この思いは伝わらない

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高校3年1学期

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 高校3年生の春。
 一番後ろの席で指をかすかに動かし頭の中で音を奏でる。朝からおはよーと無駄にでかい声で友達に挨拶するやつや、ぞろぞろと部活の朝練終わりだろう腹減ったーと集団で教室に入ってくるやつらを一瞥する。ここには朝から俺に声をかけてくるやつはいない。不愉快で、聞いていられなくて、また頭の中で弦をはじき自分の世界に閉じこもった。
 新学年、俺は4組で旺史は1組になった。移動教室でも、体育でも合同になることのない遠い組。
 朝、いつも傍にいたあいつがいなくなった。当然のように一緒に移動して、当たり前に一緒に昼食をとる。そんな普通の生活は簡単に非日常と化した。
 平坦な感情のままぼんやりと過ごしていればいつの間にか時間が過ぎている。
 移動教室のために教科書を適当につかみ席を立った。休憩時間で賑わう廊下をそそくさと通り抜け移動先の3組の教室に一歩入る。しかし、俺の席となる席にはまだ他生徒が座ったままだった。早く動けよなんて少し毒を吐いてから廊下へと引き返し、廊下の壁にもたれかかった。

「しっきー!」

 遠くから懐かしい声が聞こえ顔を向けた。

「何してんの?」
「何って、移動教室だけど」
「へ~そうなんだ」

 緩みそうになる頬をぐっと引き締め簡素に返事をした。
 3年生になり久しぶりにみたシースルーマッシュはにこにこと人好きのする笑顔で俺の顔を覗き込んでくる。
 
「そういうおうくんはこんなとこまで何しにきたの」
「え、しっきー見つけたから」
「み、つけたから?」
「そう。」
「あっそ」

 俺を見つけたから?ただそれだけで手前の教室から奥の教室まで来たのか。こいつはほんとうにと、呆れと喜びが一緒に湧き上がってくる。わかっててやってんのかと胸倉を掴んでやりたくなって旺史から目をそらした。どうせこいつはそんなことをしたってぁえ、なんでぇ!?とバカみたいな声を上げるだけだ。
 俺の隣に並び壁にもたれて、教室離れたからさ~と話し出す旺史を教室の窓の反射越しに眺めた。

「しっきー?」
「ん?」
「聞いてる?」
「聞いてない」
「も~!」
「ごめんごめん。で、何」
「今日はどこ行くのって」
「今日は塗装」
「いいね」
「ん。」
「前は緑っぽいような色だったよね、色変えるの?」
「そ、飽きた」
「なるほどね、楽しみだな」

 少し目線を上へと流し考える素振りを見せた旺史に何、来んのと聞こうとした時だった。
 遠くから旺史ー!とでかい声で旺史を呼ぶ声が響いた。
 旺史と一緒に声の方へと顔を向ければ1組の教室前で手を振っている集団がいた。男も女も入り混じった明らかに陽気な集団が仲良さげに旺史に呼び掛けている。
 行くな。
 隣にいろ。
 指先から冷えていくような感覚に陥る。も~と困ったような声を発した旺史を仰ぎ見て、心臓までもが冷えていくのを感じた。
 眉をさげくしゃりと顔をゆがませて、仕方ないななんて表情をしている。

「ごめん、しっきーまたね」

 そういって旺史はあいつらのもとに駆け寄っていく。行くな。そいつらなんかほっとけばいいだろ。冷え切った心が悲鳴を上げている。
 それでも俺の口は引き止める言葉も、ん。という短い返事すらも発してはくれなかった。
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