フォンダンショコラな恋人

如月 そら

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3.帰ります

帰ります⑤

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「……なんです?」
そう聞いたら、思いがけず倉橋の表情が少しだけ緩んだのだ。

極、極々軽く!
「いや、冗談です」

その言葉を聞いて、翠咲は内心『ひぇぇぇぇ……⁉︎』とムンクの叫びのようになっていたのだ。

冗談⁉︎
この"キングオブザ感じ悪い"の倉橋弁護士が⁉︎

冗談などと言っていること自体が、冗談ではないのか?
あれ?よく分かんない。

とにかく、翠咲も動揺していた。
そう言えば、割烹では『僕はね、あなたのことを嫌いではないですよ』とか倉橋は言っていた。

「倉橋先生も冗談なんて仰るんですね」
思わず翠咲の口から零れてしまった言葉だ。

「冗談くらいは言いますよ」
少しだけ、憮然として倉橋は翠咲にそう返した。
それはそうか、と翠咲も思う。
最初の印象が後を引きすぎていたのだ。

こうして見たら、むっとしたり、少しだけだけど柔らかい表情をしたり、冗談を言ったり人間っぽい顔をする。
いや、人間なんだけどね。

いつも、あまりにも冷静で淡々としているから、感情なんてないのかと思った。

先入観を持ってはいけない、といちばんよく分かっているはずなのに、先入観どころか完全な色眼鏡で見ていたことを翠咲は申し訳なく思った。

はふっ……とため息が出る。
そんなに力を入れることはないのかもしれない。

こんな人だから、嫌っていないも恐らく信用できる言葉のはずだから。

そう思うと身体からも余分な力が抜け、そして初めてそこで力が入り過ぎていた自分に翠咲は気づく。

「本当に分かりにくい方なんですね」
全くもう、分かりづらい……。

でも、冗談……?あれが?
思い返すとおかしくて、笑えてしまう。

「本当。結衣ちゃんの言うことは正しいわ。ちゃんと、話さなきゃ、ですね」
「分かりにくいのは事実ですよ。みんながそう言いますから。僕としては、事を難解にしているつもりはないんですが」

この人にとっては、この淡々とした感じが自然体なんだ。
そう思うとなんだか急に納得できてしまった。
倉橋の数々の行為が。

「ごめんなさい」
翠咲は謝る。

「はい?」
「感じが悪いとか言ってしまってごめんなさい。感情的になってしまっていたかもしれません」
「ああ」

ホテルは目の前だ。
ロータリーにタクシーが入り、スピードを落とす。

翠咲の目には別の空車のタクシーが目に入っていた。
精算をして、倉橋は宝条と車を降りる。

「どうして、こんなところに連れてきたんです?」

煌びやかな玄関、オシャレなドアマン『山手ホテル』といえば高級ホテルなのだし、倉橋が誘えば翠咲でなくても、どんな女の子でも着いてくるだろうに。

よりにもよって私でなくても、ねぇ?

「君が僕のことを嫌いだと言うし……それに、話をしなければと思って」
「私はあなたが私のことを嫌いなのだと思っていたので」

「そんなこと、いつ言いましたか?」

そうやって返されることに、今までは都度腹が立ったものだが、今日はなんだか大丈夫だ。この人はこんな人なんだと分かったから。

だから、翠咲は考えてみる。
んー……確かに翠咲は倉橋に向かって嫌いだと言ったけれど、倉橋からは『あなたが嫌いだ』と言われたことはない。

「言ってないですね。でも嫌いだから、態度が悪いんだって思いました。けど、それも私の誤解だって分かりましたし、お詫びもしましたよね」

そう!もう、謝ったのよ。
お詫びを受け入れてくれたのなら、もう、いいかなあ?

「本当に心から申し訳ないって思っています。あの、私帰ります」

話をしたいと言うから、来たのよね。
でももう、和解も……たぶん出来たと思うし、もういいだろう。……帰ろう。

翠咲はおそらくは、まだ酔っていた。
むしろ確実に。

だから、目の前に止まっていたタクシーにそのまま乗り込んで、自宅までの住所を告げたのだ。

ちなみに残された倉橋がどう思うかなんて、ほとんど全く考えていなかったのである。


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