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高校2年3学期
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3学期も終わりかけ、先生のお疲れ様の一言を号令に教室が騒めきだした。今日どこいく~?早く帰ろと言い合う他の生徒を横目に鞄に教科書を詰めこんでいく。そのまま誰にも声をかけずに教室を後にした。いつもと変わらない下駄箱で靴を脱ぎ、履き、駐輪場で自分の自転車にカギを差し込んだ。
適当に鞄を籠に投げ込めばその上から違う鞄が降ってくる。籠に積み上がった鞄2つを一瞥し何も気にせず自転車に跨れば荷台でガシャンと重たいものが乗る音がした。
「落ちんなよ」
「わかってるよ」
ペダルをぐっと踏み込み前へと進みだす。
後ろでいいね~なんてよくわからんのんきな声を上げる旺史に心がざらりとうごめいた。
そんな心を隠すように大げさに自転車を右へ左へと不安定に揺らす。
「しっきー!?」
「どした」
「どしたじゃないって安全運転して!?」
「だーいじょうぶだって」
「しっきー!!」
慌てた旺史が俺の腰に腕を回し今度は本当に自転車が大きくふらついた。やばいやばいと二人で慌てて反対方向へ重心を移動させれば今度は反対側へと自転車が傾いて。周りのことなど何も気にせずに反対に行けって、そっちが行ってよと大きな声で言い合いをする。俺の運転する自転車はそのまま器用に不器用な恰好で前へと進んでいく。
そんな状況にどちらからともなく大笑いした。
「で、どこいくのしっきー」
「今日は音楽」
「いいね、俺何ももってきてないけど」
「俺も持ってきてない。取り行こ」
「しっきーの家先行く?」
「なんでだよ遠回りになるだろ、お前んち先」
「確かに!おっけー」
なんで何回も同じことしてんのに遠回りしようとすんだよと少し笑いながら旺史の家を目指す。
昔から音楽が好きだった。重低音が体全体を揺らし自分というものが溶けて音楽の世界に溶け込んでいく感じが好きだった。ベースを始めたのも大好きな世界にもっとのめり込みたかったからだ。だから、どこかのバンドに所属するわけでもなく、誰かに言うわけでもなく、一人でひっそりとスタジオや人のこない山の中の公園で自分の世界に浸っていた。
でも今は、違う。
初めて俺のベースを見たときに旺史は目を輝かせていた。
「あ、え、何。これしっきーの?」
「そう」
「てかてかで、かっこい~」
「てかてかって言い方やめろ」
「えぇごめん、なんて言えばいい?」
「艶のあるとかなんとかあるだろ」
「なるほどね?そういう言い方もありますね?」
お前さと肩を小突けば旺史は顔をくしゃりとゆがませて笑った。
はじめはただ俺の横に座って俺の音を聞いていた。時折いいねとか、その音好きとかそんなたわいのない会話をぽつりぽつりと交わすそんな時間。静かででも心はずっと騒々しくて。伝わるな、伝われと相反した心を音にのせた。
「ねぇ」
「ん?」
「俺もできるかな」
「何を?」
「ベース。しっきーのおすすめ教えてよ」
「やりたいのか?」
「やりたくなってきた」
「お前器用だからすぐできるようになるかもな」
「まあね、すぐにしっきー追い抜かすかもね」
「は?うざ」
「はい?言い出したのしっきーですけど」
眉根を寄せヤンキーみたいにあぁ?ん?なんて言い合ってから耐え切れなくなってベースを抱きしめて笑い声をあげた。
まだ俺の心の中に入ってくるのかと苦しくなった。
――苦しくて、嬉しかった。
「アンプとチューナーと?」
「スタンドも忘れんなよ」
「あっ」
「おい」
慌てて旺史は自転車へと引き返した。
忘れ物ないですか~なんて自分が言うくせに結局忘れ物をしているのは旺史だ。自転車の籠に刺されたままのスタンドを鷲掴みごめぇんとヘタレた声で俺の元まで走ってくる。
「行こ」
「ん」
古いビルの開き戸を押し、奥にある狭いエレベータに乗り込む。
特に会話はない。
旺史のベースのケースにぶら下がるおそろいの兎キーホルダ―を眺めていればチンっと軽快な音を鳴らしエレベータが開いた。
ABC音楽スタジオと書かれた自動ドアを抜け、受付に名前を名乗ればおふたりで予約の新田様ですね、305号室へどうぞと鍵を渡された。
「またスタジオ代渡すね」
「いい。でも次はおうくんが払って」
「はーい」
いつもの会話。いつものスタジオ。
旺史は慣れた手つきでスタンドを組み立てベースを取り出し始めた。俺も自分のベースを取り出しチューナーを挟んで調弦していく。
いつものという言葉に収まってしまうほどに俺たちは同じ時間を過ごしている。何も言わなくても息苦しさなんて感じなくて、だらだら意味のない会話をしていても義務感も努力感も感じない。お前が傍にいるだけでよかった。
「しっきー?」
「ん?」
「今日は何弾くの?」
「さぁ、なんだろうな」
「そっか」
「おうくんは何弾きたい?」
「俺はしっきーの音に合わせるよ」
「なんだよ、それ」
くすぐったくてふっと声を出さずに笑った。こいつのこういうところが天然たらしなんだと思う。
試しにぽんと弦をはじけば、旺史は1オクターブ上で音を鳴らした。2音、3音お互いの音を確かめ合う。それから少し伺うように旺史を見てから、弦を弾いて引っ張ってスラップを混ぜた。旺史はにっこりと笑って、軽く同じように弾いて見せる。
「やっぱお前むかつく」
「ぁえ?なんで!?」
「俺なんかすぐに追い抜かすんだもんな」
「いやいやまだまだだよ」
「初めて半年でこんだけ弾けるようになったんだから誇れよ」
「しっきーに教えてもらったからね」
「お前はまじですごい」
「ありがとう。でもしっきーもすごいから。」
「ん。」
まっすぐに俺をみつめ、ただまっすぐに言葉をぶつけてくる。本当にこの男はずるい。
俺はクールで寡黙な人、らしい。つまりは、不愛想で無口な奴。俺はいつも言葉足らずで、ん。とかそう。とか短文でしか返せない。身長も平均身長以上だが突出して高いわけでもないし、運動神経も良いか悪いかで言えば良い方なんだろうが特別いいわけでもない。唯一、勝るところは北に向かって南下してるよなんて言うバカじゃないというところだけか。
旺史は俺とは正反対で、俺にないものしか持っていない。こいつに劣等感を抱かないわけじゃない。わけじゃないが、結局はそんな俺にないところを持っている旺史のことを俺が一番誇らしいと思っているし、信頼している。
今は旺史との、この二人だけの世界に溶けていたい。そう願っていた。
適当に鞄を籠に投げ込めばその上から違う鞄が降ってくる。籠に積み上がった鞄2つを一瞥し何も気にせず自転車に跨れば荷台でガシャンと重たいものが乗る音がした。
「落ちんなよ」
「わかってるよ」
ペダルをぐっと踏み込み前へと進みだす。
後ろでいいね~なんてよくわからんのんきな声を上げる旺史に心がざらりとうごめいた。
そんな心を隠すように大げさに自転車を右へ左へと不安定に揺らす。
「しっきー!?」
「どした」
「どしたじゃないって安全運転して!?」
「だーいじょうぶだって」
「しっきー!!」
慌てた旺史が俺の腰に腕を回し今度は本当に自転車が大きくふらついた。やばいやばいと二人で慌てて反対方向へ重心を移動させれば今度は反対側へと自転車が傾いて。周りのことなど何も気にせずに反対に行けって、そっちが行ってよと大きな声で言い合いをする。俺の運転する自転車はそのまま器用に不器用な恰好で前へと進んでいく。
そんな状況にどちらからともなく大笑いした。
「で、どこいくのしっきー」
「今日は音楽」
「いいね、俺何ももってきてないけど」
「俺も持ってきてない。取り行こ」
「しっきーの家先行く?」
「なんでだよ遠回りになるだろ、お前んち先」
「確かに!おっけー」
なんで何回も同じことしてんのに遠回りしようとすんだよと少し笑いながら旺史の家を目指す。
昔から音楽が好きだった。重低音が体全体を揺らし自分というものが溶けて音楽の世界に溶け込んでいく感じが好きだった。ベースを始めたのも大好きな世界にもっとのめり込みたかったからだ。だから、どこかのバンドに所属するわけでもなく、誰かに言うわけでもなく、一人でひっそりとスタジオや人のこない山の中の公園で自分の世界に浸っていた。
でも今は、違う。
初めて俺のベースを見たときに旺史は目を輝かせていた。
「あ、え、何。これしっきーの?」
「そう」
「てかてかで、かっこい~」
「てかてかって言い方やめろ」
「えぇごめん、なんて言えばいい?」
「艶のあるとかなんとかあるだろ」
「なるほどね?そういう言い方もありますね?」
お前さと肩を小突けば旺史は顔をくしゃりとゆがませて笑った。
はじめはただ俺の横に座って俺の音を聞いていた。時折いいねとか、その音好きとかそんなたわいのない会話をぽつりぽつりと交わすそんな時間。静かででも心はずっと騒々しくて。伝わるな、伝われと相反した心を音にのせた。
「ねぇ」
「ん?」
「俺もできるかな」
「何を?」
「ベース。しっきーのおすすめ教えてよ」
「やりたいのか?」
「やりたくなってきた」
「お前器用だからすぐできるようになるかもな」
「まあね、すぐにしっきー追い抜かすかもね」
「は?うざ」
「はい?言い出したのしっきーですけど」
眉根を寄せヤンキーみたいにあぁ?ん?なんて言い合ってから耐え切れなくなってベースを抱きしめて笑い声をあげた。
まだ俺の心の中に入ってくるのかと苦しくなった。
――苦しくて、嬉しかった。
「アンプとチューナーと?」
「スタンドも忘れんなよ」
「あっ」
「おい」
慌てて旺史は自転車へと引き返した。
忘れ物ないですか~なんて自分が言うくせに結局忘れ物をしているのは旺史だ。自転車の籠に刺されたままのスタンドを鷲掴みごめぇんとヘタレた声で俺の元まで走ってくる。
「行こ」
「ん」
古いビルの開き戸を押し、奥にある狭いエレベータに乗り込む。
特に会話はない。
旺史のベースのケースにぶら下がるおそろいの兎キーホルダ―を眺めていればチンっと軽快な音を鳴らしエレベータが開いた。
ABC音楽スタジオと書かれた自動ドアを抜け、受付に名前を名乗ればおふたりで予約の新田様ですね、305号室へどうぞと鍵を渡された。
「またスタジオ代渡すね」
「いい。でも次はおうくんが払って」
「はーい」
いつもの会話。いつものスタジオ。
旺史は慣れた手つきでスタンドを組み立てベースを取り出し始めた。俺も自分のベースを取り出しチューナーを挟んで調弦していく。
いつものという言葉に収まってしまうほどに俺たちは同じ時間を過ごしている。何も言わなくても息苦しさなんて感じなくて、だらだら意味のない会話をしていても義務感も努力感も感じない。お前が傍にいるだけでよかった。
「しっきー?」
「ん?」
「今日は何弾くの?」
「さぁ、なんだろうな」
「そっか」
「おうくんは何弾きたい?」
「俺はしっきーの音に合わせるよ」
「なんだよ、それ」
くすぐったくてふっと声を出さずに笑った。こいつのこういうところが天然たらしなんだと思う。
試しにぽんと弦をはじけば、旺史は1オクターブ上で音を鳴らした。2音、3音お互いの音を確かめ合う。それから少し伺うように旺史を見てから、弦を弾いて引っ張ってスラップを混ぜた。旺史はにっこりと笑って、軽く同じように弾いて見せる。
「やっぱお前むかつく」
「ぁえ?なんで!?」
「俺なんかすぐに追い抜かすんだもんな」
「いやいやまだまだだよ」
「初めて半年でこんだけ弾けるようになったんだから誇れよ」
「しっきーに教えてもらったからね」
「お前はまじですごい」
「ありがとう。でもしっきーもすごいから。」
「ん。」
まっすぐに俺をみつめ、ただまっすぐに言葉をぶつけてくる。本当にこの男はずるい。
俺はクールで寡黙な人、らしい。つまりは、不愛想で無口な奴。俺はいつも言葉足らずで、ん。とかそう。とか短文でしか返せない。身長も平均身長以上だが突出して高いわけでもないし、運動神経も良いか悪いかで言えば良い方なんだろうが特別いいわけでもない。唯一、勝るところは北に向かって南下してるよなんて言うバカじゃないというところだけか。
旺史は俺とは正反対で、俺にないものしか持っていない。こいつに劣等感を抱かないわけじゃない。わけじゃないが、結局はそんな俺にないところを持っている旺史のことを俺が一番誇らしいと思っているし、信頼している。
今は旺史との、この二人だけの世界に溶けていたい。そう願っていた。
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