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15.雨降って地固まる
雨降って地固まる④
練成会は会派で行っている練習会だ。香澄の直接の師匠は清柊だが、練成会では清柊よりももっと偉い先生がきてくれて、書の指導をしてくれる。
展覧会の審査員をされるような先生だ。
練成会当日、香澄は自宅で改めて書いたものと練習用の白紙を準備し会場に向かう。
会場には会派の皆さんが練成会のために書を広げたりして準備をしていた。作品の中には畳三畳以上ある大きなものもあるので、広げるだけでも大変だ。
香澄も指示された場所に行き、半紙を広げていると清柊がやってきた。
「柚木さん、お疲れさまです。ああ、これは改めて書いたものですね」
きっと他の人が見ても分からないだろうと思うのだが、さすがに清柊はすぐに気づいた。
「はい! 書き直したものを持ってきました」
「うん。この方が柚木さんらしいですね。それになにか今までにはない伸び伸びとしたものを感じる。前向きな気持ちになれそうでとてもいいです」
前回、清柊に見てもらった時はいい評価ではなかったので、今日はこのように言ってもらえて香澄はとても嬉しかった。
「あとの細かいところはまた先生に見ていただきましょう」
「はい」
内心、よし! と喜んでいると、清柊がじっと見ていることに香澄は気づく。
「あの……なにかありましたか?」
「いえ。とてもいいですよ。幸せなんですね。けれど、柚木さんは今まで大変な思いもされながら頑張っていた。その中で掴み取った幸せです。誇っていいと思いますよ」
誇ってもいい。
そう言われて香澄は胸が熱くなった。降り続ける雨はないと誰かが言ったけれど、それは晴れて初めて分かることなのかもしれなかった。降っているその時は雨に対処するだけで精一杯だ。
そんなものなのかもしれない。乗り越えてみて初めて気づくことだ。
「翠澄さんか……」
その時香澄に声を掛けてきたのは会派の重鎮である川崎泰山だった。周りにも何人かの重鎮がいる。錬成会に参加しているメンバーの書を見て回っていたのだが、香澄の番のようだ。
声を掛けられて香澄は一気に緊張してしまった。
「はい! よろしくお願いいたします」
書の前に立ち、泰山が香澄の書をじっと見ているのをどきどきしながら横で待つ。
別に毎回怒鳴られるわけでもなんでもないのに、とても緊張してしまうのだ。
「若さと元気があってとても良いですね。先生に言われていると思うけれど、墨の量は気をつけて。お手本を書きましょう。少し繊細さが欲しい」
墨の量に気をつけるというのは、大きな展覧会でも入賞審査で作品を見てもらえるのは一瞬で、墨の量が足りなければ、それだけで入賞しないからなのだった。
審査の際は三十人ほどの先生方の前にまるで競りのようにスタッフが次々に作品を提示していき、そこに札を挙げたりして点数を出してゆく方法をとる。リモコンなどで自動集計する方法もあるが、なんにしろ先生方が作品を見るのは本当に一瞬なのだ。
展覧会の審査員をされるような先生だ。
練成会当日、香澄は自宅で改めて書いたものと練習用の白紙を準備し会場に向かう。
会場には会派の皆さんが練成会のために書を広げたりして準備をしていた。作品の中には畳三畳以上ある大きなものもあるので、広げるだけでも大変だ。
香澄も指示された場所に行き、半紙を広げていると清柊がやってきた。
「柚木さん、お疲れさまです。ああ、これは改めて書いたものですね」
きっと他の人が見ても分からないだろうと思うのだが、さすがに清柊はすぐに気づいた。
「はい! 書き直したものを持ってきました」
「うん。この方が柚木さんらしいですね。それになにか今までにはない伸び伸びとしたものを感じる。前向きな気持ちになれそうでとてもいいです」
前回、清柊に見てもらった時はいい評価ではなかったので、今日はこのように言ってもらえて香澄はとても嬉しかった。
「あとの細かいところはまた先生に見ていただきましょう」
「はい」
内心、よし! と喜んでいると、清柊がじっと見ていることに香澄は気づく。
「あの……なにかありましたか?」
「いえ。とてもいいですよ。幸せなんですね。けれど、柚木さんは今まで大変な思いもされながら頑張っていた。その中で掴み取った幸せです。誇っていいと思いますよ」
誇ってもいい。
そう言われて香澄は胸が熱くなった。降り続ける雨はないと誰かが言ったけれど、それは晴れて初めて分かることなのかもしれなかった。降っているその時は雨に対処するだけで精一杯だ。
そんなものなのかもしれない。乗り越えてみて初めて気づくことだ。
「翠澄さんか……」
その時香澄に声を掛けてきたのは会派の重鎮である川崎泰山だった。周りにも何人かの重鎮がいる。錬成会に参加しているメンバーの書を見て回っていたのだが、香澄の番のようだ。
声を掛けられて香澄は一気に緊張してしまった。
「はい! よろしくお願いいたします」
書の前に立ち、泰山が香澄の書をじっと見ているのをどきどきしながら横で待つ。
別に毎回怒鳴られるわけでもなんでもないのに、とても緊張してしまうのだ。
「若さと元気があってとても良いですね。先生に言われていると思うけれど、墨の量は気をつけて。お手本を書きましょう。少し繊細さが欲しい」
墨の量に気をつけるというのは、大きな展覧会でも入賞審査で作品を見てもらえるのは一瞬で、墨の量が足りなければ、それだけで入賞しないからなのだった。
審査の際は三十人ほどの先生方の前にまるで競りのようにスタッフが次々に作品を提示していき、そこに札を挙げたりして点数を出してゆく方法をとる。リモコンなどで自動集計する方法もあるが、なんにしろ先生方が作品を見るのは本当に一瞬なのだ。
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