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第十六夜 サウンドドラゴン
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「ワーハッハッハッハ!」
ここは魔の森。
凶暴なモンスターが多数生息するため立入禁止区域に指定されている森の中に、野太い笑い声が木霊した。
笑い声の主の名前はショウ・ブハン。自他共に認める怪僧であり、何が怪しいと云われても、地面をクロールで泳いで物凄い速さで突き進んでいるといった状況でお分かり頂けるだろうか。
更に奇妙なことに、その怪僧の体に綱の様な物が巻き付いており、それを持った男を先頭に五人の男たちが黒いソリのような物に縦一列に座って引っ張ってもらっているのだ。
豪快に笑いながら地面を泳ぎ進む大男と、それに引っ張られる、色々なものを諦めたかのような表情の無い五人の男達。かなりシュールである。
凶暴で恐れられる、魔の森のモンスター達も近づかないほどに。
「……ホント出鱈目だよな、あの筋肉坊さん。モンスター達が避けていくぜ」
「無理もねえよ。俺だって近づかねえよ」
「多分あれだな、見たことも無い新種のモンスターに見えてるんだな。俺達全員でひとまとめにされて……」
「モンスター達から人間扱いされていないって一体……」
「おい、それよりもあの吸血娘はどこにいる?」
「ちょっと待つんだな、〈生命探査〉〈地形探査〉……ま、マズいんだな!物凄いスピードでこの先の崖に向かっているんだな」
「な、なにぃ!あんな大きな崖、空でも飛べなきゃ越えられないぞ……ってウオオオッ?急にスピードが上がった?」
「ハーッハッハッハ!今行くぞ!待っとれよ美夜殿!」
「な、何だ?この出鱈目なスピードは!」
「これは〈龍脈移動〉なんだな。龍脈の流れに乗って高速移動する、かなり高度な術なんだな」
「これなら追いつけるか?」
「もうすぐ見えるはずなんだな。あ、駄目だな、崖に落ちちゃったんだな」
「「なにぃぃぃぃっ!?」」
ちょうどその時視界が開け、目の前の大きく深い崖に、真っ逆さまに落ちていく少女の姿が男達の目に飛び込んだ。
「うおおおおっ!駄目だ!間に合わねえ!落ちる!落ちていく……って、落ちてねえ!」
「信じらんねえ……飛んで、いや、昇ってやがる!棒を回転させて風を巻き起こして!」
そう、谷底へ落下中に美夜は〈双頭龍の旋風爪〉を発動し、何とか崖の上空まで昇ったのだった。
しかし……
「ああっ!止まってしまったぞ!」
「バカヤロウ、せめて向こう岸に向かって飛びやがれ!真上に飛んでどうすんだよ」
「必死に足をジタバタさせてやがる!頑張れ!」
「駄目なんだな!もう技が続かないんだな!落っこちるんだな!」
「ハーハッハッハ!もう少し踏ん張れよ!フンッ!」
「「……えっ?」」
男達は、何が起こったのか一瞬分からなかった。空中で止まってしまった少女に気を取られ、筋肉坊主が滝を下る様に崖下に向かって突き進むのに気付かなかったのだ。もちろん男達を引っ張ったままで……
「をををををっ!」
崖を今まで以上の猛スピードで下り落ちる男達。はっきり言って怖いなんてものじゃない!
前に座っている汗くさい男の身体に思わずしがみつく。はっきり言って気持ち悪いなんてものじゃない!
そして、男達は見た!
マントをコウモリの翼の様に広げ、スイーッと向こう岸に滑空する少女の姿を!
「「何じゃそりゃー?」」
男達の叫びは、深い谷の底へと消えていったのだった……
私は何とか向こう岸の森の中に広がる草原に降りた。
危なかった……もし、〈双頭龍の旋風爪〉を使って崖の上まで昇れなかったら、宵闇のマントの〈滑空〉も役に立たず再び谷底に墜落していただろう。もし向こう岸に向かって〈双頭龍の旋風爪〉を使っていたら、崖の上まで昇れなかったに違いない。
けれど、だけども……
「女の子が空を飛ぶってアレじゃないでしょー!」
私の魂の叫びが森に響き渡る。
「もっとこうさぁ、背中から天使の羽が生えたり、魔法のホウキで浮かんだり、不思議な光に包まれて思うがままに飛んだり、それこそ夢と希望に溢れているものでしょうが!それがどうしてハチに追われてターザンの様に木々を移動して、崖に向かって放り出されたり、ヘリコプターの様に棒を必死に振り回して浮かび上がって、最後にハングライダーの様にマントを広げて優雅に降りるならまだしも、いきなりマントが元に戻って不時着しちゃうのよ!」
……しまった、文頭で上手く隠していたのに自分で叫んで台無しにしてしまった。
そう、この草原の上空に差し掛かった途端〈滑空〉の効果がいきなり切れて私は墜落してしまったのだ。上手く受け身をとってゴロゴロと転がらなかったら大ダメージを受けていただろう。道場の厳しい稽古に感謝である。
しかし、それにしても最初に落ちた地面が随分と柔らかかった様な……
「グ、グルルル……」
背後から聞こえてきた苦しそうな唸り声に、恐る恐る振り返る私。
何とそこには、仰向けにひっくり返ったドラゴンさんが苦しそうにしているではありませんか!
もしかしなくても、私あの柔らかそうなお腹の上にメテオストライクしちゃったみたい。多分、気持ち良くお昼寝してたんだろうなー。
そういえば私、遠い昔に二段ベッドの上から寝ぼけて落っこちて、寝ている弟のお腹の上にやっぱりメテオストライクしちゃった事あるんだよね。
あの時、泣きわめく弟にひたすら謝って許してもらったけど、このドラゴンさん許してくれるだろうか。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。申し訳ありません。ごめんなさい……」
「ハッハッハ、無事だった様だな美夜殿。……で一体何をやっておるのかの?」
私が誠心誠意、仰向けになって苦しんでるドラゴンさんに土下座して謝っていると、木々の向こうからオショウ達が追いついてきた。
「あ、オショウ。いいところにきてくれたわ。……ってそっちは無事じゃなかったみたいね」
「……落ちる、落ちていくよ」
「あり得ないんだな……崖を下り落ちた勢いで崖を登りきるなんて、あり得ないんだな」
「俺達、生きてるのか?いや、そんなわけないよな。だって、崖に落ちて天に昇ったんだから」
オショウが引っ張ってきた黒いソリに乗ったゴラン達は、皆半死半生の虫の息でした。
「……何があったのかは何となく分かったわ。それよりも、私お昼寝しているドラゴンさんにメテオストライクしちゃったのよ。お願い、回復してあげて」
「何とまあ、むごいことを。気持ち良く寝ていた所に、腹に強烈な一撃を喰らわせるなど悪鬼羅刹の所業よ。どれ今、回復魔法を……」
お願いします。トラウマになっているので、もう勘弁して下さい。
こちらに近付こうとしたオショウが不意に立ち止まる。
「どうしたの?オショウ」
「スマンがもう手遅れの様だな。結界が張られてそっちへ近付けん」
「結界って?」
そこに、大音声の怒りの咆哮が響き渡る!
もちろん、激オコのドラゴンさんのものだ。
〔フィールドボス・サウンドドラゴンが現れました〕
〔戦いの結界に包まれました。逃げることは出来ません〕
フィールドボス?戦いの結界?
つまり、この草原はボス部屋だったってこと?だから上空を通過しようとした私が強制的に叩き落とされたのね。
……ということは、私そんなに悪くないんじゃね?そうよ、これは不幸な事故なのよ!
よーし、気持ちの切り替え完了。これで心おきなく戦えるってもんよ。
「ゲッ!あれはサウンドドラゴンじゃねえか!」
「俺達五人がかりでも苦戦したんだな。独りじゃ無謀なんだな」
「待ってろ!何とかしてこの結界を解除するからな」
「あのサウンドドラゴン怒り心頭だぜ!見ろよ、頭の上に黒いオーラみたいなのが見えるぞ」
「何だあれ?見たことのないオーラだな」
今の咆哮で正気に戻ったゴラン達が、口々に声をかけてくる。
私も言われてサウンドドラゴンの頭の上に注目すると、状態異常を示すアイコンが浮かんでいる。あれはまさか……
「来なくていいわ!あのドラゴンさんとは私一人で戦うから」
私の言葉に当然戸惑うゴラン達。
「何を馬鹿言ってるんだ!アレに一人で立ち向かうなんて無謀だ」
「あのドラゴンは昔、俺達五人で何とか追い払った相手なんだ。その時の俺たちよりレベルの低い嬢ちゃんが一人で戦っても勝てるわけないだろ」
ゴラン達が説得してくるが、ゲーマーとして引けないわけがある!
「あのドラゴンさん私の〈魔性の魅了〉にかかってるのよ。私一人で戦って力を示せば仲間になってくれるわ」
そう、ドラゴンさんの頭の上のアイコンは黒いハートマーク。あの盗賊達に表れたアイコンと同じものなのだ。
フィールドボスを仲間に出来るチャンス。
それなら、やるっきゃないでしょ!
サウンドドラゴンが大きく翼を広げる。
改めてよく見ると、一般的なドラゴンとは色々違っている。
まず、体を覆うのは鱗ではなく白と黒とねずみ色を基調とした羽毛。翼もコウモリの様な皮膜ではなく鳥の様に前脚が変化した羽である。一般的な翼竜がイメージに近いだろう。大きさは軽自動車に長い首と尻尾と翼を足した位かな?
何よりも顔にも毛が生えていて犬っぽくてなんか可愛い。ここ重要!
対する私は、今は太陽が高く昇る昼なので、ステータスは基準値の三分の二。MP小回復があるので、植物操作や地形操作を中心に戦っていこう。今のステータスで〈闘気法〉を使うとすぐに行動不能になるからね。
しかし、サウンドドラゴンなんて聞いたことない名前だけど、一体どんな攻撃を……
すると、サウンドドラゴンが翼をはためかせ、フワリと浮き上がった!
「来るぞ!まずは足蹴りと長い尻尾の横薙ぎ攻撃だ!」
「ああ、あれでゴランの奴がいきなりぶっ飛ばされたんだな」
「…………」
「ハッハッハ、そりゃ災難だったのう」
アドバイスありがとう。
彼らの言葉通りに足蹴りがきたのでそれを避けると、ギュンと体をひねって太い尻尾が鞭の様に襲いかかる!
「〈リーフシールド〉!」
打撃攻撃に強い〈リーフシールド〉で尻尾を受け止めるが、なかなかの衝撃。けれどダメージは無し!
そのまま尻尾を両手で掴み、体を入れ替えながら捻り回す!
小手返しならぬ尻尾返しだ!
空中に浮いていたサウンドドラゴンは当然踏ん張れず、地面に激突する。それなら当然、
「〈大地の牙〉!」
地面から突き立った牙がサウンドドラゴンに突き刺さる!あれだけの巨体が尖った地面に激突したのだ。ダメージは相当だろう。
「〈木の刃スラッシュ〉!」
激痛で暴れ回るサウンドドラゴンに迂闊に近付けば、こちらがダメージを受けるので、葉っぱを手裏剣の様に飛ばして攻撃。
魔法が再び使えるようになるまでしばらくかかるので、一旦攻撃中止すると、サウンドドラゴンが復活。こちらを睨み付けると、翼に力を溜めて大きく広げる。
「〈フェザーショット〉が来るぞ!」
「羽根を矢のように何本もまとめて飛ばして来るぞ!あれでゴランの奴は全身ハリネズミになったんだ」
「………」
「ハッハッハ、ゴラン、落ち込むな。まあ良くあることよ」
「それなら、〈ぬりかべ召喚〉!」
ズモモモッ!と土壁がせり上がり、多数の襲い来る羽根矢を防いでくれる。
それを見たサウンドドラゴンが、突進して尻尾の一撃をかましてくる!
砕け散る土壁!だが甘い。私はすでに其処にはいない。
「〈草薙ブレード〉!」
ズバッ、ズバババッ!
その尻尾攻撃には、相手に背を向けるため、どうしても一瞬目標を視界から外してしまう弱点が在るのだよ。そのタイミングで移動して、土壁を破壊して動きが止まった瞬間なら、死角から攻撃入れ放題となるのだ。
たまらず、叫び声を上げて逃げ出すサウンドドラゴン。
「〈ローズウイップ〉!」
逃げる背に向け、長いイバラの鞭で追撃の連続攻撃。よし!かなりのダメージを与えている。
「なあ、なんかおかしくないか?」
そんな私の攻撃を見て、男達の一人が首をかしげる。
「あの娘のレベルはまだ6なんだろ?なんであんな強力な〈植物操作〉が使えるんだ?」
それを聞いて男達が騒ぎ出す。
「確かにそうなんだな。〈アースシールド〉は尻尾の一撃で砕けたのに、〈リーフシールド〉で防いだときはダメージを受けてなかったんだな」
「ていうか、明らかにおかしいだろう。なんでレベル6であんなに多くの技を使えるんだ?せいぜい二つも使えればいい方だろう。あのイバラの鞭なんて、レベル10以上で覚える技だぞ」
それはね、私の体内にある謎の種子が、戦闘経験値を吸い取っちゃってるからなんですよ。
しかし、この〈ローズウイップ〉がレベル10以上って、もしかして種子の方が私よりレベルが高い?
「バカヤロウ!油断するんじゃねえ!耳を……」
それまで、押し黙っていたゴランが大きく叫ぶ!
グルゥワアアオン!!
その叫びを打ち消す大音量の咆哮が私を襲う!
その咆哮は凄まじく、ゴラン達が何か叫んでいるが全く聞こえない……いや違う!何も聞こえない!音が消えた。それにフラフラして立っていられず、膝をついてしまう。
〔状態異常〈聴覚麻痺〉になりました〕
〔状態異常〈三半規管麻痺〉になりました〕
ああっ、しまった!と後悔してももう遅い。すかさず放たれたフェザーショットが何本も私に突き刺さる!
けれど、痛みもダメージもたいしたことはない。となると……
〔状態異常〈全身麻痺〉になりました〕
ああっ、やっぱり!これ二昔前に流行った経絡だか経穴を突いて体の自由を奪う攻撃だ。
マズい!本当に指先一つ動かせない。
そんでもって、サウンドドラゴンが大きく息を吸い込んでいる。あれはブレス攻撃に違いない!音の振動波なんかを放つつもりだ!
どうする?
ここは魔の森。
凶暴なモンスターが多数生息するため立入禁止区域に指定されている森の中に、野太い笑い声が木霊した。
笑い声の主の名前はショウ・ブハン。自他共に認める怪僧であり、何が怪しいと云われても、地面をクロールで泳いで物凄い速さで突き進んでいるといった状況でお分かり頂けるだろうか。
更に奇妙なことに、その怪僧の体に綱の様な物が巻き付いており、それを持った男を先頭に五人の男たちが黒いソリのような物に縦一列に座って引っ張ってもらっているのだ。
豪快に笑いながら地面を泳ぎ進む大男と、それに引っ張られる、色々なものを諦めたかのような表情の無い五人の男達。かなりシュールである。
凶暴で恐れられる、魔の森のモンスター達も近づかないほどに。
「……ホント出鱈目だよな、あの筋肉坊さん。モンスター達が避けていくぜ」
「無理もねえよ。俺だって近づかねえよ」
「多分あれだな、見たことも無い新種のモンスターに見えてるんだな。俺達全員でひとまとめにされて……」
「モンスター達から人間扱いされていないって一体……」
「おい、それよりもあの吸血娘はどこにいる?」
「ちょっと待つんだな、〈生命探査〉〈地形探査〉……ま、マズいんだな!物凄いスピードでこの先の崖に向かっているんだな」
「な、なにぃ!あんな大きな崖、空でも飛べなきゃ越えられないぞ……ってウオオオッ?急にスピードが上がった?」
「ハーッハッハッハ!今行くぞ!待っとれよ美夜殿!」
「な、何だ?この出鱈目なスピードは!」
「これは〈龍脈移動〉なんだな。龍脈の流れに乗って高速移動する、かなり高度な術なんだな」
「これなら追いつけるか?」
「もうすぐ見えるはずなんだな。あ、駄目だな、崖に落ちちゃったんだな」
「「なにぃぃぃぃっ!?」」
ちょうどその時視界が開け、目の前の大きく深い崖に、真っ逆さまに落ちていく少女の姿が男達の目に飛び込んだ。
「うおおおおっ!駄目だ!間に合わねえ!落ちる!落ちていく……って、落ちてねえ!」
「信じらんねえ……飛んで、いや、昇ってやがる!棒を回転させて風を巻き起こして!」
そう、谷底へ落下中に美夜は〈双頭龍の旋風爪〉を発動し、何とか崖の上空まで昇ったのだった。
しかし……
「ああっ!止まってしまったぞ!」
「バカヤロウ、せめて向こう岸に向かって飛びやがれ!真上に飛んでどうすんだよ」
「必死に足をジタバタさせてやがる!頑張れ!」
「駄目なんだな!もう技が続かないんだな!落っこちるんだな!」
「ハーハッハッハ!もう少し踏ん張れよ!フンッ!」
「「……えっ?」」
男達は、何が起こったのか一瞬分からなかった。空中で止まってしまった少女に気を取られ、筋肉坊主が滝を下る様に崖下に向かって突き進むのに気付かなかったのだ。もちろん男達を引っ張ったままで……
「をををををっ!」
崖を今まで以上の猛スピードで下り落ちる男達。はっきり言って怖いなんてものじゃない!
前に座っている汗くさい男の身体に思わずしがみつく。はっきり言って気持ち悪いなんてものじゃない!
そして、男達は見た!
マントをコウモリの翼の様に広げ、スイーッと向こう岸に滑空する少女の姿を!
「「何じゃそりゃー?」」
男達の叫びは、深い谷の底へと消えていったのだった……
私は何とか向こう岸の森の中に広がる草原に降りた。
危なかった……もし、〈双頭龍の旋風爪〉を使って崖の上まで昇れなかったら、宵闇のマントの〈滑空〉も役に立たず再び谷底に墜落していただろう。もし向こう岸に向かって〈双頭龍の旋風爪〉を使っていたら、崖の上まで昇れなかったに違いない。
けれど、だけども……
「女の子が空を飛ぶってアレじゃないでしょー!」
私の魂の叫びが森に響き渡る。
「もっとこうさぁ、背中から天使の羽が生えたり、魔法のホウキで浮かんだり、不思議な光に包まれて思うがままに飛んだり、それこそ夢と希望に溢れているものでしょうが!それがどうしてハチに追われてターザンの様に木々を移動して、崖に向かって放り出されたり、ヘリコプターの様に棒を必死に振り回して浮かび上がって、最後にハングライダーの様にマントを広げて優雅に降りるならまだしも、いきなりマントが元に戻って不時着しちゃうのよ!」
……しまった、文頭で上手く隠していたのに自分で叫んで台無しにしてしまった。
そう、この草原の上空に差し掛かった途端〈滑空〉の効果がいきなり切れて私は墜落してしまったのだ。上手く受け身をとってゴロゴロと転がらなかったら大ダメージを受けていただろう。道場の厳しい稽古に感謝である。
しかし、それにしても最初に落ちた地面が随分と柔らかかった様な……
「グ、グルルル……」
背後から聞こえてきた苦しそうな唸り声に、恐る恐る振り返る私。
何とそこには、仰向けにひっくり返ったドラゴンさんが苦しそうにしているではありませんか!
もしかしなくても、私あの柔らかそうなお腹の上にメテオストライクしちゃったみたい。多分、気持ち良くお昼寝してたんだろうなー。
そういえば私、遠い昔に二段ベッドの上から寝ぼけて落っこちて、寝ている弟のお腹の上にやっぱりメテオストライクしちゃった事あるんだよね。
あの時、泣きわめく弟にひたすら謝って許してもらったけど、このドラゴンさん許してくれるだろうか。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。申し訳ありません。ごめんなさい……」
「ハッハッハ、無事だった様だな美夜殿。……で一体何をやっておるのかの?」
私が誠心誠意、仰向けになって苦しんでるドラゴンさんに土下座して謝っていると、木々の向こうからオショウ達が追いついてきた。
「あ、オショウ。いいところにきてくれたわ。……ってそっちは無事じゃなかったみたいね」
「……落ちる、落ちていくよ」
「あり得ないんだな……崖を下り落ちた勢いで崖を登りきるなんて、あり得ないんだな」
「俺達、生きてるのか?いや、そんなわけないよな。だって、崖に落ちて天に昇ったんだから」
オショウが引っ張ってきた黒いソリに乗ったゴラン達は、皆半死半生の虫の息でした。
「……何があったのかは何となく分かったわ。それよりも、私お昼寝しているドラゴンさんにメテオストライクしちゃったのよ。お願い、回復してあげて」
「何とまあ、むごいことを。気持ち良く寝ていた所に、腹に強烈な一撃を喰らわせるなど悪鬼羅刹の所業よ。どれ今、回復魔法を……」
お願いします。トラウマになっているので、もう勘弁して下さい。
こちらに近付こうとしたオショウが不意に立ち止まる。
「どうしたの?オショウ」
「スマンがもう手遅れの様だな。結界が張られてそっちへ近付けん」
「結界って?」
そこに、大音声の怒りの咆哮が響き渡る!
もちろん、激オコのドラゴンさんのものだ。
〔フィールドボス・サウンドドラゴンが現れました〕
〔戦いの結界に包まれました。逃げることは出来ません〕
フィールドボス?戦いの結界?
つまり、この草原はボス部屋だったってこと?だから上空を通過しようとした私が強制的に叩き落とされたのね。
……ということは、私そんなに悪くないんじゃね?そうよ、これは不幸な事故なのよ!
よーし、気持ちの切り替え完了。これで心おきなく戦えるってもんよ。
「ゲッ!あれはサウンドドラゴンじゃねえか!」
「俺達五人がかりでも苦戦したんだな。独りじゃ無謀なんだな」
「待ってろ!何とかしてこの結界を解除するからな」
「あのサウンドドラゴン怒り心頭だぜ!見ろよ、頭の上に黒いオーラみたいなのが見えるぞ」
「何だあれ?見たことのないオーラだな」
今の咆哮で正気に戻ったゴラン達が、口々に声をかけてくる。
私も言われてサウンドドラゴンの頭の上に注目すると、状態異常を示すアイコンが浮かんでいる。あれはまさか……
「来なくていいわ!あのドラゴンさんとは私一人で戦うから」
私の言葉に当然戸惑うゴラン達。
「何を馬鹿言ってるんだ!アレに一人で立ち向かうなんて無謀だ」
「あのドラゴンは昔、俺達五人で何とか追い払った相手なんだ。その時の俺たちよりレベルの低い嬢ちゃんが一人で戦っても勝てるわけないだろ」
ゴラン達が説得してくるが、ゲーマーとして引けないわけがある!
「あのドラゴンさん私の〈魔性の魅了〉にかかってるのよ。私一人で戦って力を示せば仲間になってくれるわ」
そう、ドラゴンさんの頭の上のアイコンは黒いハートマーク。あの盗賊達に表れたアイコンと同じものなのだ。
フィールドボスを仲間に出来るチャンス。
それなら、やるっきゃないでしょ!
サウンドドラゴンが大きく翼を広げる。
改めてよく見ると、一般的なドラゴンとは色々違っている。
まず、体を覆うのは鱗ではなく白と黒とねずみ色を基調とした羽毛。翼もコウモリの様な皮膜ではなく鳥の様に前脚が変化した羽である。一般的な翼竜がイメージに近いだろう。大きさは軽自動車に長い首と尻尾と翼を足した位かな?
何よりも顔にも毛が生えていて犬っぽくてなんか可愛い。ここ重要!
対する私は、今は太陽が高く昇る昼なので、ステータスは基準値の三分の二。MP小回復があるので、植物操作や地形操作を中心に戦っていこう。今のステータスで〈闘気法〉を使うとすぐに行動不能になるからね。
しかし、サウンドドラゴンなんて聞いたことない名前だけど、一体どんな攻撃を……
すると、サウンドドラゴンが翼をはためかせ、フワリと浮き上がった!
「来るぞ!まずは足蹴りと長い尻尾の横薙ぎ攻撃だ!」
「ああ、あれでゴランの奴がいきなりぶっ飛ばされたんだな」
「…………」
「ハッハッハ、そりゃ災難だったのう」
アドバイスありがとう。
彼らの言葉通りに足蹴りがきたのでそれを避けると、ギュンと体をひねって太い尻尾が鞭の様に襲いかかる!
「〈リーフシールド〉!」
打撃攻撃に強い〈リーフシールド〉で尻尾を受け止めるが、なかなかの衝撃。けれどダメージは無し!
そのまま尻尾を両手で掴み、体を入れ替えながら捻り回す!
小手返しならぬ尻尾返しだ!
空中に浮いていたサウンドドラゴンは当然踏ん張れず、地面に激突する。それなら当然、
「〈大地の牙〉!」
地面から突き立った牙がサウンドドラゴンに突き刺さる!あれだけの巨体が尖った地面に激突したのだ。ダメージは相当だろう。
「〈木の刃スラッシュ〉!」
激痛で暴れ回るサウンドドラゴンに迂闊に近付けば、こちらがダメージを受けるので、葉っぱを手裏剣の様に飛ばして攻撃。
魔法が再び使えるようになるまでしばらくかかるので、一旦攻撃中止すると、サウンドドラゴンが復活。こちらを睨み付けると、翼に力を溜めて大きく広げる。
「〈フェザーショット〉が来るぞ!」
「羽根を矢のように何本もまとめて飛ばして来るぞ!あれでゴランの奴は全身ハリネズミになったんだ」
「………」
「ハッハッハ、ゴラン、落ち込むな。まあ良くあることよ」
「それなら、〈ぬりかべ召喚〉!」
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それを見たサウンドドラゴンが、突進して尻尾の一撃をかましてくる!
砕け散る土壁!だが甘い。私はすでに其処にはいない。
「〈草薙ブレード〉!」
ズバッ、ズバババッ!
その尻尾攻撃には、相手に背を向けるため、どうしても一瞬目標を視界から外してしまう弱点が在るのだよ。そのタイミングで移動して、土壁を破壊して動きが止まった瞬間なら、死角から攻撃入れ放題となるのだ。
たまらず、叫び声を上げて逃げ出すサウンドドラゴン。
「〈ローズウイップ〉!」
逃げる背に向け、長いイバラの鞭で追撃の連続攻撃。よし!かなりのダメージを与えている。
「なあ、なんかおかしくないか?」
そんな私の攻撃を見て、男達の一人が首をかしげる。
「あの娘のレベルはまだ6なんだろ?なんであんな強力な〈植物操作〉が使えるんだ?」
それを聞いて男達が騒ぎ出す。
「確かにそうなんだな。〈アースシールド〉は尻尾の一撃で砕けたのに、〈リーフシールド〉で防いだときはダメージを受けてなかったんだな」
「ていうか、明らかにおかしいだろう。なんでレベル6であんなに多くの技を使えるんだ?せいぜい二つも使えればいい方だろう。あのイバラの鞭なんて、レベル10以上で覚える技だぞ」
それはね、私の体内にある謎の種子が、戦闘経験値を吸い取っちゃってるからなんですよ。
しかし、この〈ローズウイップ〉がレベル10以上って、もしかして種子の方が私よりレベルが高い?
「バカヤロウ!油断するんじゃねえ!耳を……」
それまで、押し黙っていたゴランが大きく叫ぶ!
グルゥワアアオン!!
その叫びを打ち消す大音量の咆哮が私を襲う!
その咆哮は凄まじく、ゴラン達が何か叫んでいるが全く聞こえない……いや違う!何も聞こえない!音が消えた。それにフラフラして立っていられず、膝をついてしまう。
〔状態異常〈聴覚麻痺〉になりました〕
〔状態異常〈三半規管麻痺〉になりました〕
ああっ、しまった!と後悔してももう遅い。すかさず放たれたフェザーショットが何本も私に突き刺さる!
けれど、痛みもダメージもたいしたことはない。となると……
〔状態異常〈全身麻痺〉になりました〕
ああっ、やっぱり!これ二昔前に流行った経絡だか経穴を突いて体の自由を奪う攻撃だ。
マズい!本当に指先一つ動かせない。
そんでもって、サウンドドラゴンが大きく息を吸い込んでいる。あれはブレス攻撃に違いない!音の振動波なんかを放つつもりだ!
どうする?
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皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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