色欲僧侶。だが相変わらず腰から下は地面に沈んだままである。

「フフ、見ての通り拙僧の半身は大地と同化して表には出ぬ」

 寂しげな目をしながら、しかし微笑みを絶やさぬまま、巨僧は語る。

「フッ、生まれつきの呪いでなあ、何とかならぬものかと大地神にすがり、修行を重ねて来たが効果は表れなんだ。でもまあ、大地神も憐れに思ったのか、地脈の力を与えてくれてのう、足がなくとも他人から見下ろされる事の無い巨大な身体を授けてくださったのよ。ガッハッハッハ」

 誰も一言も発しない。巨僧の言葉をただ聞き入っていた。

「ただ、やはり足で大地を踏みしめて歩くということが羨ましくてのう、時折目線を低くして皆が歩いているのを眺めているのだ。不快な思いをさせて済まぬ。この通りだ」

 両手を地面に突き、頭を下げる。

「頭を上げてくだされ。邪推して詫びなければ為らぬのは私の方なのだ、どうか許してくだされ」

 慌てて神官も頭を下げる。オイオイ納得しちゃったの?

「ハッハッハ、いやなんのなんの。だが、拙僧の悪癖も役に立つことも有るでなあ。見物していて分かったのだが、お主らわざとやられた振りをしておっただろう」

 突然の言葉に私は勿論、神官達も「は?」と言葉を失ってしまう。当然、神官達はそんなことはしておらず、本気で私に倒されたのだ。

「フッフッフ、憎いのう、敢えて抵抗せず投げ飛ばされ、少女が落ち着くように説得し、正面からぶつかっても、少女を傷付けないように自分から後ろに飛び倒れる。拙僧の目はごまかせられませんぞ。ハッハッハ」

 周囲から「そうだったのか」「でなければ大の大人が女の子にやられるなんて有り得ませんわよねえ」と、どよめきが走る。

「おかげで少女も落ち着きを取り戻し深く反省しておる。後は拙僧が引き受け、この娘が己の闇に落ちぬように導きましょうぞ」

 この言葉に神官も渋々頷き、目配せして魔法の鎖の拘束を解かせる。私に「以後気を付けるように」と注意して相変わらず笑いまくっている巨僧に引き渡すのだった。

 ……て、丸く収まったああああ⁉あのチカン認定一歩手前の状態からなんの罰則も無く全部丸く収めちゃったよこの人。
 まず、強烈な登場で注目を集め、ボケたやり取りで場の空気を和ませる。さらに自分のハンディキャップを語ることで一瞬私の事を意識から外させ、冷静さを取り戻させる。そこにすかさず神官達を立てる言動をして、周囲の評価を意識させ、寛容な態度を取るように持っていったよ、このおっちゃん。流れを完全にコントロールしている。あの大雑把に見えた言動は全てフェイクか⁉何と恐ろしい。
 そんなことを考えながら、私は神官達と周りの人々に「迷惑かけてすみません」と謝りまくったのだった。



「ガッハッハ、何とか治まったのう。大丈夫だったか?嬢ちゃん」

 あの後、巨僧のおっちゃん連れられて、一軒の食堂でお茶をご馳走になっていた。
 食堂の床は板張りだが、おっちゃんが移動した後も何の跡も残っていない。不思議なものだが、ここは夢で魔法の世界だ。早く慣れよう。
 ちなみに、私は普通に椅子に座っているが、この人は腰から上を床から出しているだけで、丁度良くテーブルに胸の部分が当たっている。まるで幼児用の机と大人である。

「助けていただいてありがとうございました。私は美夜といいます」

「ハッハッハ、これはご丁寧に。拙僧はショウ・ブハンと申す。異端宣教師よ」

「あの、異端宣教師ってどんなご職業なんでしょう。詳しいことが分からなくて……」

「フフン、まあこの世界の主神である輝光神はちと気難しくてのう……」

 説明によると、祝福ポイントを与えてくださる輝光の女神様は闇の暗黒神と結ばれていたのだが、暗黒神が輝光神の妹である月の女神に浮気して破局。おかげで闇属性持ちには祝福をくれなくなったそうな。
 暗黒神は月の女神に求愛し続けるが相手にされずにすっかりやさぐれてしまい、犯罪者や裏の生業をしている者たち、そして魔物達に祝福を与えるようになったんだと。
 両者の板挟みになった月の女神は同じような立場の闇属性持ちだが犯罪者ではない人達に共感して彼女の眷族の星々の神々と共に祝福を与えてくれるようになったとさ。

「ドロドロの離婚劇ね。まあ、神話なんてそんなの多いけど」

 なんちゅう設定だ。開発者の家庭環境とは関係無いことを祈ろう。

「ハッハッハ、というわけで、闇属性持ちは肩身の狭い思いをしていてのう。更に暗黒神から犯罪者に堕ちるように色々な誘いを受けてしまうから大変だて。ブワッハッハッハ」

「笑い事じゃないんですけど」

 そっかあ、それで盗賊達のドロップアイテムを売ったら、犯罪者みたいな称号が付くようになっていたのか。危ない危ない。

「済まん済まん。ちなみに、この世界の約五割が輝光派、三割が暗黒派、残り二割が我々星神派もしくは無宗教だ」

「少なっ!暗黒派結構多いわね」

「その少数派全てが暗黒に堕ちれば、暗黒神が輝光神に戦いを挑み世界は滅びると予言されている。つまり┄┄」

「月の女神を口説き落とした暗黒神が、別れた元奥さんの輝光神に逆恨みで復讐。その痴話喧嘩のとばっちりで世界が滅ぶって訳?呆れたわ、最低の屑ね暗黒神て」

「ガッハッハッハ!まあ、そういうことだ。それを防ぐために、お主らが暗黒派に堕ちないように導き、祝福ポイントを与えるのが異端宣教師という訳よ」

「祝福が貰えるのは有難いわ。でも導くってどういう事?」

「フッフッフ、魔物や暗黒派達に殺されないように、強くしてやるということよ。一人前になるまで戦い方や魔法について指導してやるのだ」

 なんと、私が一番欲しい情報がやって来た。このおっちゃん結構好きだし、断る理由は何もない。

「是非ともお願いします」

 途端にファンファーレが鳴り響き、目の前に[ショウ・ブハンが仲間になりました]のメッセージが表示される。

「ハッハッハ、よろしく頼むぞ。拙僧のことはショウと呼んでくれ」

 ……ショウ?……このおっちゃんがショウ?ムッキムキの筋肉の鎧を身に纏い、巨人の上半身だけの姿で終始ガッハッハと笑いまくっている暑苦しさ史上最強のこの人をショウと呼べと。でもショウってあれだよね。「翔」みたいな「空を翔る人」ってイメージだよね。大地にズッシリと根を下ろしたような巨木のようなこの人とのギャップが……駄目だ、どうしても脳が拒否してしまう。何か良い方法はないものか?

「……オショウ」

「うん?」

「うん、オショウよ!私の国では貴方みたいな僧侶の事を親しみと尊敬の意味を込めて『和尚』って敬称するの。私これから貴方の事オショウって呼ぶわ!」

 我ながらナイスネーミング!お願いします。受け入れて下さい。

「ブワッハッハッハッ!それは良いな。では拙僧はこれよりオショウだ」

 こうして、「ショウ」というカッコ良い名前が私によって封印され、「オショウ」という敬称が全国各地へと広まる事になるが、それは後の話である。

 よく考えたら、「将」とか「笑」のイメージならピッタリだったなーと反省することもあるがそれも後になっての話である。




 

    
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