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7.香澄ちゃんの冒険
香澄ちゃんの冒険 ①
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名前で呼ぶこともそうだが、恋愛には超えなくてはいけないハードルがたくさんあるらしい。
それでも、神代と離れることを考えたくはなかった。
きっとこれからも香澄の前にはたくさんのハードルが現れるはずだ。その度に逃げてはいられない。
香澄はベッドの上で愛用のクッションをきゅっと抱きしめた。
「柚木さん、東部書道展に出す文字は決まりましたか?」
香澄がお稽古で文字を練習していると師匠にそう声をかけられ、香澄は顔を上げる。
書道展に出す文字はまだ決まっていない。正直を言えばそれどころではなかったのだ。けれど、そうもいっていられないだろう。
立ち上がった香澄は師匠に頭を下げる。
「すみません。まだ決まっていなくて……」
「もちろんまだ時間はあるから大丈夫です。珍しいですね。迷っていますか?」
「いえ……まだしっかり自分が書きたいものに向き合えていないというか……迷っているというところまでもいっていませんね」
自嘲するような笑みしか浮かんでこなかった。恋愛のことでばかり悩んでもいられない。やらなければならないこともあるのだから。
「もう一度、自分が書きたいものを見つめ直します」
「とてもいい顔をしていますね」
師匠はそういって微笑む。自分ではダメダメだと思うのに、師匠からはそうは見えないらしい。
「頑張ります」
「新しい柚木さんの書が楽しみですね。どんな文字を選ぶのかも含めて」
──どんな文字を選ぶのか……。
それは自分が選択することだ。
今の自分はどういう文字を選ぶのだろう。
お稽古から帰ってきて、香澄は書道用の平屋の方に足を向ける。確かに師匠に言われた通り、早く文字を決めなくては練習もままならないのだから。
先日持ち出した小説の付箋が貼ってあるところを再度チェックしているときだ。香澄のスマートフォンが振動しているのに気づいて、カバンから取り出す。画面に表示されていたのは知らない番号だった。
それでも生徒さんの保護者の可能性もあるので、香澄はすべての着信には出ることにしている。
「はい……」
『香澄ちゃん?』
それは従姉妹の菜々美の声だった。
叔父からは家出をしたまま、どこに行ったかも分からないと聞いている。美人で魅力的で行動的な従姉妹だ。
「菜々美ちゃん……?」
『うん!』
「今、どこにいるの? 叔父さますっごく探しているわよ!」
『知ってる……。ごめん! 香澄ちゃん』
突然聞こえたお詫びの声に香澄は驚いてしまった。お詫びされる心当たりはなかったから。
「どうしたの?」
『私、結婚させられると思って家を出たの。なんか父がお見合いをセッティングしていたでしょう。私がいなくなれば諦めると思った。そうしたら、香澄ちゃんを身代わりにしたんだね!』
それでも、神代と離れることを考えたくはなかった。
きっとこれからも香澄の前にはたくさんのハードルが現れるはずだ。その度に逃げてはいられない。
香澄はベッドの上で愛用のクッションをきゅっと抱きしめた。
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香澄がお稽古で文字を練習していると師匠にそう声をかけられ、香澄は顔を上げる。
書道展に出す文字はまだ決まっていない。正直を言えばそれどころではなかったのだ。けれど、そうもいっていられないだろう。
立ち上がった香澄は師匠に頭を下げる。
「すみません。まだ決まっていなくて……」
「もちろんまだ時間はあるから大丈夫です。珍しいですね。迷っていますか?」
「いえ……まだしっかり自分が書きたいものに向き合えていないというか……迷っているというところまでもいっていませんね」
自嘲するような笑みしか浮かんでこなかった。恋愛のことでばかり悩んでもいられない。やらなければならないこともあるのだから。
「もう一度、自分が書きたいものを見つめ直します」
「とてもいい顔をしていますね」
師匠はそういって微笑む。自分ではダメダメだと思うのに、師匠からはそうは見えないらしい。
「頑張ります」
「新しい柚木さんの書が楽しみですね。どんな文字を選ぶのかも含めて」
──どんな文字を選ぶのか……。
それは自分が選択することだ。
今の自分はどういう文字を選ぶのだろう。
お稽古から帰ってきて、香澄は書道用の平屋の方に足を向ける。確かに師匠に言われた通り、早く文字を決めなくては練習もままならないのだから。
先日持ち出した小説の付箋が貼ってあるところを再度チェックしているときだ。香澄のスマートフォンが振動しているのに気づいて、カバンから取り出す。画面に表示されていたのは知らない番号だった。
それでも生徒さんの保護者の可能性もあるので、香澄はすべての着信には出ることにしている。
「はい……」
『香澄ちゃん?』
それは従姉妹の菜々美の声だった。
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「菜々美ちゃん……?」
『うん!』
「今、どこにいるの? 叔父さますっごく探しているわよ!」
『知ってる……。ごめん! 香澄ちゃん』
突然聞こえたお詫びの声に香澄は驚いてしまった。お詫びされる心当たりはなかったから。
「どうしたの?」
『私、結婚させられると思って家を出たの。なんか父がお見合いをセッティングしていたでしょう。私がいなくなれば諦めると思った。そうしたら、香澄ちゃんを身代わりにしたんだね!』
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