カースブレイカーズ 〜美夜ちゃんは呪われた幻夢世界をひっくり返す!〜

ユキマサ

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第二十二夜 誤神木

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 あれから、何とか一日の仕事を終え、就寝してからのログイン後、私達は呪いの元凶に向けて移動していた。

「悪いわね、引っ張ってもらって」

「気にするな、たいしたことではない。独りで走っている様なものだ。そっちこそ乗り心地はどうだ?」

「最高よ!おかげで元気出たわ。気を遣ってくれてありがとう」

「これで済むなら、お安い御用だ。命の恩人に礼を返したまでだからな」

 ログイン直後の私は、心が死んでいた。夢と現実で大量の調理をこなしたため、精神が疲れ切っていたのだ。
 そんな私を見かねたのか、何か礼がしたいと言ってきた〈封雷の虎〉に何も考えずにこう言った。

「モフモフさせて」

 と。

 それ以降、私はルカと一緒に日向のいい臭いのする虎の背中に張り付いていた。
 ゴロゴロ、クンカクンカ、スリスリ、バフーと堪能しているうちに、何やら話し合いが終わり、私を背に乗せたまま、虎が〈影引き〉の術で皆を乗せた巨大な影を引っ張って猛スピードで走っている、といった状況だ。
 うーん、まだ頭の奥がボーッとしてる感じだ。メンバーの戦力確認をして脳みそを働かせよう。昨日一日で一気に仲間が増えたからね。


 まず私、美夜。半吸血鬼だけど謎の種子のせいで花人族の能力を併せ持つ。属性は地、闇、植物。昼は植物&地形操作と投げ技、夜は吸血鬼の力と棒術で戦うスタイル。

 ルカ。サウンドドラゴンの幼竜。風属性。〈歌う〉〈フェザーショット〉などの能力はあるけど、戦闘能力は未知数。

 オショウ。謎の僧侶。火、地、龍脈属性。龍脈魔法を操る下半身が地面と同化した巨僧。

 それに、加わったのが〈影馬車隊〉の皆さん。実は結構な実力者揃いだったりする。

 ゴラン。馬。風、空間属性。〈影馬車隊〉の名ばかりのリーダー。様々な馬に変身する〈馬為り〉の呪い持ち。メンバーから剥ぎ取られる素材は貴重な収入源である。

 ナナンダ。ドワーフの戦士。地、闇属性。〈闇影操作〉と斧を使う。〈影引き〉の術は移動、戦闘においても応用が利く。

 レンバ。修行僧。水、生命属性。〈荒髪〉の呪いと拳法を使いこなす男性版ラブンツェル。〈闘髪〉によるライダースーツは物理攻撃をほとんど無効化する。

 ニック。狩人。火、風属性。無口な青年。様々な効果の矢を放つ。何故か女性を避ける傾向あり。

 ネルフ。エルフの陰陽師。全属性。やる気のない昼行灯みたいな人だが、実力は本物……だと思う。つかみ所のない人。火焔揚羽の妖精あかりちゃんとの関係は目下調査中である。

 ちなみに全属性とは、基本の地水火風全て使えれば四大属性。それに加えて、光、闇、空間、生命の派生属性を覚えれば八大属性となる。さらに合成魔法を身に着ければ、爆裂、天竜、龍脈、植物の属性が付くのだ。これが全属性。
 だが、全属性はおろか八大属性さえ全て使える者など滅多にいない。
 まず、四大属性全て使えるのが人間とエルフ、他一部の種族のみしか存在しない。
 それに、一つの属性を伸ばせば、対極となる属性は弱まり、遂には消えてしまう。その為、四つ全ての属性を伸ばそうとすると器用貧乏となってしまい、他の一、二種属性の人よりも、一人前の実力になるのに何倍もの時間と労力がかかってしまうのだ。
 つまり、このゲーム世界では人間は大器晩成タイプであり、じっくり育てれば、最強
のプレイヤーになれるって訳だが、こんなゲーム開始していくらもしないうちに、最強クラスの実力を持ったキャラと仲間になるなんて……

 この先、苦労する予感しかしねえ!

「なんか、美夜ちゃんが変な目でこっちを看てるんだな」

「わて、なんかしたやろか?あんな目で見られたら、オジサンの繊細なガラスのハートがガッシャンガッシャン割れてしまうんやけど」

「そう思うなら、日頃から実力を発揮することだな。この怠け者め」

「俺なんか、憐れまれているような気がするぜ」

「……気のせいじゃない。リーダーは、彼女とはウマが合っていない」

「馬だけにってか?出会いから暴力振るわれてばっかりだもんなあ」

「いや、ウマはあっとるやろ。あれは暴力やのうて調教ゆうんや」

「ウム、彼女なら我の代わりに、立派に貴殿を乗りこなすであろう」

「本当に尻に敷かれる運命が、簡単に予測出来るんだな」

 ドッと沸き上がる笑い声。なんか向こう盛り上がってるが、離れていて風の音が強くてよく聞き取れない。何がそんなに可笑しいんだろ?
 ま、いいか。続き、続き。
 それから、フォスの村で皆を守ってた〈猫の集会〉の四人。

 リッカ。下忍。風、水属性。猫の半獣人。〈猫の集会〉のリーダーというよりマスコット的存在。多分私と同じプレイヤー。後でそれとなく聞いてみよう。

 〈忍者〉は〈盗賊〉や〈暗殺者〉といった闇ギルドの上位職なんだけど、〈忍びの隠れ里〉を見つけ出して弟子入りすればなれるグレーなジョブらしい。
 クエストも〈忍務〉といった特種なもので、潜入捜査や隠密警護、敵陣に侵入しての破壊工作などハードなものが多く、さらに失敗が続けば追放され、〈抜け忍〉として同胞に命を狙われる過酷なものだとか。
 ……グレーどころか、ブラック通り越して思いっきりダークじゃないの!
 まあ、彼女は修行中ということで、〈忍務〉から離れ、冒険者としてクエストをこなしながらレベルを上げてるらしい。
 頑張れ、リッカちゃん。

 コランダ。盾戦士。地、火属性。パンダの獣人。毛皮を脱ぐと凄いんです。

 ちなみに、動物寄りの人型の亜人を獣人。彼らと人間の間に生まれた、人寄りの亜人を半獣人と呼称している。
 コランダさんの人型ダイナマイトボディは、能力で変身したものであって、中の人がいる訳ではないらしい。

 ミャウル。狩人。風、水属性。海猫族の鳥人。空を飛びながらの射撃が得意。

 空を飛べるといっても、MPを消費しながら飛ばなければならず、重量制限も有り、重たい装備や、荷物は持てない。
 でも、弓矢などの飛び道具を使えば、圧倒的なアドバンテージをとれるし、空間属性を会得すれば、空間収納で荷物の重さも関係なくなる。レベルが上がれば、反則級の強さだね。
 あれ?私の今の能力で空中から攻撃してくる敵って、かなりヤバくない?何か対策考えないと。

 ジャガ丸。軽戦士。風、水、生命、天竜属性。豹の獣人。雷を纏いながら高速で動いて戦うらしい。

 天竜属性は水と風の合成魔法を覚えると身に付くらしい。
 天竜魔法とは、天に住む竜の如く雲を操る魔法で、雨風は勿論、雪、雹などの氷雪系、雷撃系など、極めれば天候すら操る強大な魔法である。
 彼は、雷撃を身に纏い、生命操作で脚力を強化して素早い攻撃を繰り出すというスタイルらしい。聞いただけでも対抗策が思いつかない。
 なんか、彼の言動や周囲からの扱いと、強さのバランスがおかしいような……
 こうやって皆の能力を確認すると……私の二種族の特性持ちなんてたいしたことないんじゃない?
 というか、皆ほとんどチート級の実力の持ち主だよ!多分、この中で一番弱いのって私かリッカちゃんじゃないかな?
 その次にニックさんとミャウルちゃん、ナナンダさんにコランダさんかな。でも、弓矢や闇影操作で遠距離から攻撃されたら、一方的にやられそうだ。
 コランダさんの分厚い毛皮には、私のほとんどの攻撃が効かないだろうし、動きを見てもかなりの実力者。投げ飛ばすのも難しい。
 実力が強すぎて測定不能なのが、ジャガ丸、レンバ、ネルフにオショウ。それぞれ速い、攻撃が効かない、全属性、正体不明と実力の底が見えない。
 そして、私達全員と互角に戦ったのが、なんとゴランなのだ。魔喰鎧馬(マクガイバー)に変身した時は、魔法攻撃は食われて無効化され、鎧が堅いは、素早いはで物理攻撃が効かず当たらずで大苦戦してしまった。〈封雷の虎〉が渋々協力してくれなかったら、どうなっていたことやら。
 尤も、人間形態の時の実力はたいしたことないだろう。過去のサウンドドラゴンとの戦いで一人だけ足を引っ張ってたみたいだし。
 えーと、次は、
 
 マーレ。女行商人。四大属性。フォスの村で三児の母親をしてい……

「ちょっと!なんでマーレさんが一緒に付いてきてるの?」

 ビックリして大声を上げる私。
 大きな荷物の影に隠れていて気付かなかったが、其処にいるのは、最初の街に着いた時、ボロボロの服を着ていた私に、娘さんのために買った服をくれた優しいおばちゃんだった。
 これは、この辺り一帯を呪いにかけ、〈封雷の虎〉でさえ太刀打ち出来なかったモノを討伐する危険な旅。普通のおばちゃんが同行して無事に済むとは思えない。

「なんや、やっぱりなんも聞いてなかったんか。このおばちゃんが来たんは、美夜ちゃんの為やんか」

 は?

「ハーッハッハッハ。美夜殿が放心しているのを見かねて、この御仁が面倒を見ると強く申し出たのだ。文句をいう前に、感謝するべきであろう」

 へ?

「アッハッハ、心配してくれなくていいよ、美夜ちゃん。娘や村の皆の命の恩人に協力するのは当然さね。これでも辺境の女やってんだ。何度も命の危険な目にも遭ってるし、責任は自分で取るよ。しっかり、美夜ちゃんのサポートするからね!」

 ん?

「あ、ありがとうございます。マーレさん。でも、私のサポートって一体」

 すると、マーレさんを含め全員顔を見合わせ、

「ま、まあ、着いてからゆっくり説明するんだな。こんなスピードで話し合っても舌噛むんだな」

 と何故か話を先延ばしにするのだった。

 
 さて、今回は〈封雷の虎〉の願いにより、一緒に戦うモンスター達がいる。

 ブラックゴブリン。軽戦士。闇属性。素早い動きと強い耐久力を持つ。五匹生き残った。同族の女、子供を救うために参戦。

 ダークウルフ。闇属性。自分の影から分身のシャドウウルフを生み出す。三匹生き残った。同じく、幼い子供達の為に参戦。

 あの戦いの後、虎に頼まれて、後方で待機していた女、子供の分も料理を分け与えたら、感謝され共闘することになりました。
 虎の言ったとおり、モンスター達も〈餓鬼地獄〉の呪いにかかっており、呪いに汚染されていない食料を求めて村を襲撃したらしい。同じ飢えの苦しみを共有した村人達も、彼らと一時的にせよ共闘の道を選ぶことを了承してくれた。
 虎の指揮の元、遊撃隊としてこの戦いに参戦する。

〈封雷の虎〉。風属性?雷を操る?????んん?


「私、貴方の事何も知らないわ」

「……………………」

 私の言葉に、虎は無言だった。

「貴方、どう考えても只のモンスターじゃないわよね。人の言葉喋るし、礼儀正しいし、良かったら教えてくれない?」

「そうだな……自分は元々虎ではない。とある一つの武具だった」

 虎は語り始めた。

「だが、長い長い年月が過ぎても、自分を使うに値する者は現れなかった。主を求めて夢見るうちに、いつしか自分は一匹の虎になっていた」

 この世界の力ある武具は、使われることなく朽ちていくのを呪い、ダンジョンを造って己を所有するに相応しい者を待つそうだが、

「この身が呪いによって生み出されたのか、どうかは分からぬ。普通はダンジョンを造り、自分に相応しい攻略者を待つそうだが、自分はもう待てなかった」

 この虎は使われぬ運命を呪うことなく、そのエネルギーをダンジョン作成ではなく、己が身を強いモンスターに変えることに注いだのだろう。

「主を求め、あちこちを彷徨い歩くが、自分を打ち負かすような強い者には出会えない。そんな折、この地にたどり着き、異変に気付いて元凶を断とうとしたが、力及ばず逃走したというわけだ」

 なるほど、普通のモンスターではなく、ダンジョンマスター並のボスキャラ、レアエネミーだったのか。どおりで強いはずである。
 でも、そんなに強いと、益々、使い手を見つけるのは難しい訳で、普通の旅人にとっても驚異でしかない。ダンジョンって所有者になる条件を満たした人だけに、口を開くものだし……何とかならないものかな。

「ねえ、貴方を使ってくれる人って、貴方より強くなければ駄目なの?」

「武に生きる者ならば、己を超える者にこそ仕えるのは当然ではないか」

 私の質問に、何を当たり前のことを尋ねるのかと、虎は訝しむ。

「うーん、上手く言えないんだけど、このマントも貴方と同じように、モンスターに変化して、ダンジョン造って所有者を待っていたのよ」

 私は背中に羽織った、コウモリの羽根をイメージしたマントを見せた。

「でも、ボス部屋の直前に、弱点となるアイテムを手に入れるのに、何度でも挑戦可能な場所が有ったの」

 例の、グレネの実を投げつけてきたウサギ達の事である。

「もし、そこでアイテムを取るのを諦めて、ボス部屋に進んでいたら、攻略出来ずにダンジョンの外にペイッてされてたでしょうね」

 グレネの実を最大限に利用して、ギリギリやっと勝てた戦いだった。

「つまり、このマントは強さよりも、諦めない心を主人となる人に求めてたんだと思うの」

 私の勝手な考えである。あのウサギ達が、製作者の悪ノリの産物ではないと信じたい。

「つまり、何が言いたいかというと、んーと、そうねえ。あんまり強さばっかりにこだわらなくてもいいんじゃないかって事」

 虎が怪訝な雰囲気を出すのが、背中越しに伝わる。

「いくら強くっても、性格が嫌な奴に使われたい?私はゴメンだわ。主人にするなら、そこそこの強さでいいから、素直で気の合う人に仕えたいわね」

 腕は良いが、性格がアレな調理長と何人付き合うはめになったことか。結局職場の雰囲気が悪くなり、人事異動するはめになるのだ。ちなみに、性格に難のある人は、激戦区送りになり、打ちのめされて性格を無理矢理矯正させられるか、退職するかになるのだが。

「貴方もそんなに強いんだから、主人にそれ以上の強さを求めるんじゃなくて、見所のある将来有望な人を支えて、一緒に強くなる事を目指した方がいいんじゃないかな。あの伝説の剣エクスカリバーだって、アーサー王が最初から強かったから岩から抜けた訳じゃないし、所有者と一緒に数々の試練を乗り越えたからこそ、後世にまで、語り継がれるようになったのよ」

 この虎は優しすぎるのだ。
 この地域の呪いなど無視して別の場所へ主を探しに行けるのに、その身がボロボロになるまで戦ったり。
 虎が止めなければ、村を襲ったモンスター達は全滅していただろう。一緒に戦う仲間が欲しかったのかもしれないが、一匹も殺さずその場を納め、後方に隠れていたモンスターの女、子供も救ってくれるように私に頭を下げた。
 まあ、そのせいもあって、かなり疲弊した私のワガママに、文句も言わず従ってくれている。
 ……今更だが、格上の存在に対して、かなりみっともなく恥ずかしい事をお願いしたものだ。癒されたけどね。
 そんな虎が、強いだけの悪人や、ゲスな奴に従うなんて、想像しただけで我慢出来ない。

「クッ……ククッ」

 虎から笑いが込み上げる。

「クワーッハッハッハ。当然、至極当然よ。一体何をまだ見ぬ主人に求めていたのか。未だ一度も武具として使われたことの無い新参者が、よくもまあ驕り高ぶったものよ」

 どうやら、虎の長年の憂いを少しは解消出来たらしい。

「必要なのは強さだけではなく、資格。ダンジョンとはそれを見定めるものだったとは。重ねて感謝するぞ、美夜殿。貴殿なら自分の主に相応しいかもしれんな」

 オオッ?少し会話しただけで、強力な装備ゲットか?
 これも沢山の人を料理で救った〈幸腹〉アビリティの効果だろうか。

「いや、流石にそれは無理だ。レベルが低すぎる。自分を振るえるようになるには、もっと強くなってもらわんとな」

 今までの会話の流れは何だったのか。ここに来て、ゲームの装備レベル上限のシステムが出てきて、あっさりと断られたよ。そんなに都合良くは行かないか。

「それじゃ、見てなさい。この戦いで、ブチッと敵を倒してレベルアップして、このフカフカベットを手に入れてみせるわ!」

「いや自分、寝具じゃなくて武具だから。……あと、美夜殿がアレを倒すのは難しいと思うぞ。色々な意味で」

「?」

 さっきの皆と同じように、言いにくそうな雰囲気になった虎は、私が理由を聞いても言葉を濁すのであった。



 其処には、かつて広い森が有った。
 だが今は、木々の葉は枯れ、枝は落ち、短い立ち木が並ぶだけになっていた。
 しかし、よく見ると実際はそうではない。
 辺り一面に広がる立ち木は、枯れた木の幹ではない。
 それは根だ。地面から突き出た根が乱立しているのだ。
 かつて、そこに元々立っていた木々の下から、一本の根が突き刺さり、内部に侵入。
 養分を全て吸い取られた木々は、干からび崩れ落ち土に還り、後に残った根が立ち並ぶ異様な光景となっていた。
 その根の中心に、一本の巨木が立っている。
 かつての森の一番古く巨大な木であり、辺りの住民から御神木として敬われていた。
 その巨木が原因不明の呪いを受けたのだ。
 恵みをもたらす筈の御神木は、森を枯らし、地下水に呪いを流して辺り一帯を汚染した。
 汚染された水を吸収した植物、その実を食べた小動物、それを食べる肉食動物やモンスター、そして人間を等しく〈餓鬼地獄〉の呪いにかけたのだ。
 その〈餓鬼地獄〉の呪いの意味を、これから美夜達は目にすることになる。



 一頭の熊がそこに現れた。
 熊は飢えていた。口にするものが全て異物であり、身体が危険と判断して吐き出してしまう。とうとう川を流れる綺麗な水すら飲めなくなっていた。
 極限の飢えと渇きに苦しむ彼に、神からの救いの手が差し伸べられる。
 それは、芳醇な甘い香り。
 遠方からでも、飢えに苦しむ熊の鋭敏になった鼻は、その匂いを捉えた。
 捉えてしまった。
 彼は最後の力を振り絞って、匂いの元へ辿り着く。
 一本の巨大な木に、色とりどりの大きな花や実が生っており、あれなら食べられると本能が激しく訴えてくる。
 それが誤りだと気付くはずもなく、喜んで木に近づく熊を、地中から突き出た根の槍が貫いた。
 激しく抵抗しようともがくが、弱り切った身体では根の槍を断ち切る力は出せず、そのまま力尽きる。
 その根により熊の養分を吸い取り、さらに多くの花を咲かせ、より遠くまで飢えた獲物を引き寄せる。
 〈餓鬼地獄〉の呪いはこの捕食作業の下準備でしかなかったのだ。
 見れば、突き出た根の根元には、動物たちの骨や死体が数多く転がっていた。
 龍脈の力を吸い取り、呪いを広げ、誤った情報を身体に与え、弱った獲物を引き寄せ捕食する。
 それはもはや、信仰に値する御神木などではない。
 故に、これよりこう呼ばれるようになる。

 誤神木と。 
 



「いーやーっ!絶対いやーっ!」

 その誤神木の根の結界から少し離れた場所から、叫び声が上がった。

「やれやれ、やっぱりこうなったか」

「美夜ちゃん落ち着きや。これは、あんさんにしか出来ないことなんや」

「美夜ちゃん、おばちゃんも手伝うから……ねっ」

 皆が口々に私をなだめるが、

「もう、料理はいやー!私も戦うーっ!」

 そう、この戦いにおいて、私の役目はなんと料理を作ることだったのだ。
 私がログインした後、虎の情報を基に戦いの役割分担を決めたらしいが、知ってのとおり、その時の私は放心状態。虎の背中で精神を癒すのに夢中で、内容など全く頭に入っていなかったのだ。

「ハッハッハ。しかしな美夜殿、あの花から漂う匂いには強力な幻覚作用があってな。まずはそれを打ち消さねばならん」

「私達獣人や半獣人にとってあの匂いはキツいニャ。まともに戦えないニャ」

「そこで、匂いには匂い。あの匂いよりもさらに旨そうな匂いで幻覚作用を打ち消し、なおかつ、これ以上被害が広がるのを防ぐっていう重要な役目なんジャガ」

 理屈は解る……解るんだけどさあ。

「それに、攻撃に加わってもたいしたこと出来パンダ。棒術、体術は勿論、未熟な地形操作や植物操作パンてあの巨木に通じないンダよ」

 う、そう言われると……

「あー、ちなみにさっきの会議の内容聞いていないんなら、もう一回説明するんだな」

 一つ、昨日村を救い、この辺りに広まった呪いについて、通信用の魔石を使って報告したが、オーガ砦の攻防が激しく、こちらに応援は出せない事。
 二つ、現在のメンバーでの誤神木討伐を、ギルドからの正式な依頼として処理。特例措置として、冒険者ランクに関わらず、強制参加命令が出た事。
 三つ、Fランク冒険者美夜は、その強引かつ身勝手な行動により、冒険者の資格を一時保留する。但し、この討伐において協調性を発揮し、依頼達成の際には保留を取り下げる事。

「何でよ!」

「ハッハッハ。やっぱり無理があったか」

「受付の姉ちゃん、あん時顔引きつっとたからなあ。そのまま、わてらに『行ってこい』やで。とんだとばっちりや」

「で、どうするのだ?たいして効かない攻撃をするのか、協調性を発揮して、料理を作って皆やこの辺りの生物を助けるのか。自由に選べ」

 自由にって、選択肢一つしかないじゃないの!
 だが、料理を作って、それで終了する気など毛頭ない。
 交渉の末、誤神木の花の幻覚効果と、これ以上被害が広がらないと確認出来たなら、攻撃に参加する権利をもぎ取ったのであった。
 
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