敏腕CEOは初心な書道家を溺愛して離さない

如月 そら

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「先生、さよーなら!」
「はい、さようなら。気を付けて帰るのよ」
「はーいっ!」
 小さな手を振る子供たちに柚木ゆうき香澄かすみは笑顔で手を振り返した。

 香澄がやっている書道教室は実家の敷地の中にある別棟で行われている。
 平屋の小さな別棟が香澄のお城だ。自宅の玄関と教室の出入り口は完全に別になっているので、家人に迷惑をかけることもない。

 平屋の中は畳敷きの部屋になっていて、教室の時はマットレスを敷いてテーブルと椅子を置いている。香澄が書道をするときは畳が汚れないように同じくマットレスを敷いて作業をすることもある。

 香澄は書道家でもあった。
 実家は地元で不動産業を営んでいるので、香澄が仕事をしなくてもそれほど困るわけではない。けれど地域の人たちのために書道を教えることが香澄は好きなのだった。

 教室の入り口で子どもたちを見送って、玄関から中に入るとスマートフォンが着信を知らせていた。誰からの着信か確認するため手に取ると、同じ敷地の中にある実家の母からの着信だ。

 香澄は長い黒髪をさらりと背中に流し少し考えたあと、そっとスマートフォンを玄関に置いた。片付けをしてすぐに母屋に戻るので連絡は不要と考えたのだ。

 日に当たることが少ないせいか、香澄は真っ白な肌の持ち主だ。丸い綺麗な卵型の顔と大きな瞳はともすれば少し童顔に見られてしまう。日本人形のような容貌の持ち主だった。

 テーブルと椅子を片付け教室に鍵をかけ、母屋に向かう。
 母屋の一室から大きな声が聞こえていた。廊下にまで聞こえるほどの大声でしゃべるのは叔父だろう。
 ちょうど母がキッチンから出てきてお茶を持っていくところだったらしく、手に茶器の載ったお盆を持っている。

「香澄ちゃん、ちょうどよかったわ。叔父さまにお茶を出してくれる?」
「あら、タイミングが悪かった?」
 ちょっとおどけて香澄がそう言うと母は苦笑する。
「私にはとてもいいタイミングだったわよ。そう言わないで? お父さんのお兄さんなんだから」
「はあい。お稽古の道具を部屋に置いたら持っていきます」

 香澄が引き受けると母は安心したようにキッチンに戻っていった。

 自室にお稽古用の道具を置いて、香澄はキッチンでお茶の用意をしてくれていた母からお盆を預かり、客間へ向かったのだった。

 まさか、それが大変な事態を招くことになるとも知らずに。
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