輝く月は天の花を溺愛する

如月 そら

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第二章 救命

第二章①

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「媛様ぁ、本当に行っちゃうんですか?」
「ええ、本当」
慶蓉けいよう様が寂しがりますね」
 蓮花は荷造りの手を止めて、寝台の横に座った。

「そうね。だから玉鈴、よくしてあげてね。お祖母様はお寒いのが苦手だから……」
「冬にはお休みになる前にお布団に温石ですね」
 玉鈴は蓮花の荷造りを手伝いながら、寂しそうな声でそう言った。

「そうよ。よく分かってるじゃないの」
 蓮花はあえて元気な声を出す。
「媛様こそ、無茶はなさらないで下さいね」
「ま! 私がいつ無茶をしたというの?」

 四六時中です……という声は小さすぎて聞こえていないようだ。
 書物で学んだことを実践しようとして、村を爆破しかけたこともある。

「数年前、村を爆破しました」
「違うのよ! あれは、ほら井戸を掘るのにね、ちょっと試してみようと思ったら、その……思っていたよりも発破の力が大きかったの。間違いは誰にでもあるわ! うん!」

 万能薬を作ろうとしてとんでもない薬を作ったこともある。
「笑いが止まらない薬とか、最悪でした……」

 しかもそれを吸い薬にしようとしたため村中にその粉薬が舞ったためあちこちで大笑いになり、しばらく村内での作業もできないくらいだったのだ。
「村の中が明るくなって良かったわよねぇ」

 それでも、玉鈴はこのお媛様が大好きだった。
 確かに村の祝福は受けてはいないけれど、お日様のようにいつも明るく笑っていて、村人が思いつかないようなとんでもないことをしでかす。

 皆が敬愛する慶蓉に頭ごなしに怒鳴られていても、懲りずにまたなにかしでかす。
 しょうがないよな媛様だから、と皆が慕っていた。
 この人がいれば大丈夫、と思えるような人。

「都に住めなくなったら戻ってきて下さいね」
 寝台の隣に座り、玉鈴は蓮花の肩に頭をもたれさせる。
 戻れないことなど知っている。でもこのお媛様が戻ろうとすれば、戻れそうな気がするのだ。

 蓮花も戻れないことは知っていた。
 それでも隣の玉鈴の頭をそっと撫でる。
「ええ。なにかあったら帰ってくるわ。それまで元気でね」


 旅立つ時にも一悶着あった蓮花である。
「ちょっと待て、その蛙はどうしてもいるのか?」

 訳の分からないものをたくさん持ち出そうとするのを都には全てのものが集まる場所だから、と置いてこさせているのに、蛙の入った壺を手放さないのだ。蓮花はその壺をぎゅうっと抱きしめる。

「だめよ! けろりんは絶対持っていくから! この子は蠱毒を飲んでも生きていられたのよ。絶対に役に立つからっ」
「蠱毒!? お前まさかそのようなもの都に持ち込もうとしていないだろうな!?」

 そんなものが大司馬の自宅から発見されたら、謀反を疑われても無理はない。
「え? えへへ、さっき劉大司馬に取り上げられちゃったから置いていくことにしたわ」
 こいつ……!! 危険すぎる!

 大司馬様、ご苦労さまです。
 心の中で合掌されつつ、荷物をまとめ、旅支度をさせた蓮花を馬に乗せた大司馬だ。村を出ようとする頃にはなにやら訳の分からない疲れにさいなまれていた。

 ──俺はよもや大変なことをしようとしているのではあるまいな!?
 馬に乗るのは初めてだとはしゃぐ蓮花を見てようやくニヤリと笑うことができた大司馬だ。
 馬は慣れないお嬢様が半日も乗っていれば、足も腰も痛くなる。
 とにかく大人しくしていてくれ!

 村人達に送られて、村の手前で蓮花は一度馬を降りた。
 祖母のところに駆け寄る。
「お祖母様!」
 ぎゅうっと祖母を抱きしめた。

 そんなことはしたことがなかった。祖母はいつも尊敬の対象であり、蓮花が抱きしめてもいいような人ではなかったから。
 それでも、しっかりその温もりを感じておきたかった。
「蓮花……」

 祖母は蓮花に袋に入ったお守りと今後の幸せを祈念した帯を渡してくれる。
 それは村の重鎮としてではなく、蓮花の祖母としての思いやりのこもったものだった。
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