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第十三章 邂逅
第十三章④
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女官が寝台の隣にあった扉をあけると、つややかに磨かれた大理石で作られた床があり、奥にもう一つ扉が見える。奥の扉からは温かい空気が流れてきていた。
この桃華宮は湯殿も併設されているようだ。
(そっか……後宮……)
事を終え、汗など流す場所も必要ということなのだろう。
蓮花はひとりで顔を赤くしてしまった。
中に入ると、たっぷりとお湯をたたえた湯殿がある。陶器製らしき湯殿からは白蘭の香りがした。心を落ち着かせる効果がある。
強引に連れてこられたけれど、心遣いが本当であることを感じずにはいられなかった。
お湯に入ると身体も心もゆっくりとほどけていくのが分かる。
「失礼いたします」
入ってきた女官たちは蓮花が戸惑っているうちに髪を洗って、身体まですっかり洗ってしまう。
湯殿から上がると先ほどの大理石の床のある小部屋で陶器で作られた椅子に座り、髪を綺麗に結われ小花の飾りや宝飾をあしらわれる。
淡雪色で艶やかに輝く絹衣を着せられ、煌めく宝石の付いた紗の上衣を着せかけられた。
さらに化粧まで施されたあたりで女官たちがきゃいきゃいと騒ぎ出す。
「飾りはこちらだわ」
「待って! お揃いの耳飾りがあったはずよ」
「見て! 髪を上げたらお首がほっそりしていて、まるで月を写したかのような頬から首の線の素敵なこと」
ひ、ひぇぇぇ……。
蓮花が引いているのにも気づかず、女官たちは飾り立てるのに必死になっていた。
その迫力に蓮花は押されるばかりだ。
「蒼暉さまがご自身でお連れになったのも分かります」
こくこくとうなずく女官たちに仕上げられたとき、外から声がかかった。
「蒼暉さま、お成りでございます! 天女さまを居室に!」
「はい。天女さま、どうぞ」
「あの、私天女でなくて蓮花と……」
「かしこまりました。蓮花さま、こちらです」
お姫様のように手を差し出される。立ち上がると長い裾をさばく女官もいて、これでは貴妃の扱いだ。
先ほどの居室にしずしずと戻ると、部屋の主のように蒼暉が長椅子に座っていた。足を組み、首を傾げるようすは優美なだけでなく色香も感じさせる。
「祭のときも思ったが、着飾ると他を寄せ付けないほどの美しさだな」
「着飾ってないとお転婆だと言いたいんですね」
「そこまでは言っていないだろう」
蒼暉が相手であっても蓮花に遠慮したようすはない。
女官たちはひやひやとしながら見ていたが、機嫌よく楽しそうに笑顔を見せる蒼暉にひと安心したようだ。
蒼暉は目の前にあった茶器を使って手ずからお茶を淹れる。
「喉が乾いただろう。飲むといい」
そして女官を呼ぶと、卓子の上には白玉の菓子器や小ぶりな茶碗が並び、蜜漬けの果実や花形の点心が並べられた。
どれも可愛らしいうえにおいしそうだ。
くぅ……と蓮花の腹が小さな音を立てたのが分かって顔を赤くする。気づいた蒼暉が堪えきれないように噴き出した。
「ひどいわ……」
「悪い悪い、私が攫ってきたのが悪かった。遠慮しないで食べてくれ」
金属で作られた匙を手に取り、蓮花は蜜漬けの果実を口に入れる。自然な甘さに癒された。
「おいしい」
「そうか、それはよかった」
「こんなところに連れてきて、どうするつもり?」
蒼暉は表情を改めて、腕を組む。
「貴妃として迎える」
「誰を?」
「蓮花だ」
果実を口から吹き出しそうになった。
「それは無理ですよ。煌月さまと婚約しているんです」
「けれどその軍神はここにはいない」
冷ややかな笑顔だった。目の奥が笑っていないから、心からの笑顔でないことが分かる。
怒らせてはいけない人なんだと背中に氷を突きつけられたようだった。
「いなくても、私の心は煌月さまのものなんです」
「そんなこと、許すと思うか?」
この桃華宮は湯殿も併設されているようだ。
(そっか……後宮……)
事を終え、汗など流す場所も必要ということなのだろう。
蓮花はひとりで顔を赤くしてしまった。
中に入ると、たっぷりとお湯をたたえた湯殿がある。陶器製らしき湯殿からは白蘭の香りがした。心を落ち着かせる効果がある。
強引に連れてこられたけれど、心遣いが本当であることを感じずにはいられなかった。
お湯に入ると身体も心もゆっくりとほどけていくのが分かる。
「失礼いたします」
入ってきた女官たちは蓮花が戸惑っているうちに髪を洗って、身体まですっかり洗ってしまう。
湯殿から上がると先ほどの大理石の床のある小部屋で陶器で作られた椅子に座り、髪を綺麗に結われ小花の飾りや宝飾をあしらわれる。
淡雪色で艶やかに輝く絹衣を着せられ、煌めく宝石の付いた紗の上衣を着せかけられた。
さらに化粧まで施されたあたりで女官たちがきゃいきゃいと騒ぎ出す。
「飾りはこちらだわ」
「待って! お揃いの耳飾りがあったはずよ」
「見て! 髪を上げたらお首がほっそりしていて、まるで月を写したかのような頬から首の線の素敵なこと」
ひ、ひぇぇぇ……。
蓮花が引いているのにも気づかず、女官たちは飾り立てるのに必死になっていた。
その迫力に蓮花は押されるばかりだ。
「蒼暉さまがご自身でお連れになったのも分かります」
こくこくとうなずく女官たちに仕上げられたとき、外から声がかかった。
「蒼暉さま、お成りでございます! 天女さまを居室に!」
「はい。天女さま、どうぞ」
「あの、私天女でなくて蓮花と……」
「かしこまりました。蓮花さま、こちらです」
お姫様のように手を差し出される。立ち上がると長い裾をさばく女官もいて、これでは貴妃の扱いだ。
先ほどの居室にしずしずと戻ると、部屋の主のように蒼暉が長椅子に座っていた。足を組み、首を傾げるようすは優美なだけでなく色香も感じさせる。
「祭のときも思ったが、着飾ると他を寄せ付けないほどの美しさだな」
「着飾ってないとお転婆だと言いたいんですね」
「そこまでは言っていないだろう」
蒼暉が相手であっても蓮花に遠慮したようすはない。
女官たちはひやひやとしながら見ていたが、機嫌よく楽しそうに笑顔を見せる蒼暉にひと安心したようだ。
蒼暉は目の前にあった茶器を使って手ずからお茶を淹れる。
「喉が乾いただろう。飲むといい」
そして女官を呼ぶと、卓子の上には白玉の菓子器や小ぶりな茶碗が並び、蜜漬けの果実や花形の点心が並べられた。
どれも可愛らしいうえにおいしそうだ。
くぅ……と蓮花の腹が小さな音を立てたのが分かって顔を赤くする。気づいた蒼暉が堪えきれないように噴き出した。
「ひどいわ……」
「悪い悪い、私が攫ってきたのが悪かった。遠慮しないで食べてくれ」
金属で作られた匙を手に取り、蓮花は蜜漬けの果実を口に入れる。自然な甘さに癒された。
「おいしい」
「そうか、それはよかった」
「こんなところに連れてきて、どうするつもり?」
蒼暉は表情を改めて、腕を組む。
「貴妃として迎える」
「誰を?」
「蓮花だ」
果実を口から吹き出しそうになった。
「それは無理ですよ。煌月さまと婚約しているんです」
「けれどその軍神はここにはいない」
冷ややかな笑顔だった。目の奥が笑っていないから、心からの笑顔でないことが分かる。
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「いなくても、私の心は煌月さまのものなんです」
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