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第十四章 天女降臨
第十四章①
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卓子の上にあった手を蒼暉に握られた。ザラっとしていてひんやりしている。
そういえば夜衡は弓の名手だったのだなと思い出して、もうあの彼には会えないのかと不思議な気持ちになった。
目の前の蒼暉はそれとは似ても似つかない。
「許しがいるものだとは思いません」
「そうだな……蓮花ならそう言うと思った。だから、聞きたくないことを言う口は塞ぐに限ると思わないか?」
目の奥の冷酷そうな光に蓮花は気づく。
「薬が身体に問題ないことは私が実証済だ」
──お茶だわ……!
手ずから淹れたお茶、おかしいと思った。皇子自らお茶を淹れるなど!
「なんで……っ……そ……」
そんなことを! という声はもう発することができなかった。
「明日は国民の前に立ってもらう。白蓮皇国の天女として、だ。弥栄が約束される天女を私が見つけて保護した。そう発表する」
──嘘よ! そんなの嘘なのに。
「口の利けないかわいそうな天女だ。お前も同情されるだろうし、彩鳳国の天女とは関係ないと思われる」
策士と呼ばれるのも納得だ。
詰ってやりたいのに口が利けなくて、蓮花の感情は行き場をなくす。
拳をぎゅっと握りしめることしかできなかった。
それを見た蒼暉が穏やかに声をかける。
「言いたいことは分かる。けれど天人は国民にとっての救いなんだ」
はしゃいだ様子の女官たち。浮き足立っていたのは天人への期待もあったのだろう。
「明日はせいぜい着飾ってもらうぞ。口さえ開かなければ蓮花はまさに天女というにふさわしい美しさだからな」
蓮花は耳に重く感じていた耳飾りを引き外して、蒼暉に向かって投げた。
──そんなの絶対出ないから!
片手で軽く受け取った蒼暉は眉を寄せたあと、淡々と蓮花に告げる。
「これは白蓮皇国の職人が時間をかけて天女のためにと作ったものだ。金だけに変えられないほど価値のあるものだぞ」
──知っているでしょう? 桃園房の人たちは華美を好まず、政治的に利用されることを好まない!
口からは一切声が出ないので、目だけで蓮花は必死で訴える。
「では、軍神はどうなんだ?」
蓮花は首を横に振った。
──煌月さまは私を政治的に利用したわけじゃないわ。
祭の場で婚約者だということをはっきりさせたかっただけだ。蓮花の立場を利用しようとしたわけではない。
「なるほど、違うと言いたいのか。けど、祭の場で堂々の自分のものだと宣言したようなものだったな、あれは」
──それに……煌月さまは鳳だもの。
当代に現れた天人と鳳。どちらが大事かと言われれば、蓮花には鳳の方が大事なのだとはっきり言える。
天人と言われている桃園房の住人は蓮花にとって珍しいものではないが、鳳は簡単に現れるものではない。
鳳凰が羽を休める桃の木。桃園房の真ん中に立っている大きな桃の木がそれだという言い伝えがある。蓮花は煌月が安らげるような存在でありたいと願っていた。
いろんな感情がごちゃまぜになり、蓮花の目から大粒の涙が零れる。
泣こうと思ったわけではないのに、止まらなかった。
目の前にいた煌月。あの黒曜石のような瞳が自分を間違いなくとらえていた。指先が触れそうだったのに。
「泣くな……。お前を悲しませたいわけじゃない」
──じゃあ、帰して……。煌月さまのもとに私を帰して。
疲れもあったのだろう。泣きながら気づいたら眠ってしまっていた。夢うつつの中ゆらゆらと身体が揺れるのを感じる。
誰かが抱き上げて寝台まで運んでくれているのだ。けれど、それが知っている香りではなくて、切ない気持ちになりながら蓮花はまぶたを閉じていた。
そういえば夜衡は弓の名手だったのだなと思い出して、もうあの彼には会えないのかと不思議な気持ちになった。
目の前の蒼暉はそれとは似ても似つかない。
「許しがいるものだとは思いません」
「そうだな……蓮花ならそう言うと思った。だから、聞きたくないことを言う口は塞ぐに限ると思わないか?」
目の奥の冷酷そうな光に蓮花は気づく。
「薬が身体に問題ないことは私が実証済だ」
──お茶だわ……!
手ずから淹れたお茶、おかしいと思った。皇子自らお茶を淹れるなど!
「なんで……っ……そ……」
そんなことを! という声はもう発することができなかった。
「明日は国民の前に立ってもらう。白蓮皇国の天女として、だ。弥栄が約束される天女を私が見つけて保護した。そう発表する」
──嘘よ! そんなの嘘なのに。
「口の利けないかわいそうな天女だ。お前も同情されるだろうし、彩鳳国の天女とは関係ないと思われる」
策士と呼ばれるのも納得だ。
詰ってやりたいのに口が利けなくて、蓮花の感情は行き場をなくす。
拳をぎゅっと握りしめることしかできなかった。
それを見た蒼暉が穏やかに声をかける。
「言いたいことは分かる。けれど天人は国民にとっての救いなんだ」
はしゃいだ様子の女官たち。浮き足立っていたのは天人への期待もあったのだろう。
「明日はせいぜい着飾ってもらうぞ。口さえ開かなければ蓮花はまさに天女というにふさわしい美しさだからな」
蓮花は耳に重く感じていた耳飾りを引き外して、蒼暉に向かって投げた。
──そんなの絶対出ないから!
片手で軽く受け取った蒼暉は眉を寄せたあと、淡々と蓮花に告げる。
「これは白蓮皇国の職人が時間をかけて天女のためにと作ったものだ。金だけに変えられないほど価値のあるものだぞ」
──知っているでしょう? 桃園房の人たちは華美を好まず、政治的に利用されることを好まない!
口からは一切声が出ないので、目だけで蓮花は必死で訴える。
「では、軍神はどうなんだ?」
蓮花は首を横に振った。
──煌月さまは私を政治的に利用したわけじゃないわ。
祭の場で婚約者だということをはっきりさせたかっただけだ。蓮花の立場を利用しようとしたわけではない。
「なるほど、違うと言いたいのか。けど、祭の場で堂々の自分のものだと宣言したようなものだったな、あれは」
──それに……煌月さまは鳳だもの。
当代に現れた天人と鳳。どちらが大事かと言われれば、蓮花には鳳の方が大事なのだとはっきり言える。
天人と言われている桃園房の住人は蓮花にとって珍しいものではないが、鳳は簡単に現れるものではない。
鳳凰が羽を休める桃の木。桃園房の真ん中に立っている大きな桃の木がそれだという言い伝えがある。蓮花は煌月が安らげるような存在でありたいと願っていた。
いろんな感情がごちゃまぜになり、蓮花の目から大粒の涙が零れる。
泣こうと思ったわけではないのに、止まらなかった。
目の前にいた煌月。あの黒曜石のような瞳が自分を間違いなくとらえていた。指先が触れそうだったのに。
「泣くな……。お前を悲しませたいわけじゃない」
──じゃあ、帰して……。煌月さまのもとに私を帰して。
疲れもあったのだろう。泣きながら気づいたら眠ってしまっていた。夢うつつの中ゆらゆらと身体が揺れるのを感じる。
誰かが抱き上げて寝台まで運んでくれているのだ。けれど、それが知っている香りではなくて、切ない気持ちになりながら蓮花はまぶたを閉じていた。
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