カースブレイカーズ 〜美夜ちゃんは呪われた幻夢世界をひっくり返す!〜

ユキマサ

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第十九夜  スフォン攻防戦

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 私達と「影馬車隊」が無事に(一頭の憐れな馬を除く)スフォンの村に到着してからしばらく経った。
 今も村の入口、結界が一部解かれた場所で、激しい戦いが続いている。

「ハッハーッ!〈奈落落とし〉からの〈噴土の拳〉ぃ!」

 オショウが笑いながら、地形操作でモンスター達をぶっ飛ばしている。と同時に、モンスター達が動けない村人達に近付けない様に土壁を作っているのだ。

「〈影槍〉の術!なんだな」

 土壁が作り出す影を利用して、〈闇影操作〉で影の槍を地面から多数突き出して攻撃するナナンダさん。
 しかし、相手の主力であるブラックゴブリンやダークウルフは素早く動き、槍衾を躱していく。

「ホイ、〈影引き〉の術」

 おおっ!ナナンダさんが素早く身を引くと、彼の前方にいたダークウルフ三体がバランスを崩して足踏みした!ナナンダさんこうなるように狼達を自分の影の上に誘導したな。

「そんで〈影牢〉の術なんだな」

 動きの止まった三体のダークウルフを影で造った鳥籠に閉じ込めるナナンダさん。しかし、

「ガウッ!」「ガウッ!」「ガウッ!」

 牢の外に出ていたダークウルフの影から主人を助けようと三体のシャドウウルフが飛び出した!まずい!ナナンダさんは〈影牢〉を発動していて動けない!
 
「〈疾風の矢〉」

 風を纏った矢がシャドウウルフ達に打ち込まれる。
 いつの間にか土壁の上に登った狩人のニックが援護射撃してくれたのだ。

「助かったんだな、〈影槍〉の術!」

「(コクリ)、〈炎の矢〉」

 地面から伸びる影の槍と、上空から降りそそぐ炎の矢に、影の牢に囚われたダークウルフは逃げる事も出来ずに貫かれたのだった。
 彼らは余裕を持ってダークウルフを倒したが、やはりモンスターのレベルが高い。誘導や足止めをしなければ攻撃が当たらないのだ。
 だが、そんなことお構いなく最前線の門の前に立つ武人が一人。修行僧のレンバさん。

「〈髪の鎧〉」

 たすき掛けにしてまとめていた長い長い三つ編みが独りでに解け、身体に巻き付いていく。
 髪の糸は編み込まれ布となり、全身を覆う漆黒のボディスーツへと変わっていった。

 ……レンバさんが仮面ライダーに変身しちゃったよ。

 それを取り囲むブラックゴブリンの群れ。まんま昭和ライダーと悪の戦闘員の戦いのシーンである。
 次々と襲いかかるブラックゴブリン。手に持った様々な刃物で斬りかかる。
 しかし、ナナンダさんは言っていた。彼の髪の毛は並の刃物では切れないと。ゴブリンの手入れのされていない刃物など通じる筈がない。ノーガードで複数のゴブリンの攻撃を受け止めるレンバさん。

「〈髪拳〉(ばっけん)!」

 レンバさんにかかっている〈荒髪〉の自動攻撃と、彼が鍛え上げた拳法の技が見事に融合し、ゴブリン達をあっという間に殴り飛ばしていく。
 そう、彼は自らを囮にして、素早いブラックゴブリン達を引きつけているのだ。

「ム……、流石にしぶといな」

 ヨロヨロと立ち上がるブラックゴブリン。力はたいしたことないが、スピードと耐久力が凄まじい。ホント、厨房の黒いアンチクショウを連想する奴らである。
 レンバさんが構えを取る。全身をとりわけ右腕を大きく捻り掌を広げる。あれは仁王像の構え!

「〈波紋掌〉!」

 ギリリ、とスーツの捻れる音がここまで聞こえる程に溜められた力を一気に放ち一匹のブラックゴブリンに掌底を打ち込んだ!

「外から打っても耐えるなら、内側から破壊するまで。〈髪拳〉で強化された浸透勁に、〈水流操作〉の力を乗せ、貴様の体内の水分を暴走させた」

 残酷な解説をしてあげてるレンバさん……かなりのSである。アンタ仮にも僧侶でしょ?
 掌底を打ち込まれたゴブリンは、二、三歩後ろに下がり、そして大きく身体を膨張させ爆散したのだった。

 ……必殺技出ちゃったよ。

 そのまま他のゴブリンに向かい、

「次、死にたい奴かかってこい」

 と、どこぞの一子相伝の暗殺拳継承者の様なセリフを言ってゴブリン達の敵意を自分に向けるのであった。



「こらこら、美夜ちゃん。手が止まってるで」

 のんびりと煙管をふかしながら、どうでも良さそうに声をかけてくる陰陽師エルフのネルフ……さん。
 どうも私はこの人がよく分からない。何というかつかみ所がないのだ。
 エルフと言えば金髪で美形、永遠の若さを持っているというイメージだが、この人の金髪は、色あせて茶色を通り越して黄土色、顔もまあ整ってはいるが、やる気の無さそうな目が全てを台無しにしている。若々しさなど微塵も無く、くたびれたオッサンと言った方がしっくりくる。着ている服も、陰陽師という職業の為なのか、ヨレヨレの水干であり、変な京都弁だしで、西洋ファンタジー代表のエルフの要素なぞ、長い耳しか残ってないのだ。
 ……私、このゲーム始めて濃いオッサンとしか接点ないんですけど?ニックさんは若くてハンサムだけど、あからさまに避けられてるし。

「戦闘は、あちらさんに任せとけば大丈夫や。こっちも気張らんと、皆助からんで……ってこっちに来おったわ」

 先程、ナナンダさん達が取り逃がしたブラックゴブリンが二匹こちらに走って来る。
 私は今手が離せないし、護衛役のこのオッサンエルフに防ぎきれるだろうか?
 速い!シャカシャカとフェイントをかけながら、ネルフさんの目の前まで接近して……

 ズベン! ドシャン!

 ……盛大にコケた。

 よく見ると、ゴブリン達の両足に細い細い糸が絡まっている。
 その糸は村人達の避難所を
守る様に足元一帯に張り巡らせていた。

「火焔揚羽の幼虫が吐いた、糸による結界や。そう簡単には突破できへんで」

 そう言うネルフさんの周りには、いつの間にか炎の羽を持った蝶々が無数に舞っていた。
 あれが火焔揚羽か……
 あれ?彼の肩に停まっている火焔揚羽が他のより一回り大きくて雰囲気も何か違うような……って人型の蝶々?つまり妖精!
 まじまじと視る私の視線に気付いたネルフさんがチョイチョイと合図を送ると、炎の羽を持つ妖精がこちらに飛んできた。

「ハジメマシテ。ねるふサマノツマノあかりデス。イゴオミシリオキヲ」

 片言だけど、礼儀正しく挨拶してくれた。花びらで作った服を着ており、大変に可愛らしい。触角が生え、眼も赤い単一色だが、妖しい美しさがある。

「ご挨拶どうもありがとう。私は美夜……って妻ぁ!?」

 人間で言えば十二、三歳位の身体も女性になろうとしている手のひらサイズの妖精が、このオッサンエルフの妻とは……
 犯罪の匂いがする!通報せねば!

「ちょっ、そんないかがわしい目で見んといてえな。ただの主人と使い魔の関係や。まあ、百年以上も一緒におるし、好きに呼ばせとるだけや」

「そんなこと言って、その幼虫あんたとその娘の子じゃあ……」

「怖いこと言わんといてや!こいつらは只のさくらの同族や。わてとさくらはそんな関係やない」

 そんな彼の言葉に、寂しそうに彼女は呟く。

「ワタシ、ねるふサマトノコドモ、ハヤクホシイ」

 さあ!急いでGMにハラスメントコールを……

「何しようとしてるのか分からんけど、嫌な予感しかせんから辞めてや!ほれ、あかり。こいつらにトドメをささんと」

「カシコマリマシタ。ねるふサマ。オマエタチ、イケ!」

 女王の命令を受け、何十羽もの炎の蝶が倒れて動けない二匹のゴブリンにむらがっていく……って怖い怖い怖い!もうひと思いに殺してあげて!美しい炎の蝶がゴブリンの身体に留まるたびに小ダメージが入っていく。ゴブリンは糸に絡まって動けず(火焔揚羽の幼虫が吐いた糸の為、燃えないようである)、どんどん炎に包まれていき、幻想的な炎の美しさと猟奇的な恐ろしさが一緒になった光景だった。
 さらに、焼け焦げたゴブリンの死骸に多数の火焔揚羽の幼虫達が近付いて……いやいやいや、もう見ない!見ないから!
 さあ、こちらも集中だ!
 あっちが戦場なら、こっちもまた戦場だ。
 なんせ私一人で八十余名分の回復料理を作らなければならないのだから。



 暴走した一角馬(ゴラン)が物置に突っ込む直前、レンバさんが髪の手綱を解いてこちらに飛び移り、無事に切り離し成功(仲間を見捨てたともいう)。その直後に、モンスターに襲われているマーレさんを救った後のこと。
 〈陰陽師〉のネルフさんとオショウが村人達の呪いを診ていた。

「また、けったいな呪われ方してんなあ」

 しばらく村人の容態を診た後、ネルフさんが呟く。

「ウム……龍脈から力を奪い、その代わりに呪力を流したのか。この辺りの大地や水に微量な呪力が撒かれ、それを吸収した植物、それを食べた動物や人間に呪力が徐々に溜まっていき、それが一定量に達して呪いが発動したのだな」

 人間が環境に流した有害物質が、食物連鎖で濃縮されて、人間に還ってきたようなものか。

「それって、誰かが呪いをこの辺りの一帯にかけたってこと?」

「誰かではなく何か……やな。龍脈の膨大な力を奪いながら、これだけ広範囲に呪いをかけるなんて真似、人の器では何人がかりでも出来やしません」

「さしあたっては、村人達の呪いを解かんとなあ。しかし、八十人以上となると、拙僧やお主だけではとても力が及ばんぞ」

「それなら心配いらんで。とっておきの霊薬が、もうすぐこっちに突っ込んで来るからなあ」

「ハッハーッ、なるほど。では美夜殿、後は宜しく頼む」

 ……はい?
 意味が分からず首を傾げると、バカーンと建物を壊す音がして隣の物置小屋から出てくる影一つ。
 それは、先程物置小屋に突っ込んだユニコーン。だがしかし、その正体はゴランというただのオッサン。美しく白い身体に羽根が刺さって真っ赤に腫れた臀部がとっても痛々しい。
 そのユニコーンがブルルッと鼻息荒く、ガッガッと脚で地面を削り、怒りの目を私に向けている。
 ……なるほど。
 長い角を私に向けて突進するユニコーン。悲しいかな、そこにはゴランとしての意識はなく、完全にモンスターのソレになっているのだろう。
 ……でなければ、自分がカモネギ状態で狩人の集団に近付いてる状態だと気付けただろうに。
 
 パカラ、パカラ、「!?」ズササーッ!

 チッ、こちらのウェルカム状態に気付かれたか。全員が妖しく笑っていたのがいけなかったらしい。急ブレーキをかけて反転して逃げようとする獲物を、私達が逃がすわけもなく……

「〈グリンウイップ〉!」

「〈影牢〉の術!なんだな」

 私とナナンダさんの術が一角馬を捉え、

「〈変化封じの札〉っと」

 ネルフさんが角に札を張り付け、

「ハッ!」

 レンバさんが肘鉄で角を叩き折った!躊躇など一切無い流れるようなコンビネーションである。
 良し!万能薬の素材、〈一角馬の角〉ゲットだぜ!(非道)

「ヒヒーン」

 憐れな鳴き声を上げて、角を折られたショックで泡を吹いて倒れるユニコーン。
 その姿はどんどん人間に戻っていき、お尻を腫らして気絶している全裸のオッサンになった。
 あまりに憐れで見苦しいので、〈絆草膏〉をゴランの額、お尻、そして股間へと投げ付けてやる。
 許せ、ゴランよ。貴方の犠牲は無駄にはしない。
 その間に、ネルフさんがポイッと水瓶の中に一角馬の角を投げ入れた。

「これで解呪用の霊薬の完成や。じゃ、後頼むわ。美夜ちゃん」

 ……は?

「けったいな呪いって言うたやろ。こん人等の呪いは〈餓鬼地獄〉。何食っても身体が受け付けず吐き出してしまい、目の前に食べ物があっても飢え死にしてしまう恐ろしい呪いや」

「え……じゃあこの人達が倒れてる原因て……」

「ウム、空腹と栄養失調、それに脱水症状だな」

「……で、それを私にどうしろと」

「ハッハッハ。美夜殿の持っている高レベルの料理人スキルで、霊薬を使って美味い料理を作り、それを村人全員に食べさせるのだ。〈餓鬼地獄〉の呪いなんぞぶっ飛ぶような美味い料理を頼むぞ」

「ああ、ちなみに料理人スキルが低いもんが手伝ったら、料理の味も下がってまうから……まあ、気張りや」

 ……八十人以上の料理を一人で作るのも大変というか無理難題なのに、空腹と栄養失調で弱った身体が受け付けて尚且つ、〈餓鬼地獄〉の呪いも打ち負かす様な美味なる料理を作れと。そうおっしゃる訳ね。
 私、現実世界の調理師の仕事の疲れを癒すためにこの世界に来てるんですけど?現実よりも超ハードな仕事量を無茶振りされるって一体どういう事?
 そんな私の苦悩を打ち払う様に……

「お母さん、苦しいよ……お腹空いたよ……」

 小さな女の子が母親に助けを求めているのが耳に入った。

「ほら、栄養たっぷりのスープだよ。頑張ってお食べ」

 だが、女の子は母親の器を持った手を払い、

「イヤッ!変な匂いがする!腐ってる!食べられない!」

「そんなことないよ。さっき作ったばかりの美味しいスープだよ。お願いだから飲んでおくれ」

 けれど、女の子は激しく拒絶するばかり……。悲痛な顔をした母親がとうとう無理矢理口にスープを含ませるも、女の子は泣きながら吐き出してしまう。
 それならばと、母親は自分の口にスープを含み、女の子に口移しでスープを無理矢理飲み込ませた。
 これなら一安心かと思いきや、女の子は胃液と共に吐き出してしまう。

「……苦しいよ。お腹が受け付けてくれないよ……死にたくないよ。お母さんの料理食べたいよ」

 泣きじゃくる娘を抱きしめる母親。母は娘を救えない悲しみに、娘は空腹と死への恐怖に涙していた。

 ……………………………

「ねえ、オショウ」

「何だ」

 互いに抱き合う親子を見つめたまま、私達は話し合う。

「この呪い振りまいた奴って最低のクソ野郎ね」

「そうだな」

「私ならこの最低の呪いぶっ潰せるのね」

「かなり条件は厳しいが、料理人ギルドに入らずに称号を得た美夜殿なら出来ると確信しておるよ」

「じゃあ、後は任せて。その代わり……」

「こっちも任せておけ。モンスター共は一匹たりとも近付けん。ネルフ殿、ここを頼む」

 言って、私とは顔を合わせず戦場に向かっていく。きっと見られたくないのだろう。怒りに満ちた自分の顔を。
 私だって、涙を堪えられずしわくちゃになった顔なんて見られたくない。

「任しとき。結界張っておくわ。しかし、美夜ちゃん。自分大丈夫か?これしか方法はないというても、流石に無茶やで」

 重苦しい空気を和ませようとしたのか、ネルフさんが軽い調子で尋ねてくる。そんな彼の心配に、涙を拭って私は言ってやる。

「年末は毎晩二百人近くの宴会……」

「へっ?」

「ランチタイムは三時間で約八十人のオーダー。夜の客数は百人位かしら……」

「いや、そんな大規模な料理屋あらへんやろ。お城で毎晩パーティーでもやっとるんか?」

 まあ、こちらの世界ではそうだろうね。

「そんな修羅場を毎日四、五人でくぐって来たのがこの私!副調理長として実質的に調理場を取り仕切ってた実力を見せてあげるわ」

 よっしゃ、気合いが入ってきた!やってやろうじゃないの。あんな女の子の涙を見て、奮い立たないようならば料理に携わる資格無し!
 私は材料を確認するために、行商の荷馬車に向かって駆け出した。
 





 


 


    
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