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第二十一夜 暁の来訪者
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野菜を切った後は驚くほどスムーズに料理は進んだ。
甲鉄カボチャの中身はクリームの様に柔らかく、果物の様に甘みが強い。皮や種は簡単に取り除けた。
そのカボチャの身に一角馬の秘薬、岩鉄豆乳を少しずつ混ぜながら泡立て器で撹拌するとクリーミーなスープの出来上がりだ。
「あかりちゃん、お願いね」
「ワカッタ。ミンナ、イケ」
ネルフさんにお願いして、一時的に力を貸してもらってる妖精あかりちゃんの指示で、火焔揚羽が大鍋の周りに集まっていく。焦げやすい大量のスープを温めるのにすっごい便利。
〔秘薬入りカボチャのポタージュが完成しました〕
遂に完成したよ!
〈素材の声〉で一癖も二癖もある食材の相手をしたり、必殺技で鍋を掻き混ぜたり、必殺技で食材を切り刻んだり、大変だったよ。
……あれ?これ料理って言っていいのかな?
「出来たわよ。皆に配って」
何故か、切った材料を受け止めただけで疲労困憊しているリッカ達三人に配膳をお願いして、私は次の作業へと取りかかる。
さあ、次の料理を作らなければ!
「さあ、美味しいスープだニャ。食べて欲しいニャ」
リッカが先程スープを吐き出した女の子に勧めるが、必死に首を振ってイヤイヤしてる。
「もうイヤ!どうせ何も食べられないもん!」
少女にとって、全ての食べ物は腐り果てた生ゴミと一緒だった。見た目は美味しそうなのに、その香りや食感や味は酷く腐った物として認識してしまうのだ。水すら口に出来ず、たとえ無理矢理飲み下させても、身体が受け付けず吐き出してしまう。飢えの苦しみと、食べられない苦しみが二重に襲いかかり、幼い少女は早く死んで楽になりたい、とさえ思うようになっていった。
「もうイヤ……このまま死ぬんだ。お腹空いたよ……口の中カサカサだよ……もう眠って楽に……」
少女の心が生きるのを諦めようとした時……
「あれ?何この匂い……」
少女の鼻腔にソレは届いた。
目の前に差し出された器に入っている濃いオレンジ色のスープから漂ってくる。嫌な臭いはしない。もしかして……
恐る恐る口にしてみる。
「ふわっ」
甘く柔らかい味が口一杯に広がる。何の抵抗もなく喉を滑り降り、空っぽの胃に落ちたのが心地良い。
夢中で飲む、飲む、飲み込む!身体が拒否しない、どころかもっとくれと言っている。
〔〈餓鬼地獄〉の呪いが弱まり〈空腹の呪い〉になりました〕
「やったニャ」
「成功ミャよ」
手を叩いて喜ぶ二人。だが、安心するのはまだ早かった。
クキュルルル~
「お、お姉ちゃん。お代わり!」
「ニャ?」「ミャ?」
器を差し出す少女に呼応するように、スープを飲んだ周りの人々が騒ぎ出す。
「早く儂にもくれ!」「私が先よ!」「食べれる!食べたい!」「もっと、もっと!」「駄目だ!普通のスープでは食べられん!あのスープを」「あのスープを!」
「待つジャガ!まだ配っていない人が大勢いるジャガ!お前等スープを守るんジャガ」
「ニャアアア!まるでゾンビの群れニャ。落ち着いて欲しいニャ」
「無理ミャ!今まで食べたくても食べられなかった人達の前に、極上の料理が少しだけ置かれたらこうミャるミャ!」
秘薬入りカボチャスープを食べた人達は、皮肉な事に美夜の〈栄養促進〉アビリティにより力が増していた。ステータス補助効果を受けた人の群れは空腹でヨロヨロしているのに、力が強く止められないのだ。
「ニャアアア!もう無理ニャアア!」
「諦めるミャ(な)!諦めミャら美夜ちゃんに殺されるミャ」
「あの酷い扱いを思い出せジャガ!風の刃を避けながら必死で食材を受け止め続けたんジャガ!麻痺したときは風の刃がスレスレに飛んできたんジャガ。怖かったんジャガ」
「その酷い料理長からの差し入れパンダよっ!」
スパパパパッ!
不意にかかる声と共に、コランダが駆け抜け、村人の口に何かを突っ込んでいく。
「「「ハワワ~」」」
「ああっ?ゾンビ……じゃなかった村人達が至福の表情で何かをほお張っているニャ!」
「動きが止まったミャ。助かったミャ」
「ジャガ、一体何を食べさせたんジャガ?」
「豆乳を作る時に余ったオカラと摺り下ろしたレンコンを混ぜて作ったレンコンオカラバーグさ。どんどん焼いてるし、具だくさんの豆乳シチューももうすぐ出来るンダ!皆慌てるんじゃないよ。大人しく待ってるンダ。もちろん、オカラや豆乳にも秘薬の効果が入ってるから、呪いは完全に解けるンダよ」
パンパンと手を鳴らし、村人を掌握するコランダ姐さん。
その向こうでは、美夜が一人でシチューの大鍋を掻き混ぜながら、二つのフライパンの中のレンコンバーグを次々にひっくり返している。
「いつの間に……早すぎるニャ」
「こんな短時間で八十人分の料理を作ったのかミャ」
「ウヒョウ!お前等並べ!料理はどんどん出来るんジャガ。騒ぐ奴は食べさせないんジャガ」
人々が落ち着きを取り戻し、順番にスープを飲み、レンコンバーグをほお張り、豆乳シチューを食べて完全に呪いを解いていく中、幼い少女が呟いた。
「あのお姉ちゃん綺麗……」
火焔揚羽が舞い踊る中で、時折吹き上がる炎を制し、フライパンを振るう銀髪の少女の姿は、幼い少女にとって幻想的で美しかった。
後に、この少女はその時の光景が頭から離れず、料理人を目指し、数々の伝説を造りながら、遂には炎竜と契約。
炎竜の炎を自在に操る〈炎竜の料理人〉と呼ばれるようになるが、それはまた別の話。
その〈炎龍の料理人〉を生み出した料理人は、
「火焔揚羽のおかげで、火の調整は楽だけど……チクチクダメージ入るのよね。ああ辛い」
と、人知れずぼやいていた。
そう、半吸血鬼と花人族両方の特性を持つ美夜は、火属性ダメージに滅法弱かったのだった。
〔〈戦場の料理人〉の称号を獲得しました〕
〔〈必殺料理〉のアビリティを獲得しました〕
〔〈解体〉のスキルを獲得しました〕
〔〈急所突き〉のスキルを獲得しました〕
───────────────────────────────────────
〈戦場の料理人〉
戦場において自ら戦いながらも、料理を作り人々を救った者に贈られる称号。
その〈必殺料理〉(スペシャリテ)は戦局を一変させる……かもしれない。
───────────────────────────────────────
「あー、終わった」
村人達の呪いが解けて、食事も行き渡ったと報告を受けて、私もやっと一息つく。
こっちの仕事は終わった。
さて、向こうは?
「ネルフさん、モンスター達はどうなったの?」
「…………ちょっとマズいかもしれへんなあ」
いつものおどけた口調ではなく、目つきも少し真剣に遠くをにらんでいる。
そちらを見れば、何と他のメンバーやモンスター達さえも戦闘を中断して、ネルフさんと同じ方を見ているではないか。
私も目をこらすと、門の向こう、夕陽が落ちる方角から、何かがゆっくりと近づいて来る。
それは、一頭の虎だった。
身体の至る所に傷を負っており痛々しいが、歩く姿は堂々としており隙が無い。そのため、門の外にいるモンスターも、突然の来訪者に戸惑い警戒するが、動けなかった。
蒼銀と黒の模様が美しい虎は、とうとう門の前までやって来ると、こう吼えた。
人語で。
「双方、武器を収めよ!この戦、〈封雷の虎〉の名において預からせてもらう!」
その宣言と共に紫電が走った。
それはたちまち周りにいたモンスター全部と、虎の正面にいて最大級に警戒していたレンバ、ニック、ナナンダを動けなくしてしまう。が、私や戦えない村人達、リッカ達四人は対象外だったらしい。
その虎が今度は私を見据えて近づいて来るではないか!
虎は途中でオショウやネルフをチラッと見るが、何とあの二人、腕組みして面白そうに笑って見送ったり、イヤイヤイヤと手と首を振って道を譲ったりしやがった。
電撃が効いてないなら、助けてよ!敵意がないからって全部私に丸投げかい!
襲う気が無いのを示すためか、私の前でお座りの姿勢をとった虎が話し始める。
「無理を承知で願う。自分とここにいる魔物達にも、貴殿の料理を分け与えて欲しい」
とんでもないことお願いされたよ!
「この者達も呪いにかかって何も食えなくなり、少しでも旨い物を求めて村を襲ってしまったのだ。どうか許してやって欲しい」
うーん、そう言われると……幸い人的被害は無かった訳だし。
「その代わりに、この呪いをかけたモノの正体と、ソレを倒すために自分は勿論、こやつ等も協力させよう」
それって、つまり……
「ここにいる人と魔物全員が協力しないと倒せない、強力な相手って事?もしかして、あなたのその怪我もそいつにやられたの?」
「ああ、自分一人の力では到底及ばなかった。ここにいる者達全員でなんとかといったところだろう。だが、時間をおけば、ヤツはさらに力を増していくという状況だ」
そこで虎は口を紡ぎ、
「済まんがこれ以上の事は、食事をいただいてからだ。魔物と共闘できんと意地を張られて勝手にヤツの処に行っても、おまえたち人間が無駄死にして、ヤツを倒せる可能性が消えてしまうだけだからな」
フム、情報と引き換えに協力を約束しろということか。
「共に戦って勝ちを拾うか、別に戦ってこの辺り……いやこの大陸の生物が全滅するかだ」
この虎公、さらにとんでもないことサラリと言ってきたよ!
オショウやネルフさんを見やれば、私が決めろと眼が言っている。他の四人も同様らしい。全くどうなっても知らないからね。
「分かったわ。協力しましょう。……さっき作ったのは綺麗に食べ尽くされたから、やれやれ、また材料を切るところから……」
「オッ、ヒョオオオオウ?」
突如として上がった素っ頓狂な叫びが私の思考を遮った。
この叫び方はジャガ丸か?と見るが、違うらしい。
声の主はその向こう……
「俺の頭が、ケツがヒドい事にィィィ!何だこの股間の葉っぱは?ナニが染みるゥゥゥ!」
……ゴランの存在をすっかり忘れてたよ。
あっ、オショウとネルフが逃げ出しやがった!
私も逃げよっと。
「またお前等、俺が意識ない時に何かしやがったな!今日という今日は絶対に許さん!」
「また、って毎回素材剥ぎ取ってるの?」
逃げながら、ネルフに問い掛ける。
「今回は人助けの為仕方なかったんや、ゴラン。もうせんから許したってえな」
「ハッハッハ。無駄だな、あやつ変身し始めとるぞ」
「おっ、あれは魔喰鎧馬(マクガイバー)やないか。アレの甲羅の鎧は高く売れるでぇ。ほら、おまん等早よ殺るでぇ」
「うあ、この人、舌の根も乾かぬうちに」
ギャアギャア騒ぐ私達を見て、〈封雷の虎〉は、
「コイツらに全生物の命運、かかってるんだよなあ」
と呟いたそうな。
その後、なんとかゴランを取り押さえ(虎が魔喰鎧馬の動きを封じてくれた)、再び素材と格闘して魔物達に料理を振る舞い、復活した村人達も宴がしたいと、何故かさらに料理を振る舞うことになり、詳しい話は翌日にするということでログアウトした現実世界の朝。
「……え?これから私、仕事(調理)に行くの?」
あまりの事に呆然として、ぐずぐずしてたせいで、危うくその日は遅刻ギリギリでした。
甲鉄カボチャの中身はクリームの様に柔らかく、果物の様に甘みが強い。皮や種は簡単に取り除けた。
そのカボチャの身に一角馬の秘薬、岩鉄豆乳を少しずつ混ぜながら泡立て器で撹拌するとクリーミーなスープの出来上がりだ。
「あかりちゃん、お願いね」
「ワカッタ。ミンナ、イケ」
ネルフさんにお願いして、一時的に力を貸してもらってる妖精あかりちゃんの指示で、火焔揚羽が大鍋の周りに集まっていく。焦げやすい大量のスープを温めるのにすっごい便利。
〔秘薬入りカボチャのポタージュが完成しました〕
遂に完成したよ!
〈素材の声〉で一癖も二癖もある食材の相手をしたり、必殺技で鍋を掻き混ぜたり、必殺技で食材を切り刻んだり、大変だったよ。
……あれ?これ料理って言っていいのかな?
「出来たわよ。皆に配って」
何故か、切った材料を受け止めただけで疲労困憊しているリッカ達三人に配膳をお願いして、私は次の作業へと取りかかる。
さあ、次の料理を作らなければ!
「さあ、美味しいスープだニャ。食べて欲しいニャ」
リッカが先程スープを吐き出した女の子に勧めるが、必死に首を振ってイヤイヤしてる。
「もうイヤ!どうせ何も食べられないもん!」
少女にとって、全ての食べ物は腐り果てた生ゴミと一緒だった。見た目は美味しそうなのに、その香りや食感や味は酷く腐った物として認識してしまうのだ。水すら口に出来ず、たとえ無理矢理飲み下させても、身体が受け付けず吐き出してしまう。飢えの苦しみと、食べられない苦しみが二重に襲いかかり、幼い少女は早く死んで楽になりたい、とさえ思うようになっていった。
「もうイヤ……このまま死ぬんだ。お腹空いたよ……口の中カサカサだよ……もう眠って楽に……」
少女の心が生きるのを諦めようとした時……
「あれ?何この匂い……」
少女の鼻腔にソレは届いた。
目の前に差し出された器に入っている濃いオレンジ色のスープから漂ってくる。嫌な臭いはしない。もしかして……
恐る恐る口にしてみる。
「ふわっ」
甘く柔らかい味が口一杯に広がる。何の抵抗もなく喉を滑り降り、空っぽの胃に落ちたのが心地良い。
夢中で飲む、飲む、飲み込む!身体が拒否しない、どころかもっとくれと言っている。
〔〈餓鬼地獄〉の呪いが弱まり〈空腹の呪い〉になりました〕
「やったニャ」
「成功ミャよ」
手を叩いて喜ぶ二人。だが、安心するのはまだ早かった。
クキュルルル~
「お、お姉ちゃん。お代わり!」
「ニャ?」「ミャ?」
器を差し出す少女に呼応するように、スープを飲んだ周りの人々が騒ぎ出す。
「早く儂にもくれ!」「私が先よ!」「食べれる!食べたい!」「もっと、もっと!」「駄目だ!普通のスープでは食べられん!あのスープを」「あのスープを!」
「待つジャガ!まだ配っていない人が大勢いるジャガ!お前等スープを守るんジャガ」
「ニャアアア!まるでゾンビの群れニャ。落ち着いて欲しいニャ」
「無理ミャ!今まで食べたくても食べられなかった人達の前に、極上の料理が少しだけ置かれたらこうミャるミャ!」
秘薬入りカボチャスープを食べた人達は、皮肉な事に美夜の〈栄養促進〉アビリティにより力が増していた。ステータス補助効果を受けた人の群れは空腹でヨロヨロしているのに、力が強く止められないのだ。
「ニャアアア!もう無理ニャアア!」
「諦めるミャ(な)!諦めミャら美夜ちゃんに殺されるミャ」
「あの酷い扱いを思い出せジャガ!風の刃を避けながら必死で食材を受け止め続けたんジャガ!麻痺したときは風の刃がスレスレに飛んできたんジャガ。怖かったんジャガ」
「その酷い料理長からの差し入れパンダよっ!」
スパパパパッ!
不意にかかる声と共に、コランダが駆け抜け、村人の口に何かを突っ込んでいく。
「「「ハワワ~」」」
「ああっ?ゾンビ……じゃなかった村人達が至福の表情で何かをほお張っているニャ!」
「動きが止まったミャ。助かったミャ」
「ジャガ、一体何を食べさせたんジャガ?」
「豆乳を作る時に余ったオカラと摺り下ろしたレンコンを混ぜて作ったレンコンオカラバーグさ。どんどん焼いてるし、具だくさんの豆乳シチューももうすぐ出来るンダ!皆慌てるんじゃないよ。大人しく待ってるンダ。もちろん、オカラや豆乳にも秘薬の効果が入ってるから、呪いは完全に解けるンダよ」
パンパンと手を鳴らし、村人を掌握するコランダ姐さん。
その向こうでは、美夜が一人でシチューの大鍋を掻き混ぜながら、二つのフライパンの中のレンコンバーグを次々にひっくり返している。
「いつの間に……早すぎるニャ」
「こんな短時間で八十人分の料理を作ったのかミャ」
「ウヒョウ!お前等並べ!料理はどんどん出来るんジャガ。騒ぐ奴は食べさせないんジャガ」
人々が落ち着きを取り戻し、順番にスープを飲み、レンコンバーグをほお張り、豆乳シチューを食べて完全に呪いを解いていく中、幼い少女が呟いた。
「あのお姉ちゃん綺麗……」
火焔揚羽が舞い踊る中で、時折吹き上がる炎を制し、フライパンを振るう銀髪の少女の姿は、幼い少女にとって幻想的で美しかった。
後に、この少女はその時の光景が頭から離れず、料理人を目指し、数々の伝説を造りながら、遂には炎竜と契約。
炎竜の炎を自在に操る〈炎竜の料理人〉と呼ばれるようになるが、それはまた別の話。
その〈炎龍の料理人〉を生み出した料理人は、
「火焔揚羽のおかげで、火の調整は楽だけど……チクチクダメージ入るのよね。ああ辛い」
と、人知れずぼやいていた。
そう、半吸血鬼と花人族両方の特性を持つ美夜は、火属性ダメージに滅法弱かったのだった。
〔〈戦場の料理人〉の称号を獲得しました〕
〔〈必殺料理〉のアビリティを獲得しました〕
〔〈解体〉のスキルを獲得しました〕
〔〈急所突き〉のスキルを獲得しました〕
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〈戦場の料理人〉
戦場において自ら戦いながらも、料理を作り人々を救った者に贈られる称号。
その〈必殺料理〉(スペシャリテ)は戦局を一変させる……かもしれない。
───────────────────────────────────────
「あー、終わった」
村人達の呪いが解けて、食事も行き渡ったと報告を受けて、私もやっと一息つく。
こっちの仕事は終わった。
さて、向こうは?
「ネルフさん、モンスター達はどうなったの?」
「…………ちょっとマズいかもしれへんなあ」
いつものおどけた口調ではなく、目つきも少し真剣に遠くをにらんでいる。
そちらを見れば、何と他のメンバーやモンスター達さえも戦闘を中断して、ネルフさんと同じ方を見ているではないか。
私も目をこらすと、門の向こう、夕陽が落ちる方角から、何かがゆっくりと近づいて来る。
それは、一頭の虎だった。
身体の至る所に傷を負っており痛々しいが、歩く姿は堂々としており隙が無い。そのため、門の外にいるモンスターも、突然の来訪者に戸惑い警戒するが、動けなかった。
蒼銀と黒の模様が美しい虎は、とうとう門の前までやって来ると、こう吼えた。
人語で。
「双方、武器を収めよ!この戦、〈封雷の虎〉の名において預からせてもらう!」
その宣言と共に紫電が走った。
それはたちまち周りにいたモンスター全部と、虎の正面にいて最大級に警戒していたレンバ、ニック、ナナンダを動けなくしてしまう。が、私や戦えない村人達、リッカ達四人は対象外だったらしい。
その虎が今度は私を見据えて近づいて来るではないか!
虎は途中でオショウやネルフをチラッと見るが、何とあの二人、腕組みして面白そうに笑って見送ったり、イヤイヤイヤと手と首を振って道を譲ったりしやがった。
電撃が効いてないなら、助けてよ!敵意がないからって全部私に丸投げかい!
襲う気が無いのを示すためか、私の前でお座りの姿勢をとった虎が話し始める。
「無理を承知で願う。自分とここにいる魔物達にも、貴殿の料理を分け与えて欲しい」
とんでもないことお願いされたよ!
「この者達も呪いにかかって何も食えなくなり、少しでも旨い物を求めて村を襲ってしまったのだ。どうか許してやって欲しい」
うーん、そう言われると……幸い人的被害は無かった訳だし。
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それって、つまり……
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そこで虎は口を紡ぎ、
「済まんがこれ以上の事は、食事をいただいてからだ。魔物と共闘できんと意地を張られて勝手にヤツの処に行っても、おまえたち人間が無駄死にして、ヤツを倒せる可能性が消えてしまうだけだからな」
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「共に戦って勝ちを拾うか、別に戦ってこの辺り……いやこの大陸の生物が全滅するかだ」
この虎公、さらにとんでもないことサラリと言ってきたよ!
オショウやネルフさんを見やれば、私が決めろと眼が言っている。他の四人も同様らしい。全くどうなっても知らないからね。
「分かったわ。協力しましょう。……さっき作ったのは綺麗に食べ尽くされたから、やれやれ、また材料を切るところから……」
「オッ、ヒョオオオオウ?」
突如として上がった素っ頓狂な叫びが私の思考を遮った。
この叫び方はジャガ丸か?と見るが、違うらしい。
声の主はその向こう……
「俺の頭が、ケツがヒドい事にィィィ!何だこの股間の葉っぱは?ナニが染みるゥゥゥ!」
……ゴランの存在をすっかり忘れてたよ。
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「またお前等、俺が意識ない時に何かしやがったな!今日という今日は絶対に許さん!」
「また、って毎回素材剥ぎ取ってるの?」
逃げながら、ネルフに問い掛ける。
「今回は人助けの為仕方なかったんや、ゴラン。もうせんから許したってえな」
「ハッハッハ。無駄だな、あやつ変身し始めとるぞ」
「おっ、あれは魔喰鎧馬(マクガイバー)やないか。アレの甲羅の鎧は高く売れるでぇ。ほら、おまん等早よ殺るでぇ」
「うあ、この人、舌の根も乾かぬうちに」
ギャアギャア騒ぐ私達を見て、〈封雷の虎〉は、
「コイツらに全生物の命運、かかってるんだよなあ」
と呟いたそうな。
その後、なんとかゴランを取り押さえ(虎が魔喰鎧馬の動きを封じてくれた)、再び素材と格闘して魔物達に料理を振る舞い、復活した村人達も宴がしたいと、何故かさらに料理を振る舞うことになり、詳しい話は翌日にするということでログアウトした現実世界の朝。
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