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第二十夜 気合いの回復料理
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行商帰りの荷馬車の中を覗き込む。
この村で採取した薬草などを各地で売りさばき、生活必需品や食料を買って帰るのだとマーレさんは言っていた。
ならば、ここに有る食材はこの地域の呪いを受けていない安全な物だということだ。
タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、カボチャ、ニンニク、レンコン、大豆、燻製肉、小麦粉、片栗粉、それに様々な調味料か……
日持ちする根菜類が中心だけど米はないか……こういう場合にパッと思いつくのはお粥なんだけど、有るものでやっていくしかない。タマネギは弱り切った身体には刺激が強いし、他の野菜もあまり消化に良いとは言えない。燻製肉など論外だ。せめて、最初に口当たりの良いスープを飲ませて、身体に食物を受け入れられる様にしなければ。あとは、大豆を使って豆腐を作る?でもそんな事やったことないし。ん?アレならいけるか……となると、……すれば……ああ、駄目だ。時間が……とあれこれ考えていると、
「あたし達も手伝うニャ」
と声をかけられた。
振り返ると、猫耳少女、鳥人族の少女、豹の獣人、そしてパンダが立っているではないか。
「話はあの上半身ムキムキオジサンから聞かせてもらったニャ。結界に魔力注ぎ込んで戦えないから、手伝わせて欲しいニャ。」
話を聞くと、鳥人族のミャウルから説明を受けたナナンダさん達がモンスターの迎撃を引き受けて交代。早速オショウが〈憤土の拳〉で土壁を作り始めたので、結界を閉じるのを辞めて、土壁に閉じ込められないうちにこちらに避難してきたそうだ。
「じゃあ、あなた達〈料理人〉の称号……」
「持ってないニャ」
私のセリフと一縷の希望をぶった切ってくれたよこの猫耳娘。只でさえ悩んでてイライラしてるのに。いかんいかん、どうにかして落ち着かないと……
「キャッ、耳をモミモミするの辞めるニャ。くすぐったいニャー。コ、コランダ姐さんが〈パン職人〉の称号持ってるから、許して欲しいニャ、アン♡」
ハッ?無意識に癒やしを求めて猫耳少女の猫耳をいじってしまった。余程敏感なのか、顔を真っ赤にしてへたり込むリッカちゃん。……可愛い。
しかし、パンダ獣人のコランダさんが〈パン職人〉とは。直立したパンダが大斧、大盾、金属鎧を付けた外観からは想像も付かない。
……というか、あの毛むくじゃらの手でパン生地捏ねたら、毛入りまくりじゃね?
そんな疑問の眼差しに、コランダさんはフッと笑って(多分)……
「〈メタモルフォーゼ〉!」
あ?ああ!コランダさんがみるみるしぼんでいく?まるで空気が抜けた風船の様に毛皮がフニャフニャになって、って前から縦に割れたぁ?同時に、パンダの頭部も何時の間にか長い髪の毛が編み込まれたものへと変わり、サッと解ける。
着ぐるみを脱ぐように、そこから出てきたのはダイナマイッツ!ダイナマイトボディの美人お姉さんでした!ボボンッ、キュッ、ボンですよ皆さん!小麦色の肌に、パンダの毛皮をバスローブの様に背中に掛け、白と黒のツートンカラーのビキニスタイル。同じカラーのワイルドな髪の毛から突き出たパンダの耳がチャームポイント。
「ふう、この格好は力が弱くなって嫌パンダけどね。街中やパン作りの時は、パンダのままじゃ不便ダから、半獣人形態になるンダよ。これで良いンダろ?」
コクコクコクと思わず頷く。
所々変なイントネーションだけど、そこもワイルドで素敵です。お姉様。でも街中でその格好は別の意味で不便だと思うの。特に胸とか。隣にいるジャガマルクさんがチラチラと見ているよ。
「ジャガ丸!姐さんを変な目で見るんじゃないミャ!」
鳥人族のミャウルが羽根を広げて視線を遮る。
「へ、変な目でなんて見てねえんジャガ!あと、ジャガ丸って呼ぶんジャねえガ」
ミャアジャガ言い合ってる二人はほっとこう。それよりも気になるのはコランダさんの〈パン職人〉の能力だ。
「実家がパン屋でねえ、手伝っているうちに自然と身についパンダよ。小麦粉と水を捏ねてりゃイースト菌を入れなくてもパン生地になる〈パンの手〉、発酵時間なんかを短縮する〈状態促進〉位しかアビリティ持ってないンダけどね」
パンダのパン屋さん!何それ行ってみたい!
「最高です!お姉様!」
これで一番の懸念が解決したよ。
「お姉様ってのは勘弁しておくれよ。でもアタイのパンじゃ食べてくれねえンダよ」
「問題ありません。要はこの霊薬を飲ませれば良いんですからそこでコランダ姉さんには……」
私の説明を聞いたコランダ姉さんは、快く了承してくれた。
「OK、やってやるンダよ。でもすまないね、アタイ等じゃ食材の下ごしらえも出来ないンダ。アンタ一人に、ほとんど全部任せちまうンダよ……ところで、その娘そろそろ解放してくれないか?ずっとイジられて、目を回してるンダが」
言われて気が付くと、リッカちゃんがグッタリしていた。無意識に頭をナデナデしたり、ノドをサスサスしたりしていたらしい。しかも、うちのルカが彼女のシッポをハムハムしてるではないか。どうやらお気に入りのオモチャを見つけたらしい。
「コ、コラ。いけませんルカ。御免なさいね、うちの子がとんだ粗相を。オホホホ……」
お前が主犯だよ。この似たもの主従が……そんな意思が伝わってくる様なジト目で彼女の仲間から睨まれました。……反省。
さあ、気を取り直して、調理を開始しよう。
まずは、霊薬の確認だ。この薬を村人に飲んでもらうのが最大の課題なのだから。
一角馬の角が入った水瓶を覗き込む。ふむ、無色透明で一見普通の水と変わらない。本当に大丈夫だろうか?
すると、何処からともなく声が聞こえる。
(フフフ、水の温度を上げれば、もっとオレ様から濃厚な出汁が出るぜ)
「誰っ?」
声はすれども姿は見えず、というか今のセリフの内容を考えると……
(そう、オレ様は一角馬の角だよ。ミ~ヤちゃん)
〔アビリティ〈素材の声〉が発動しました〕
システムメッセージさん仕事が遅いよ。
そういえば、〈素材の声〉についてはどんな効果か調べてなかった。ヘルプ画面見るか。
──────────────────────────
〈素材の声〉
未知の食材を扱うとき、せめて美味しく調理されたいという食材の意思を受け取る能力。適切なアドバイスを受け取れる。
──────────────────────────
なるほど……うざっ!人の言葉で話してくる食材を切り刻んだり、焼いたり、煮たり、食しろと。いやないわ。
どうにかしてOFFに出来ないかな、と調べてると……
(いやいやいや、このままだと調理失敗するぜ。薬の量が足りねえんだよ。もっと濃度を濃くしねえと村人全員に行き渡らねえぜ。加熱して出汁…じゃねえや薬効を引き出せよ)
フム……〈加熱促進〉を使えば、すぐに水瓶の中身をお湯にすることは出来るが、この一角馬の角は元々ゴランというオッサンの身体の一部。今の状態でもギリギリなのに、煮込んで出汁を取るなんて真似、人間としてやっちゃいけない気がする。
……なので、
「いや、いいわよ。もう一回ゴランを一角馬に変身させて角を取るから」
(鬼か!お前は!)
おかしい。人として当然の判断をしたはずなのに、非難された。いいもん、私どうせ半分吸血鬼だもん。私が加熱したくない訳を話すと、
(あー、そりゃ心配要らねえよ。オレ様は魔力の結晶みたいなもんだ。人間の骨なんかじゃねえから問題ねえよ。問題は、煮込むと薬効も濃く抽出されるが味も濃くなるって事だ。長く煮込みすぎれば、どうやっても、あいつらはミヤちゃんの料理を食べてくれねえ。いいか、オレ様の合図で引き上げるんだぜ)
「OK、分かったわ。それじゃいくわよ。〈加熱促進〉!」
水瓶の中身を大鍋に移して火を付け、〈加熱促進〉をかけると大量の水は瞬く間に沸き上がった。
(いい湯だな、ハハン。いい湯だなっと。く~骨身にしみるねえ。疲れが抜ける様だよ)
いや、アンタは一角馬の角で、抜けてるのは薬効成分だけどね。
(さあて、そろそろ上がるとするかね。3、2、1、今だ!)
ザバッと角を引き上げると、鍋の中の水が琥珀色に輝いた。
(良し!最高の秘薬の完成だ。じゃあな、ミヤちゃん。あいつらを助けてやってくれよな)
そう言い残すと、一角馬の角は光の粒子となって消えていった。
〔最高ランクの〈一角馬の秘薬〉が完成しました〕
……バカ、まだお礼も言ってないのに勝手にいなくなるんじゃないわよ。
「美夜ちゃん、出来パンダよ。こっちに来とくれ」
コランダさんが呼んでいる。感傷に浸ってる場合じゃない。まだ、料理の途中なんだから。私はコランダさんの所へ急ぎ向かった。
「これパンダ(なんだ)けどね、どうするかね」
コランダさんの扱ってる鍋を覗くと、大豆は見事に水を吸って膨らんでいた。
そう、コランダさんの〈状態促進〉で一晩かかる大豆の水戻しを時間短縮してやって貰ったのだ。
けれど、これの何が問題なのか?
(お、お、おれ達ゃ岩鉄大豆団!ちょっとやそっとじゃ崩れない~)
……鍋の中から合唱が聞こえてくるんですけど!
「この大豆は、ぶつけりゃ鬼も逃げ出す程堅いし、破魔の効力も有るンダけどねえ、空気に触れるとすぐ堅くなるから、水の中で強く掻き混ぜて砕くンダけど、半日はかかるんだよ。どうしたもんかね?」
どうやらコランダさんにはこの歌は聞こえていないようだ。とりあえず、水を取り替え秘薬を少し混ぜながら考える。
なるほど……この世界にはミキサーなんて無いものね。
さて、どうしたものか?強く回転、回転といえば……
「〈螺旋緑の一鬼〉」
必殺コンボ発動!
樹の棒から伸びた螺旋状の蔓が高速回転。それを鍋に突っ込むと、瞬く間に岩鉄大豆は砕けていく。
「こんな強力な技を、料理に使うパンて……」
コランダさんが驚くやら呆れるやらの声を上げる。
(回る~ま~わる~よ、おれ達ゃ~回る。別~れと出会い~を繰り返~し)
楽しそうに岩鉄大豆達が、どこかで聞いた様なメロディーで合唱している。
(今日は~砕~け~た大~豆達~も、生呉にな~って、食べられ~るよ~)
満足したのだろうか、歌声がピタリと止んだ。
よし!出来上がった生呉をさらしで濾して豆乳とおからに分ける。その作業の最中に皆の戦いが眼に入ったり、火焔揚羽の妖精あかりちゃんを紹介されたが、それは別の話。
〔高ランクの〈岩鉄豆乳〉が完成しました〕
さあ、次はカボチャだ。大分時間がかかった。急がなければ。スイカ程ある大きなカボチャを見る。
(ワシは甲鉄カボチャ。モンスターの牙なぞ軽く跳ね返してくれるわ。切れるものなら切ってみろい!)
やっぱりかいっ!
そうすると、他の野菜も……私は〈素材の声〉に耳をかたむける。
〈弾葱〉……鋭い刃物で細胞を壊さずに切らないと、弾丸の様に飛んで行くタマネギ。当たれば涙が止まらない。
〈忍参〉……二股状の人参。素早く切らないと分身、変わり身を使いすぐに逃げ出す。
〈邪眼芋〉……切り口から眼の模様状に芽が生え、それを見た者は麻痺するジャガイモ。一瞬で六等分以上に切れば芽は生えない。
〈恋根〉……連結している節を切り離すと、磁石の様に引き寄せ合うレンコン。その際の衝撃は凄まじい。
彼らの言葉を要約するとこうなった。
この世界って、グルメ界?
そりゃ、料理人ギルドや調理許可証が必要だよ。この村の人達、何でこんなクセの強い野菜買い込んできたの?ていうか、コイツらほとんどモンスターじゃね?
「仕方ないニャ。央都以外の土地は呪われていて、こんなたくましい作物しか育たないニャ」
これ、たくましいで済ませちゃうんだ?最初の都で普通の野菜が買えた理由が分かったよ。
「でも、その分栄養価も高いし様々な効果も付くミャ。凄腕の料理人は材料を武器にして戦うって聞いてるミャ」
そりゃ、弾葱や邪眼芋なんてちょっと切ったら、催涙弾や邪眼の盾に早変わりだもんね。でも、食べ物で戦うのはちょっと……
「毎年、収穫の時には騎士団の出動を要請されるんジャガ、央都から離れる程危険だと聞いてるんジャガ」
騎士団って戦争や大型魔獣討伐が専門だよね!何と戦争してるの?
「そんな厄介な素材を法外な料金で調理する奴等が闇の料理人でね。表の料理人ギルドと長年交戦してるンダよ」
はい、料理バトル漫画の王道来ましたよ!絶対に関わらない様にしよう。
ツッコミ処は多いが、まずはこの野菜を切る事が優先だ。時間も無いし一気にやるか。
私は指示を出し、素早さの高いリッカ、ミャウル、ジャガマルクにボウルを持って待機させ、コランダさんに声をかける。
「では、コランダさん。どんどんお願いします」
「あいよ。まずはカボチャだ」
大きく放り投げられる甲鉄カボチャ。
「〈双頭龍の旋風連牙爪〉!」
〈闘気法〉で高められた私の気が棒に宿り双頭の龍の形を作る。それを高速回転させれば風を起こし、嵐を呼び、鋭い風の刃を巻き起こす!
この私の最大の技で……野菜を切る!
甲鉄カボチャ十個を一刀両断!
「次、弾葱お願いします」
この技は消費が激しい。一気に決めなければ。
鋭い風の刃が弾葱の細胞を潰さずに切り刻む。
「次っ!」
次々に投げ込まれる忍参、邪眼芋を瞬時に細断していく。これなら逃走や反撃されまい。
「ニャアアアアア!」
「ミャアアアアア!」
「ジャガガガガガ!」
ボウルを持って必死に切られた野菜を受け止めていく三人の悲鳴が聞こえる。
「怖いニャ!必殺技の余波が襲ってくるニャ」
「料理ってこんな命懸けなもんミャの?普通に戦ってた方が楽ミャよ!」
「ウッ!切り損ねた邪眼芋の芽で麻痺ったんジャガ」
そう!料理って気合いで戦いだ!(違うと思う)
この村で採取した薬草などを各地で売りさばき、生活必需品や食料を買って帰るのだとマーレさんは言っていた。
ならば、ここに有る食材はこの地域の呪いを受けていない安全な物だということだ。
タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、カボチャ、ニンニク、レンコン、大豆、燻製肉、小麦粉、片栗粉、それに様々な調味料か……
日持ちする根菜類が中心だけど米はないか……こういう場合にパッと思いつくのはお粥なんだけど、有るものでやっていくしかない。タマネギは弱り切った身体には刺激が強いし、他の野菜もあまり消化に良いとは言えない。燻製肉など論外だ。せめて、最初に口当たりの良いスープを飲ませて、身体に食物を受け入れられる様にしなければ。あとは、大豆を使って豆腐を作る?でもそんな事やったことないし。ん?アレならいけるか……となると、……すれば……ああ、駄目だ。時間が……とあれこれ考えていると、
「あたし達も手伝うニャ」
と声をかけられた。
振り返ると、猫耳少女、鳥人族の少女、豹の獣人、そしてパンダが立っているではないか。
「話はあの上半身ムキムキオジサンから聞かせてもらったニャ。結界に魔力注ぎ込んで戦えないから、手伝わせて欲しいニャ。」
話を聞くと、鳥人族のミャウルから説明を受けたナナンダさん達がモンスターの迎撃を引き受けて交代。早速オショウが〈憤土の拳〉で土壁を作り始めたので、結界を閉じるのを辞めて、土壁に閉じ込められないうちにこちらに避難してきたそうだ。
「じゃあ、あなた達〈料理人〉の称号……」
「持ってないニャ」
私のセリフと一縷の希望をぶった切ってくれたよこの猫耳娘。只でさえ悩んでてイライラしてるのに。いかんいかん、どうにかして落ち着かないと……
「キャッ、耳をモミモミするの辞めるニャ。くすぐったいニャー。コ、コランダ姐さんが〈パン職人〉の称号持ってるから、許して欲しいニャ、アン♡」
ハッ?無意識に癒やしを求めて猫耳少女の猫耳をいじってしまった。余程敏感なのか、顔を真っ赤にしてへたり込むリッカちゃん。……可愛い。
しかし、パンダ獣人のコランダさんが〈パン職人〉とは。直立したパンダが大斧、大盾、金属鎧を付けた外観からは想像も付かない。
……というか、あの毛むくじゃらの手でパン生地捏ねたら、毛入りまくりじゃね?
そんな疑問の眼差しに、コランダさんはフッと笑って(多分)……
「〈メタモルフォーゼ〉!」
あ?ああ!コランダさんがみるみるしぼんでいく?まるで空気が抜けた風船の様に毛皮がフニャフニャになって、って前から縦に割れたぁ?同時に、パンダの頭部も何時の間にか長い髪の毛が編み込まれたものへと変わり、サッと解ける。
着ぐるみを脱ぐように、そこから出てきたのはダイナマイッツ!ダイナマイトボディの美人お姉さんでした!ボボンッ、キュッ、ボンですよ皆さん!小麦色の肌に、パンダの毛皮をバスローブの様に背中に掛け、白と黒のツートンカラーのビキニスタイル。同じカラーのワイルドな髪の毛から突き出たパンダの耳がチャームポイント。
「ふう、この格好は力が弱くなって嫌パンダけどね。街中やパン作りの時は、パンダのままじゃ不便ダから、半獣人形態になるンダよ。これで良いンダろ?」
コクコクコクと思わず頷く。
所々変なイントネーションだけど、そこもワイルドで素敵です。お姉様。でも街中でその格好は別の意味で不便だと思うの。特に胸とか。隣にいるジャガマルクさんがチラチラと見ているよ。
「ジャガ丸!姐さんを変な目で見るんじゃないミャ!」
鳥人族のミャウルが羽根を広げて視線を遮る。
「へ、変な目でなんて見てねえんジャガ!あと、ジャガ丸って呼ぶんジャねえガ」
ミャアジャガ言い合ってる二人はほっとこう。それよりも気になるのはコランダさんの〈パン職人〉の能力だ。
「実家がパン屋でねえ、手伝っているうちに自然と身についパンダよ。小麦粉と水を捏ねてりゃイースト菌を入れなくてもパン生地になる〈パンの手〉、発酵時間なんかを短縮する〈状態促進〉位しかアビリティ持ってないンダけどね」
パンダのパン屋さん!何それ行ってみたい!
「最高です!お姉様!」
これで一番の懸念が解決したよ。
「お姉様ってのは勘弁しておくれよ。でもアタイのパンじゃ食べてくれねえンダよ」
「問題ありません。要はこの霊薬を飲ませれば良いんですからそこでコランダ姉さんには……」
私の説明を聞いたコランダ姉さんは、快く了承してくれた。
「OK、やってやるンダよ。でもすまないね、アタイ等じゃ食材の下ごしらえも出来ないンダ。アンタ一人に、ほとんど全部任せちまうンダよ……ところで、その娘そろそろ解放してくれないか?ずっとイジられて、目を回してるンダが」
言われて気が付くと、リッカちゃんがグッタリしていた。無意識に頭をナデナデしたり、ノドをサスサスしたりしていたらしい。しかも、うちのルカが彼女のシッポをハムハムしてるではないか。どうやらお気に入りのオモチャを見つけたらしい。
「コ、コラ。いけませんルカ。御免なさいね、うちの子がとんだ粗相を。オホホホ……」
お前が主犯だよ。この似たもの主従が……そんな意思が伝わってくる様なジト目で彼女の仲間から睨まれました。……反省。
さあ、気を取り直して、調理を開始しよう。
まずは、霊薬の確認だ。この薬を村人に飲んでもらうのが最大の課題なのだから。
一角馬の角が入った水瓶を覗き込む。ふむ、無色透明で一見普通の水と変わらない。本当に大丈夫だろうか?
すると、何処からともなく声が聞こえる。
(フフフ、水の温度を上げれば、もっとオレ様から濃厚な出汁が出るぜ)
「誰っ?」
声はすれども姿は見えず、というか今のセリフの内容を考えると……
(そう、オレ様は一角馬の角だよ。ミ~ヤちゃん)
〔アビリティ〈素材の声〉が発動しました〕
システムメッセージさん仕事が遅いよ。
そういえば、〈素材の声〉についてはどんな効果か調べてなかった。ヘルプ画面見るか。
──────────────────────────
〈素材の声〉
未知の食材を扱うとき、せめて美味しく調理されたいという食材の意思を受け取る能力。適切なアドバイスを受け取れる。
──────────────────────────
なるほど……うざっ!人の言葉で話してくる食材を切り刻んだり、焼いたり、煮たり、食しろと。いやないわ。
どうにかしてOFFに出来ないかな、と調べてると……
(いやいやいや、このままだと調理失敗するぜ。薬の量が足りねえんだよ。もっと濃度を濃くしねえと村人全員に行き渡らねえぜ。加熱して出汁…じゃねえや薬効を引き出せよ)
フム……〈加熱促進〉を使えば、すぐに水瓶の中身をお湯にすることは出来るが、この一角馬の角は元々ゴランというオッサンの身体の一部。今の状態でもギリギリなのに、煮込んで出汁を取るなんて真似、人間としてやっちゃいけない気がする。
……なので、
「いや、いいわよ。もう一回ゴランを一角馬に変身させて角を取るから」
(鬼か!お前は!)
おかしい。人として当然の判断をしたはずなのに、非難された。いいもん、私どうせ半分吸血鬼だもん。私が加熱したくない訳を話すと、
(あー、そりゃ心配要らねえよ。オレ様は魔力の結晶みたいなもんだ。人間の骨なんかじゃねえから問題ねえよ。問題は、煮込むと薬効も濃く抽出されるが味も濃くなるって事だ。長く煮込みすぎれば、どうやっても、あいつらはミヤちゃんの料理を食べてくれねえ。いいか、オレ様の合図で引き上げるんだぜ)
「OK、分かったわ。それじゃいくわよ。〈加熱促進〉!」
水瓶の中身を大鍋に移して火を付け、〈加熱促進〉をかけると大量の水は瞬く間に沸き上がった。
(いい湯だな、ハハン。いい湯だなっと。く~骨身にしみるねえ。疲れが抜ける様だよ)
いや、アンタは一角馬の角で、抜けてるのは薬効成分だけどね。
(さあて、そろそろ上がるとするかね。3、2、1、今だ!)
ザバッと角を引き上げると、鍋の中の水が琥珀色に輝いた。
(良し!最高の秘薬の完成だ。じゃあな、ミヤちゃん。あいつらを助けてやってくれよな)
そう言い残すと、一角馬の角は光の粒子となって消えていった。
〔最高ランクの〈一角馬の秘薬〉が完成しました〕
……バカ、まだお礼も言ってないのに勝手にいなくなるんじゃないわよ。
「美夜ちゃん、出来パンダよ。こっちに来とくれ」
コランダさんが呼んでいる。感傷に浸ってる場合じゃない。まだ、料理の途中なんだから。私はコランダさんの所へ急ぎ向かった。
「これパンダ(なんだ)けどね、どうするかね」
コランダさんの扱ってる鍋を覗くと、大豆は見事に水を吸って膨らんでいた。
そう、コランダさんの〈状態促進〉で一晩かかる大豆の水戻しを時間短縮してやって貰ったのだ。
けれど、これの何が問題なのか?
(お、お、おれ達ゃ岩鉄大豆団!ちょっとやそっとじゃ崩れない~)
……鍋の中から合唱が聞こえてくるんですけど!
「この大豆は、ぶつけりゃ鬼も逃げ出す程堅いし、破魔の効力も有るンダけどねえ、空気に触れるとすぐ堅くなるから、水の中で強く掻き混ぜて砕くンダけど、半日はかかるんだよ。どうしたもんかね?」
どうやらコランダさんにはこの歌は聞こえていないようだ。とりあえず、水を取り替え秘薬を少し混ぜながら考える。
なるほど……この世界にはミキサーなんて無いものね。
さて、どうしたものか?強く回転、回転といえば……
「〈螺旋緑の一鬼〉」
必殺コンボ発動!
樹の棒から伸びた螺旋状の蔓が高速回転。それを鍋に突っ込むと、瞬く間に岩鉄大豆は砕けていく。
「こんな強力な技を、料理に使うパンて……」
コランダさんが驚くやら呆れるやらの声を上げる。
(回る~ま~わる~よ、おれ達ゃ~回る。別~れと出会い~を繰り返~し)
楽しそうに岩鉄大豆達が、どこかで聞いた様なメロディーで合唱している。
(今日は~砕~け~た大~豆達~も、生呉にな~って、食べられ~るよ~)
満足したのだろうか、歌声がピタリと止んだ。
よし!出来上がった生呉をさらしで濾して豆乳とおからに分ける。その作業の最中に皆の戦いが眼に入ったり、火焔揚羽の妖精あかりちゃんを紹介されたが、それは別の話。
〔高ランクの〈岩鉄豆乳〉が完成しました〕
さあ、次はカボチャだ。大分時間がかかった。急がなければ。スイカ程ある大きなカボチャを見る。
(ワシは甲鉄カボチャ。モンスターの牙なぞ軽く跳ね返してくれるわ。切れるものなら切ってみろい!)
やっぱりかいっ!
そうすると、他の野菜も……私は〈素材の声〉に耳をかたむける。
〈弾葱〉……鋭い刃物で細胞を壊さずに切らないと、弾丸の様に飛んで行くタマネギ。当たれば涙が止まらない。
〈忍参〉……二股状の人参。素早く切らないと分身、変わり身を使いすぐに逃げ出す。
〈邪眼芋〉……切り口から眼の模様状に芽が生え、それを見た者は麻痺するジャガイモ。一瞬で六等分以上に切れば芽は生えない。
〈恋根〉……連結している節を切り離すと、磁石の様に引き寄せ合うレンコン。その際の衝撃は凄まじい。
彼らの言葉を要約するとこうなった。
この世界って、グルメ界?
そりゃ、料理人ギルドや調理許可証が必要だよ。この村の人達、何でこんなクセの強い野菜買い込んできたの?ていうか、コイツらほとんどモンスターじゃね?
「仕方ないニャ。央都以外の土地は呪われていて、こんなたくましい作物しか育たないニャ」
これ、たくましいで済ませちゃうんだ?最初の都で普通の野菜が買えた理由が分かったよ。
「でも、その分栄養価も高いし様々な効果も付くミャ。凄腕の料理人は材料を武器にして戦うって聞いてるミャ」
そりゃ、弾葱や邪眼芋なんてちょっと切ったら、催涙弾や邪眼の盾に早変わりだもんね。でも、食べ物で戦うのはちょっと……
「毎年、収穫の時には騎士団の出動を要請されるんジャガ、央都から離れる程危険だと聞いてるんジャガ」
騎士団って戦争や大型魔獣討伐が専門だよね!何と戦争してるの?
「そんな厄介な素材を法外な料金で調理する奴等が闇の料理人でね。表の料理人ギルドと長年交戦してるンダよ」
はい、料理バトル漫画の王道来ましたよ!絶対に関わらない様にしよう。
ツッコミ処は多いが、まずはこの野菜を切る事が優先だ。時間も無いし一気にやるか。
私は指示を出し、素早さの高いリッカ、ミャウル、ジャガマルクにボウルを持って待機させ、コランダさんに声をかける。
「では、コランダさん。どんどんお願いします」
「あいよ。まずはカボチャだ」
大きく放り投げられる甲鉄カボチャ。
「〈双頭龍の旋風連牙爪〉!」
〈闘気法〉で高められた私の気が棒に宿り双頭の龍の形を作る。それを高速回転させれば風を起こし、嵐を呼び、鋭い風の刃を巻き起こす!
この私の最大の技で……野菜を切る!
甲鉄カボチャ十個を一刀両断!
「次、弾葱お願いします」
この技は消費が激しい。一気に決めなければ。
鋭い風の刃が弾葱の細胞を潰さずに切り刻む。
「次っ!」
次々に投げ込まれる忍参、邪眼芋を瞬時に細断していく。これなら逃走や反撃されまい。
「ニャアアアアア!」
「ミャアアアアア!」
「ジャガガガガガ!」
ボウルを持って必死に切られた野菜を受け止めていく三人の悲鳴が聞こえる。
「怖いニャ!必殺技の余波が襲ってくるニャ」
「料理ってこんな命懸けなもんミャの?普通に戦ってた方が楽ミャよ!」
「ウッ!切り損ねた邪眼芋の芽で麻痺ったんジャガ」
そう!料理って気合いで戦いだ!(違うと思う)
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聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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