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11.心の中に在って失われないもの
心の中に在って失われないもの⑤
「そもそも何が書いてあるのか分からない作品もあれば、俺にでも読める作品もあるんですね。どういうところを見たらいいんだろう?」
「採点されるときは選ぶ文字から、バランス、それから筆に含まれている墨にその濃さや量、掠れなんかも採点の対象になったりします。でも芸術の一つとして見るのであれば感性で見ればいいんじゃないかなって思います」
壁の作品を見ながら、これはこういう意味で……と時折神代に説明したり、これはどういうものですか? という神代の質問に答えながら二人で会場を見て回った。
いつも香澄は一人で見ることが多く、それはそれで自分の世界で観ることができるので面白いが、神代に説明しながら一緒に回るのも充実していてとても楽しかった。
その時だ。
「翠澄先生!」
明るい女性の声が聞こえたのだ。香澄はその声に反応して声の主を振り返る。柔らかいピンク色の着物を着こなした笑顔の友人がそこにいた。
「あ、翠澄っていうのは雅号です」
急なことで驚くかもしれないと香澄は隣に立っている神代に説明する。
「雅号……ペンネームのようなものですね?」
「はい。書道の場合は漢字二文字で雅号というのをつけるんです」
「漢字? ひらがなの名前はないんですか?」
「本名がひらがなの場合は漢字二文字の雅号を必ずつけるんです」
「そういうものなんですね」
神代の疑問が解消されるまで彼女はにこにことしながら香澄の側に立っていた。
「佳祐さん、こちらが今日ご招待くださった岡野芳睡先生です。芳睡さん、こちらは……」
「翠澄先生の彼氏さんですか?」
興味津々のきらきらとした表情で聞いてくる。
「えーっと……」
彼氏……? なのだろうか?
「婚約者です」
返答に困っていた香澄を助けるように神代が言ってくれた。
(こ、婚約者!)
お見合いの相手をどうやって説明したらいいのか香澄には分からなかったが、確かにその通りだった。
結婚を約束しているのだから、婚約者で間違いはない。
「えー! 翠澄先生、いつの間に? 素敵な方ですねぇ」
「神代と申します」
香澄は顔を赤くしてそっと神代の服の端の方を引っ張った。
「あの……嬉しいですけど、そんな風に言ってしまっていいですか?」
「もちろん」
にこりと笑った神代に胸がきゅんとする香澄だ。
「おや、柚木さん……」
三人で話していたところ気軽に声をかけてきたのは香澄の師匠の清柊だった。今日は和服で正絹の深いグリーンのアンサンブルが清柊の落ち着いた雰囲気にとても似合っていた。
「先生」
「清柊先生もお越しになってたのですね」
その場に現れた男性に香澄も岡野も声をかける。妙齢で顔立ちの整った男性の和服姿に清柊も目立っていたし、一方で神代も綺麗な茶色の髪や瞳を持ち、端正な顔立ちとスマートなスーツ姿で目立っている。
香澄も岡野も着物姿で、美人書道家として有名だ。
会場内でも非常に華やかな一団なのだった。
「採点されるときは選ぶ文字から、バランス、それから筆に含まれている墨にその濃さや量、掠れなんかも採点の対象になったりします。でも芸術の一つとして見るのであれば感性で見ればいいんじゃないかなって思います」
壁の作品を見ながら、これはこういう意味で……と時折神代に説明したり、これはどういうものですか? という神代の質問に答えながら二人で会場を見て回った。
いつも香澄は一人で見ることが多く、それはそれで自分の世界で観ることができるので面白いが、神代に説明しながら一緒に回るのも充実していてとても楽しかった。
その時だ。
「翠澄先生!」
明るい女性の声が聞こえたのだ。香澄はその声に反応して声の主を振り返る。柔らかいピンク色の着物を着こなした笑顔の友人がそこにいた。
「あ、翠澄っていうのは雅号です」
急なことで驚くかもしれないと香澄は隣に立っている神代に説明する。
「雅号……ペンネームのようなものですね?」
「はい。書道の場合は漢字二文字で雅号というのをつけるんです」
「漢字? ひらがなの名前はないんですか?」
「本名がひらがなの場合は漢字二文字の雅号を必ずつけるんです」
「そういうものなんですね」
神代の疑問が解消されるまで彼女はにこにことしながら香澄の側に立っていた。
「佳祐さん、こちらが今日ご招待くださった岡野芳睡先生です。芳睡さん、こちらは……」
「翠澄先生の彼氏さんですか?」
興味津々のきらきらとした表情で聞いてくる。
「えーっと……」
彼氏……? なのだろうか?
「婚約者です」
返答に困っていた香澄を助けるように神代が言ってくれた。
(こ、婚約者!)
お見合いの相手をどうやって説明したらいいのか香澄には分からなかったが、確かにその通りだった。
結婚を約束しているのだから、婚約者で間違いはない。
「えー! 翠澄先生、いつの間に? 素敵な方ですねぇ」
「神代と申します」
香澄は顔を赤くしてそっと神代の服の端の方を引っ張った。
「あの……嬉しいですけど、そんな風に言ってしまっていいですか?」
「もちろん」
にこりと笑った神代に胸がきゅんとする香澄だ。
「おや、柚木さん……」
三人で話していたところ気軽に声をかけてきたのは香澄の師匠の清柊だった。今日は和服で正絹の深いグリーンのアンサンブルが清柊の落ち着いた雰囲気にとても似合っていた。
「先生」
「清柊先生もお越しになってたのですね」
その場に現れた男性に香澄も岡野も声をかける。妙齢で顔立ちの整った男性の和服姿に清柊も目立っていたし、一方で神代も綺麗な茶色の髪や瞳を持ち、端正な顔立ちとスマートなスーツ姿で目立っている。
香澄も岡野も着物姿で、美人書道家として有名だ。
会場内でも非常に華やかな一団なのだった。
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